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    2021年1月19日更新

星野エリアから国道18号線(旧中山道)に戻ります。中軽井沢駅前信号周辺には、金融機関(八十二銀行 中軽井沢支店)を始め老舗のお蕎麦やさん(かぎもとや)、信州味噌屋さん(松屋本店)、現在は営業されておりませんが本陣・土屋さん等々、深い趣がございます。

中軽井沢西交差点の次、信号はございませんので充分注意をして右折すると狭い径に入ります。これが、旧草津街道です。歩いて3分ほどで「御所」と言う地名の地域がございます。直ぐ傍には馬場があります。現在は、老舗の乗馬クラブ(土屋乗馬クラブ)となっており、9頭の素敵な馬がいて一般の方も乗馬の経験を楽しめます。時折、ポニーが遊びに来ています。
この径を進むと146号線と合流、星野エリアに繋がります。
隣接地区として上野原地区があり高級別荘地で名を馳せております。

さて、国道18号線を歩んで沓掛宿から信濃追分地区に歩を進めます。
信濃追分宿はその昔、中山道と北国街道の分岐宿として大いに栄えた宿でした。今に残る「馬子唄道中!」は、軽井沢町内で人出や規模で最大級のお祭りです。
その他に、浅間神社、堀辰雄文学記念館、追分宿郷土館など散策を豊かにする名勝が数々ございます。中でも御影用水(白糸の滝と千ヶ滝を水源に小諸市の御影新田に注いでいる・全長21km)は、別荘地の傍を流れ、川幅が広くゆったり流れています。江戸時代に稲作用(田んぼの水温が低過ぎると稲の生育に障害となりますので長い距離を流れる間に、1℃〜1.5℃水温を上げておく)として造られました。多くの方達の努力が実を結び現在に至っています。一人の篤志家が全ての費用を購ったとの事、何とも素晴らしい!
このヨーロッパを想起させる流れの辺りに立って暫しの間、時空を飛び越えて見るのも一興かもしれません。因みに軽井沢町の年間平均気温は8.1℃、札幌が8.9℃ですから、お米の生育には、水を温める手段が必要不可欠であった事と存じます。先人の知恵に拍手です。

他方、軽井沢町には美味しいお蕎麦屋さんが沢山ございます。追分地区も同様です。お蕎麦の食べ歩きも人気がございます。その店、その店で異なる味わいは格別です。
お蕎麦は太らないのが定説ですが、あまりの美味しさに、二ヶ所、三ヶ所、2枚、3枚と進んでしまいます。果たしてウエストは・・・

次回は、語り洩した・・・

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1000円銀貨 昭和39年 東京五輪 NGC-MS65PL 今週の映えコイン 1月18日

今週の映えコインは「1000円銀貨 昭和39年 東京五輪」。

幻の東京五輪となった1940年から24年後の1964年、念願の東京五輪が10月10日開会しました。日本国民が待ちに待った国家プロジェクトで、開会2週間ほど前から始まった1000円銀貨の両替はそれはそれは大人気!五輪マークが描かれた1000円銀貨約1500万枚があっという間に日本全国へ広まったそうです。当時どれだけ盛り上がっていたかが伝わってきますね!ちなみに、1964年大会時に発行された記念貨は、1000円銀貨と100円銀貨の2種でしたが、2020年東京五輪に併せて発行された記念貨幣は、なんと39種(開催引継記念含む)も発行されているのです!どんな図柄なのか気になる方は造幣局のHPを是非チェックして下さい!

半世紀以上振りの開催となった話題の東京五輪...2020年に行われる予定でしたが、世界で猛威を振るっているコロナの影響で残念ながら延期となっています。正念場の2021年が始まった今、れと美はどうなるのか気になって仕方ありません。

さて、1964年発行の1000円銀貨のデザインは、まさに日本の象徴ともいえる“富士山と桜”が全面に描かれています。好きなコインのデザイン「No.1」。れと美個人の意見です (^o^)

今回の1000円銀貨は、NGC社にて“MS65PL”と評価されています。何とも言えぬ上品なコントラストが感じられ、PLランクは是非ご自身の目でご覧頂きたいです。実際の桜のおしべは、30本〜40本と言われているそうですが、1000円銀貨のおしべは12本…(汗)それはさておき、桜の葉は桜餅を包むのにも使われとても良い香りをお餅につけてくれますが、1000円銀貨では富士山を取り囲むように桜の花と葉が絶妙に配置されています。花と葉が上手く組み合わさることでこの素晴らしいデザインが成立しているんだろうなぁ、と今から春が待ち遠しいれと美でした。

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レトロかきこ 七福神 2021年1月14日

レトロに過敏すぎるスタッフ、れと子です。
1月も半ばを迎えました。
みなさん、初詣には行かれましたか?

今年はコロナ禍なので、混雑を避け、時期をずらした分散参拝が呼びかけられていますね。私もまだこれからです。
元々初詣は、その土地を守る氏神様に新年のご挨拶をし、感謝と一年の平安をお祈りするものですが、江戸時代にはその年の吉方向“恵方”にある社寺へのお参り「恵方詣」が流行りました。また、江戸では、福をもたらすといわれる「七福神めぐり」も当時、江戸でブームになったお正月の風習のひとつです。

この七福神めぐりは、室町時代からあったようですが、江戸時代の半ばには、谷中七福神があったそうで、江戸最古といわれています。風俗や慣習を綴った『享和雑記』享和3年(1803)刊行によると「近ごろ正月初出に、七福神参りといふこと始まりて、遊人多く参詣することなれり。不忍の弁財天、谷中感応寺の毘沙門、同所長安寺の寿老人、日暮の里青雲寺の恵比寿、大黒、布袋、田畑西行庵の福禄神なり。近ごろ年々にて福神詣でする人多くなれり」とあります。

谷中は「レトロコイン展」でもお馴染みの場所。七福神は絵銭でも人気ですね。初詣がこれからで、お近くの方は、お散歩がてら谷中七福神めぐりで開運祈願をされてはいかがですか?

谷中七福神
福禄寿 東覚寺 東京都北区田端2-7-3
恵比寿 青雲寺 東京都荒川区日暮里3-6-4
布袋尊 修性院 東京都荒川区西日暮里3-7-12
寿老人 長安寺 東京都台東区谷中5-2-22
毘沙門天 天王寺 東京都東区谷中7-14-8
大黒天 護国院 東京都台東区上野公園10-18
辯才天 寛永寺・不忍池辯天堂 東京都台東区上野公園2-1

福を授ける7体の神様ですが、見た目が似ている神様もいて、誰が誰だっけ〜?とわからないまま、まぁいっか!!としてしまった人、結構いますよね!うふふ、私もそうです!今回見分けるポイントを探ってみました。持ち物や携えている動物、神様ごとのご利益を合わせてご紹介したいと思います。参拝の際はじっくり見てみて下さいね♪

弁財天 琵琶(財運・音楽・芸能)
毘沙門天 武器(福徳・厄除け)
恵比寿 鯛か釣竿(商売繁盛・五穀豊穣)
大黒天 打ち出の小槌(財宝・開運)
布袋 大きな袋(笑福来福・夫婦円満)
寿老人 桃と鹿(長寿延命・諸病平癒)
福禄寿 鶴(長寿延命・立身出世)

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軽井沢だより 沓掛宿 その2 2021年1月12日

雲場池から六本辻を経て旧中山道に歩を進め、軽井沢町役場から湯川を渡りながら浅間山の絶景に声をあげ、長倉神社への赤色の参宮橋は誠に美しく、境内の巨木に歴史の長さを肌で感じます。
幹に耳を押し当てると何かが流れる音が聞こえます。「何の音?」
境内を流れる小川は心を癒し、終点の池の前には土俵があり屋根を支える4本の足が印象的です。
夏の例大祭ではお神輿が湯川を渡り本殿に向かいます。多くの観衆の拍手喝采で迎えられます。今夏はどうなるやら・・・

旧中山道(国道18号線)に戻り、5分も掛からず中軽井沢駅前信号です。しなの鉄道線は長野新幹線の開通に伴い、旧信越線が民間に移譲され、軽井沢〜長野間を90分前後で結んでいます。新幹線の開通に伴い廃止になった横川から軽井沢間は、JRバスが運行しています。
横川駅は信越線の終点です。乗り鉄の友人は、横浜〜高崎〜横川、横川からバスで軽井沢、しなの鉄道で中軽井沢へ電車の旅を楽しんでおります。帰りは時間の関係で新幹線で帰って行きます。

さて、中軽井沢駅前信号を右折して146号線へ。
旧草津街道のバイパスとして作られたようです。旧草津街道沿いには「御所」と言った雅な地名が残っており、時間を掛けて調べてみたくなる我が身の疼きに閉口しております。
徒歩10分足らずで、歩道沿いの湯川が、軽音楽から時折交響楽団のような重々しい川音を聴かせてくれます。「せきれいばし」を越えると「ハルニレテラス」春楡の木々を活かしウッドデッキで敷き詰められた素敵な環境の中に16店舗の個性豊かなショップやレストランが展開しています。川上庵の先、美しく整備された小径を5分歩くと村民食堂、トンボの湯、星野エリアを併せてお楽しみ下さい。国道を挟んで前述した「カーボーイハウス」、左折して急坂を上がると、ホテルブレストンコート、石の教会、高原教会、散策するにも最適な地区と存じます。
観光案内のようになってしまったこの号でした。

さて次は、旧中山道に戻ります。

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レトロかきこ 七草粥のお作法 2021年1月7日

レトロに過敏すぎるスタッフ、れと子です。
本年もどうぞよろしくお願いします♪

今年は〝丑年〟ですね。
子・丑と十二支で二番目の年です。「土用の丑の日」「丑の刻参り」などの言葉に使われている通り、丑は年・月・日・時刻・方位にもあてられます。中国の歴史書『漢書』律歴志によれば、「丑」は「紐」ひも、曲がる、ねじるの意味で、種子の中で芽が出かかっているのが、伸びきらない状態を言うそうです。緊急事態宣言の発令もありましたが、今年こそコロナ終息への芽が出ることを願います!

1月7日は、七草粥の日。中国の唐の時代、人の日(1月7日)に、無病息災を願い、七種菜羹(ななしゅさいのかん)という、7つの草や野菜を混ぜた汁物を食す風習が始まったそうです。日本には奈良時代に伝わったとされ、お正月には若菜を摘んで食べる若菜摘みの風習がありました。有名な百人一首の中に、この若菜摘みが詠まれています。「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」光孝天皇(830〜887)が詠んだ句です。

江戸時代になると、「一年間の無病息災を願い七草粥を食べる」という習慣は、五節句の一つ、「人日(じんじつ)の節句」として制定されました。幕府の公式行事となり、将軍も七草粥を食べていたことにならって、庶民も七草粥を食べるようになったそうです。
七草粥作りにはお作法があるのだそうですが、ご存知ですか?私は知りませんでした。

6日の晩に、七草(せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ)を用意して包丁で細かく刻むのですが、まな板の上に7つの道具、薪・火箸・すりこぎ・杓子・おろし金・菜箸・火吹竹を用意します。恵方を向き〝七草囃子〟を歌いながら七草を刻みます。歌、おまじないなど、諸説ありますが、地域によって歌詞が違うようです。「七草なずな 唐土の鳥と 日本の鳥と 渡らぬ先に トントントン トントントン」という歌で、七草の名前を変えながら歌います。一種類につき7回ずつたたき、全部で49回たたいて刻むという決まり。七草も別のお野菜が入ったり、地域によって色々ですが、スーパーでパック詰めにされた可愛いらしい春の七草に、この歌やおまじないが加われば、面倒な支度も少しは楽しくできるかも?

七草には、ビタミンやミネラルが豊富で、七草全部が揃うと12種類の薬膳効果があるとされています。昔も今も無病息災を願う人々の気持ちに変わりはありませんね!

図版は『江戸名所 洲崎はつ日の出』広重(国立国会図書館デジタルコレクションより)

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軽井沢だより 沓掛宿 2021年1月5日

明けましておめでとうございます 令和3年 元旦

旧年中は大変お世話になりました。本年が皆様にとって佳い一年でありますよう切に祈っております。コロナの終熄を合わせて祈っております。
他方、皆様の一助になるよう全員で努めて参ります。引き続き宜しくお願い申し上げます。

雲場池から六本辻へ路をとり離れ山通り(旧中山道)を中軽井沢に向かって散策、市村記念館(旧近衛文麿別荘)を通り手前が居を構えるに際し重要なファクターになった医療と行政の一部が右手に見えて参ります。軽井沢町国保軽井沢病院の隣に軽井沢町役場がございます。
働く皆様の接客は誠に親切の一言に尽きます。
此処から中軽井沢駅まで徒歩5分、利便性に富み、町内循環バスも全てが軽井沢病院を経由していますので至便です。役場を過ぎると湯川(一級河川)に掛かる橋を渡ります。此処は、浅間山の絶景ポイントで、多くの写真愛好家が列をなします。
上流で岩魚やヤマメの放流が行われる折は多くの太公望が川辺を埋め尽くします。湯川は、佐久市〜御代田町〜軽井沢町〜千曲川(信濃川)に注いでおります。

湯川に架かる赤い橋は、平安時代の資料、延喜式にもその名を刻む「長倉神社」の参宮橋でもございます。数年前、東京からの帰りが遅くなり月夜を味わいながら、この参宮橋に至ったところ橋の頂点部分に真っ白の狐が座り手前を見ています。暫くの間、見合っておりましたが、何かの拍子に白い尾を空に残し身を翻し本殿に向かって走り去りました。あまりの素敵な時間に暫しの間、時を忘れておりました。狐の姿があった参宮橋を渡って家路に着いた手前でございますが、この素敵な出来事にもう一度出会いたいと思い以降、何回も参宮橋を渡りましたが未だ再会には至っておりません。
このような事もあり湯川のゆったりした流れを見ながらの一休みは、手前にとって心に染みる大切な時間でございます。土手の桜が咲く春もよろしゅうございます。

さて、この辺りから旧中山道・沓掛宿でございます。中軽井沢駅前から駅前通りが、今や観光名所のハルニレテラス、トンボの湯、星野温泉、その先は草津温泉に繋がる道でもございます。

それでは・・・

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レトロかきこ 神の食べ物 2020年12月30日

先日お客様より立派な柿を頂きました!
ありがとうございます!お日様をたっぷり浴びたのがわかるつやつやの橙色が美しく、暫し見惚れてしまいました!柿らしい歯応えに見事な甘味、細かい作業が続いていたスタッフ達も癒されました。

柿は、学名がディオスピロス・カキ(Diospyros kaki)、「Dios=神」「pyros=穀物」で、「神の食べ物」なのだそうです。「柿が赤くなると医者が青くなる」という諺もありますし、美味で健康になれるなんてまさに“神"です。

柿といえば、“柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺"

有名すぎる正岡子規のこの句は、「法隆寺の茶店に憩ひて」という前書きがあります。初出は、1895年の『海南新聞』11月号でした。
20万にもおよぶ俳句を書いた正岡子規ですが、相当の柿好きだったそうです。子規の随筆「くだもの」の中で、「御所柿を食ひし事」という文章があります。奈良の宿屋で柿をむいてくれる美しい女中にうっとりしながら柿を食べていると、ボーンと鐘の音が聞こえてきたので、女中にどこの鐘かと尋ねると、東大寺の鐘であるのがわかった場面があります。翌日法隆寺を訪れていますが、当日は雨が降っていたので、実際に聞いた鐘は東大寺の釣鐘だったのかもしれません。また、この句の2ヶ月前、『海南新聞』9月号には、「鐘つけば銀杏散るなり建長寺」という句が発表されています。とても似ていますよね。この句は、千円札でお馴染みの夏目漱石の句です。二人が親友であったことは有名ですが、この掛け合いともとれる句に、その友情の深さが感じられます。

さて、いよいよ大晦日ですね!
今年は、正に光陰矢の如し。
当たり前のように過ごしてきた日々がどれほど貴重だったかを思い知らされ、一日一瞬をも大切に…と思う変化の年になりました。
レトロコインオンラインにもそんな思いが、じわじわと出ていたかもしれません。
夜な夜な作業中には、音楽をかけている事も多いのですが、今流行りの小説を音楽にするユニット「YOASOBI」の“群青"という曲は、原動力の筆頭になりました。よかったら聞いてみてください♪

コロナ禍の今、これまでと違う生活に、ストレスや不安も大きくなってしまうこともあるかもしれませんが、ぜひご一緒に笑顔で乗り切って参りましょう!来年もレトロコインオンラインをよりお楽しみ頂けるよう、スタッフ一同頑張って参ります。

この一年、皆さま方には大変お世話になり、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。

ホームページの新しいトップ写真は、やまぐち美術さんよりご提供頂きました。こちらもぜひお楽しみ下さい。

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軽井沢だより 旧道 その5(雲場池) 2020年12月29日

ホテル音羽ノ森から駅前通りをクロスして離山通り(旧中山道)に出ます。左に進路をとり道なりに数分、環状交差点ラウンドアバウトが見えて来ます。
運転する皆さんの注意力が増すそうで事故を未然に防ぐ効果が実証されているとか・・・。

この六本辻は、新軽井沢、国道18号線(2本)、中軽井沢、旧道、そして一番右の辻を入ると、今や観光客から四季折々の人気を一手に集めている雲場池(スワンレイク)へ 
昔は本当に白鳥が来ていたとかいないとか・・・。

雲場池は、今や長野県だけでなく日本でも有数の観光地になっているそうで、四季折々、多くの皆様で賑わっています。素晴らしい景観を維持する為にご近所に住まいする方達の有志が、遊歩道の掃除や落ち葉の整理など献身的な活動を為さっています。ただただ感謝するばかりです。
手前も女房殿と二人で時々お邪魔して自然の移ろいを楽しんでおります。

周辺には多くの有名レストランが点在し、お客様を楽しませています。駅前通り新軽井沢交差点(昔は東雲交差点)を左折、六本辻までの10分足らずの間に、森の中に幾つもの素敵なレストランやカフェがございます。歴史を感じさせる店も多く、目の保養になる事間違いありません。

半世紀以上前になりますが、六本辻の一本から少し入った所に通称「卵型」と言った花壇がありました。この近所の一軒家で一夏過ごした事が今になっても鮮明に思い出されます。素敵な記憶が現在にも繋がっており、この地を大切に思う気持ちの裏付けになっているようです。

旧軽井沢地区は、緑に恵まれ高原の自然を味わえる素晴らしい立地なのですが、併せて水に恵まれているのも一因かもしれませんが、湿度が高く黴が生え易い事も事実で注意が必要です。
現在も貸布団屋さんが残っている事が、その証かもしれません。
今は、24時間稼働する湿気を取る器具がございますので問題ないのですが、往事は、別荘で過ごす方達は滞在日数や滞在時間に合わせて貸布団屋さんから布団を借りる方が多かったと伺っています。

手前が軽井沢地区に居を構えるべく情報収集に勤しんでいた折、多くのご忠告を頂きました。
第一は「常に住まいするなら中軽井沢地区をお勧めします。旧軽に比べ湿度は低く行政(町役場)も医療も、この地区に集まっていますので・・・」
重い一言でした。高齢である手前には欠くべからざる助言でした。

雲場池周辺のレストランに付きましては既にお話しさせて頂きましたが、現在、星野エリア、ハルニレテラス直ぐ傍の、超有名ステーキ店・カーボーイハウスは、30年ほど前は、六本辻に在ったと記憶しています。

さて次は・・・

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竜50銭銀貨 明治18年 PCGS-MS64+ 今週の映えコイン 12月28日

今週の映えコインは「竜50銭銀貨」。

日本の近代貨には“竜図"を描いたコインが多数ありますが、存在感たっぷりの旧20円金貨を筆頭に金貨では6種、銀貨は17種、銅貨は3種*も発行されています。大小様々なコインに竜図が使われているんですね!

今回の竜50銭銀貨は、明治18年発行の「PCGS-MS64+」と高ランクがついています。PCGSケースをゆっくりと傾けながら竜図を見つめていると、ルーペで見る時とはまた違う輝きが目に飛び込んできます。しっかり打たれた凹凸のある竜のウロコ部分がなんて美しいのでしょう。れと美のキュンポイントです!

引きで見たときの梨地部分とプルーフ状になっているところの調和が、とても良い感じですねぇ。コインの銘柄によって竜にも様々な違いがあるようです。それはまた別の機会にお話しできたら嬉しいです。

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軽井沢だより 旧道 その4(ホテル音羽ノ森) 2020年12月22日

皆様に於かれましては、コロナが拡大を続け罹患が心配される中、12月19日(土)には、沢山のお客様にお運び頂き誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。
Withコロナを掲げ万全の対策を講じ「上野桜木あたり」での開催を決めた弊社でございますが、常に心配が頭を過ぎり出来得る限りの準備を整え皆様をお迎えしました。

さて、万平ホテルを後にして、次に盃を傾けるお店を胸に描きながら駅前通りに向かい歩を早めている自分に気付き、些か恥ずかしくなり歌など口ずさみます。
もう40年近くも前、この道を歩いていると新装開店のホテルが目に入ってまいりました。

玄関先にはタキシードの新郎と純白のウエディングドレスの新婦、二人をお乗せする車は当時としては目を見張る程の誠に立派なロールスロイス、このロールスロイスは結婚するお二人へのサービスなのかな〜、凄いサービスだなあ、などと懐かしく思い出しました。

そうだ、このホテルで盃をあげようと玄関ホールに入ります。昭和57年(1982年)に、オープンした「旧軽井沢 ホテル音羽ノ森」です。
ロールスロイスに依る送迎サービスが現在もあるか否かは、今度お邪魔した折にでも伺ってみる事に致します。勿論、報告致します。

暖炉横に陣取り1杯、中庭が美しくフランス料理が美味しいレストラン(桂姫)も人気です。
喉を潤しホテル音羽ノ森を後にし六本辻に向かいます。あの環状交差点ラウンドアバウトが実用化されている六本辻です。

追伸 このところ急激に気温が下がり12月18日の朝は、ついに、マイナス10.6度、昨日も真冬日でした。本日も最高気温0度と寒い日が続いています。白い息を吐きながらの散歩は最高で綺麗な空気が体内を癒してくれます。鳥達の声に励まされながら楽しい時間を過ごしています。冬の軽井沢にも格別の趣がございます。

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軽井沢だより 旧道 その3(万平ホテル) 2020年12月15日

ユニオンチャーチの前を、向かいのテニスコートで楽しむ方達の弾む声を背中にしながら小径を前進、小さな橋を越えると鬱蒼とした森が左右に拡がり、歴史と品格を感じる別荘が点在し、古き良き時代の軽井沢を肌で感じます。この辺りまで来ると、コーヒーを願っていたのに「ビールもいいなー」と思い始めます。

十字路を左に曲がると突き当たりに昔から親しんだ建物が見えてきます。半世紀も前になるのでしょうか、万平ホテルの敷地内の独立棟で芝の留園や横浜元町の、美容室マキシンさんがありました。留園のオーナーが黒色で長い丈の中国服を着て矍鑠且つ悠々としていた姿を思い出します。

正面入り口を一歩入ると歴史あるホテル共通の「或る匂い」が雰囲気を醸し出しています。右側にフロント(レセプション)、手前には本館2階への階段が控えています。正面のステンドグラスを堪能し左に・・・

カフェに入り庭に近い位置の席を占める。この時には、コーヒーへの思いは雲散霧消、生ビールをお願いする自分にただただ呆れるばかり。往時を偲ぶ時、沢山の著名な方達の姿が思い出されビールの摘みはナッツで充分です。思わずお代わりをして暫しの休息を楽しみホテルを後にします。

終戦後、米軍が接収、横浜のニューグランドホテルからコックさんが派遣され軽井沢のコックさんの腕が上達したと以前は、旧道のオリオン美容室のそばで営業されていた菊水さんのオーナーから伺いました。この時、オーナーも万平ホテルで鍛えられたそうです。

ジョンレノン、ヨウコご夫妻が気に入ったのは、あの匂いと洗練されたフランス料理だったのかも、さあ再び歩を進めます。2杯のビールが誘い水になったのか、足がお酒の匂いを探し始めました。果たして・・・

※昭和9年に鉄道省より出版された『観光地と洋式ホテル』によりますと、万平ホテルの昭和初期の宿泊料等は下記の通りです。

料金

宿泊料金
(歐式)一人室浴室付 15〜18円
    二人室浴室付 25〜30円
    一人室浴室無 4〜8円
    二人室浴室無 8〜12円
(米式)一人室浴室付 9〜14円
    二人室浴室無 18〜24円

食事料
朝 2円、晝(昼)2円50銭、夜 3円、茶菓 50銭

(国立国会図書館ウェブサイトより)

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オーストラリア ソブリン金貨 1878S NGC-AU58 今週の映えコイン 12月14日

今週の映えコインは「オーストラリア ソブリン金貨」。

英連邦王国の一つであるオーストラリアは、エリザベス2世(在位1952- 現在)を君主とする主権国家。英連邦王国各国の発行するコインにはその時代の君主の肖像が描かれる事が多く、今回のソブリン金貨はヴィクトリア女王(在位1837-1901)の若かりし頃(ヤングヘッド)の頭像です。在位年数が長かったのでジュビリー、オールドと肖像も変化していきますが、それはまた別の機会に!

諸説あるかもしれませんが、ヤングヘッド像は即位した年齢の18歳頃の肖像なのでしょうか。幼さを感じるどころか、"しっかりとした意志を持った一人の女性"の顔つきで、即位した途端に実母をも遠ざけたとされる強い側面を持ち合わせていたようです。裏面はイングランド、スコットランド、アイルランドの紋章が1つの盾として描かれていて、れと美的にはアイルランド紋章の"竪琴"の細やかさにキュンとしてしまいます。小さなコインに対してとても丁寧な仕事が成されていることが分かります。

オーストラリアとイギリスのソブリン金貨は本当にそっくりですが、小さくミントマークが打たれていることに気付いたれと美はスラブに表示されている国名を見る前に、まずルーペで確認するのが楽しみの一つになっているのでした。

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レトロかきこ 上野桜木あたり 2020年12月10日

今年もいよいよ大詰めの12月に入りました。
師走ということで、お仕事、お掃除、買い出し等、大忙しですよね。
弊社も何となく慌ただしい雰囲気の中、来週の19日(土)に開催の"冬の古民家で愉しむレトロコイン展"(東京・上野桜木あたり お座敷)に向けて、準備を進めています。

この度の開催は、おかげさまで10回目を迎えます。
お越し頂く皆様に、何か面白いものをご用意できればと、目下、店主が頭をひねっています。
何が出ますか!? 当日を楽しみにお待ち下さいね!

アットホームなお座敷で、季節毎にご用意したお茶をお召し上がり頂きながら、四季の草花を愛でつつ、お好みのコイン、古美術をのんびりとお楽しみ頂いております。
現在はコロナ渦のため、お茶はお出ししておりませんが、ペットボトルのお茶とお土産をご用意しております(数量限定)。

お座敷は、八畳間でウッドデッキからお入り頂く作りになっています。
コロナウイルス感染症防止対策として、催事中は入口の戸は常時開け、しっかり換気しながら行います。
古民家ですが、エアコンがございます。ホッカイロもご用意していますので、防寒対策もご安心ください。
大変恐れ入りますが、体調に不調やご心配がある方は、ご入室をお控え頂くようお願いしております。
また、入口では、検温、手指の消毒、マスクのご持参とご着用のご協力も引き続きよろしくお願いいたします。

コロナ渦では外出の自粛から、運動不足やストレスによる心の問題も大きくなっていると聞きます。
精神を安定させ、前向きな気持ちにさせるといわれる脳内物質「セロトニン」の不足が原因になることも。
「セロトニン」の分泌には、目から入る太陽の光の刺激と、リズム運動が重要で、有酸素運動のウォーキングは最適だそうです。ウォーキングのポイントは4つ。

 ①太陽の光を浴びる
 ②歩くことに意識を集中する
 ③「1・2・1・2」などリズムを意識する
 ④5〜30分位、疲れない程度でOK!

19日、お時間に余裕のある方は、趣味の時間に、散歩をプラスしてみてはいかがでしょうか?
上野桜木から30分ほどのお散歩コースなら、浅草の浅草寺がおすすめです。

年の瀬の風物詩「納めの観音ご縁日・羽子板市」が、12月17日〜19日まで、開催の予定です。
「納めの観音」というのは、毎月18日は観世音菩薩の縁日なのですが、年末なのでいつもの市と区別して、「納めの観音」と呼ばれているそうです。お正月準備のため、門松やしめ縄飾り、鏡餅、正月飾り、乾物などの食品も売られます。

羽子板市は、江戸時代後期、浅草寺の境内で羽根つきをしている羽が、害虫を食べてくれるトンボに似ているので「悪い虫がつかない」、また、羽子板は「邪気を跳ね返す」という縁起に因み、魔除けと厄払いのお守りとして、女の子の初正月に羽子板を、男の子には破魔弓・破魔矢を贈るようになったといわれています。
歌舞伎の人気役者の舞台姿を描いた羽子板や、その年に話題になった人をモチーフにした変わり羽子板も並びます。羽子板のお値段は、500円程度から数万円と高価なものまで。羽子板を購入すると、威勢の良い三本締めで送り出してもらえる活気あふれるお祭りです。

※今後の感染状況、国、都の方針により、行事の開催が延期や中止になる場合がございます。
"冬の古民家で愉しむレトロコイン展"の開催情報につきましては、都度HPにてお知らせいたしますので、ご確認頂きますようよろしくお願いいたします。

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軽井沢だより 旧道(商店街 その2) 2020年12月8日

旧道から数分の処、テニスファンでなくとも日本中で最も有名なテニスコートの向かいにユニオンチャーチがございます。

明治30年(1897年)に「軽井沢の村長さん」の呼び名で親しまれたカナダ人、ダニエル・ノルマン宣教師によりプロテスタント各宗派の超教派合同教会として創立されました。
国籍、宗派を問わない教会ということで、避暑にくる外国人や別荘族の社交、団らんの場となり、集会、音楽会、日本語学校などが開かれてきました。

現存の建物は、キリスト教の伝道者であり、建築家、メンソレータム(現メンターム)を日本に普及させたヴォーリーズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人でもある実業家のW・M ヴォーリーズが設計し、“軽井沢の鹿鳴館”と呼ばれた、あの重要文化財旧三笠ホテルを建造した大工棟梁・小林代造によって1918年(大正7年)に建て替えられ、その後、手を加えられつつ現在に至っております。建物正面の十字架には白樺が使われています。

散歩の途中、ユニオンチャーチのベンチに腰掛け、上皇上皇后陛下のロマンスを思い出しながらの休憩は、
何とも味わいのある時間でございます。

ふとコーヒーが飲みたくなり、今は亡きジョンレノンとヨーコさんが愛した万平ホテルへ続く小径に歩を進めます。

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ペーパーウェイト 佳品 今週の映えコイン 12月7日

今週の映えコイン、ならぬ、映えアイテム?!は「コイン入りペーパーウェイト」。

昔からペーパーウェイト、すなわち文鎮は、手紙や書をしたためる際に重しとして使っていましたが、最近ではフルーツに模した物やまるで宝石のようなカットを施したカラフルな物も散見されます。デザイン性が高く、置くだけで見て楽しめる、今や映えるおしゃれアイテムとしての存在感も高まっています。一昔前は真鍮などの金属製だったようですが、時代の流れと共にガラスやクリスタル、アクリル樹脂等で作られるようになり、クリアで且つ本来の目的である重量のある素材で仕上げられているそうです。

今回のコイン入りペーパーウェイトは、京都生まれの昭和36年製!なんと、昭和36年銘の1円〜100円まで5枚で構成され、まるでコインが浮いているかのような仕様となっています。

「ステキ!!!」れと美はつい小声で叫んでしまいました。さすがにまもなく60年を迎える大ベテランゆえに、表面は多少のスレ感がありますが、6.5センチほどの立方体のそれは光に当てるととてもキレイで、延びた影までもが美しい。コイン好きの方の部屋に是非ひとつ!と言いたくなるところですが、当然珍しい品、後ろ髪を引かれながら、れと美は諦めるしかないのかなぁ。。。

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レトロかきこ オークショニア・山口孝弘 2020年12月2日

レトロに過敏すぎるスタッフ・れと子の小部屋〝レトロかきこ・特別編〟で、取材と写真で、さり気なく登場された、やまぐち美術さん。

上野桜木の古民家で、季節ごとに開催中のレトロコイン展では、毎回趣のある古美術品を並べていらっしゃいます。その場が似合いすぎて、この方が誰か、まだ気づいてない方も結構いるかも…??
皆さん、おわかりですか?

そうです。あの人です!

改めてご紹介させて頂きます!
レトロコインオークションのオークショニア・山口孝弘さんです!(拍手)

フロアオークションにて、山口さんのオークションに魅せられた方も多いのではないでしょうか? 
なめらかに刻まれる数字、一瞬の隙をついた白熱のボディーブロー。時おり挟み込まれる小気味良いつぶやきに、思わずパドルを上げてしまった!と云う方も多いのでは?
鋭く、しなやかで、鮮やか。そのオークション捌きには、侘び寂びの色彩美をも感じさせます。

レトロかきこ特別編では、ハンマーをカメラに持ち変え、燃えるように美しい紅葉の彩りを届けてくれました。銀座の古美術商「やまぐち美術」の代表という顔もお持ちです。

センスの良いマルチな才能に舌を巻くばかりですが、その職人気質に、近寄り難い所は不思議となくて、この写真のように自然体、気さくなところがまた魅力的な山口さんです。

こんな山口さんとレトロ店主・太田は、かれこれ15年来のお付き合いで、めっぽう蕎麦好きときています。通りから漂ってくる出汁の良い香りに誘われて、何やら計画中のようですよ。
新コンテンツ、お楽しみに!

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軽井沢だより 旧道(商店街) 2020年12月1日

別荘に滞在する方達の生活を護る為に、東京の老舗百貨店(銀座 松屋)を筆頭に多くの有名店が軒を並べ、夏から秋を賑やかに彩りました。

商店街には、お肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん(今も入口にあります)、それはそれは、楽しい買い物風景をこの商店街に見ていました。

昨今は、外国の観光客に支えられていたように感じました。
コロナ禍で日本人の観光客が戻って来たように感じますが、昔の良さとは異なった素敵さを表現出来る街になる事を切に願っています。

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天保一分銀 PCGS-MS65 今週の映えコイン 11月30日

今週の映えコインは、「天保一分銀」。

今の時代の貨幣しか知らない人からすると"四角い貨幣"には驚きますよね。1868年に明治政府に変わり、新貨条例とともに正円形の貨幣が続々と発行されました。

それ以前だと、時代劇でもよく出てくる悪代官が饅頭の下に仕込む、いわゆる山吹色の"小判"の印象が強いと思います。でも小判は今も尚、なかなか手にし難い代物です。

小判ほど大きくはない天保一分銀ですが、表面の中心に「一分銀」と力強く打たれ、その周囲を20枚の可愛らしい桜の花弁が配されています。そのギャップが、れと美にはたまりません。特徴のある書体と決してなめらかではない角の切り口。光り輝く貨幣に目を奪われがちですが、和紙で包まれたまま、空気に触れた部分にのみ付いた微かなトーンが時代の移り変わりを静かに物語っているのかなぁ、と天保一分銀を眺めながら想いを馳せるれと美でした。

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レトロかきこ さつまいも 2020年11月25日

先日、お客様より自家製のさつまいもを頂きました。ありがとうございます!

御行儀よく並んだお芋達。丹精込めて作られたお客様の姿が浮かびます。
一か月くらい寝かせておくと、グっと甘くなるのだそうです。首を長〜くして、待ちたいと思います♪

さつまいもといえば、焼き芋ですね!
石焼き芋ばかりは家でできないので、周ってくるのを楽しみにしています。
「い〜しやーきいも〜」の売り声は、その独特な節回しから、ひと昔前にタイムスリップしたような気分になりますが、それもそのはずで、戦後の引き売りから現在に続いているのだそうです。
売り初めはいつだったかというと、江戸時代後期。当時の売り文句は「栗より美味い十三里」。これは、栗(九里)より(四里)うまい十三里(九+四)という意味で、駄洒落から来た文句なのだそうです。なんとも江戸っ子らしい呼び込みですね!

江戸時代の作り方には、鋳物や鉄製の平鍋にサツマイモを並べ、かまどの上で焼く「かまど焼き」、丸ごと焼く「まる焼き」、いくつかをハス切りにして焼く「切り焼き」がありました。江戸っ子の好みは、まる焼きだったようで“○焼き”の看板が多く見られたそうです。江戸庶民の味代表のお蕎麦は1杯16文で、今のだいたい300円台。焼き芋は、さらにお安く1本4文ですから、現在の80円ほど。貧しい人から裕福な人まで幅広く人気がありました。焼き芋屋の売り上げは多く、一冬一軒20〜30両から100両にもなったそうです。
当時、城下町の治安を守るために町ごとに設置された警備の木戸番が、昼間内職で草鞋や駄菓子などと一緒に焼き芋を売っていたようですが、副業のレベルを遥かに超えていてびっくりです!明治30年代には、東京に830軒ほど小売店があったとか。まさに焼き芋ブームですね!

大正時代になると「壺焼き」が主流になります。壺は、陶器や鉄筋にセメントを用いた左官業者の仕上げる特注品もあり、川越にある老舗業者の使用していたものは、上部には鉄蓋、下部には吸気口のあるコンクリート土台。内部には、木炭やコークスなどの燃料を入れ、S字の釣具で繋いだ芋を、針金に吊り下げ焼いていたようです。

太平洋戦争が始まると、さつまいもは統制品となり、焼き芋店は危機的状況に。終戦から5年遅れた昭和25年に、やっと統制品から外れましたが、かまど焼きや壺焼き店などの店舗はなりをひそめ、現在の石焼き芋が、リヤカーを使った引売りで登場します。

石焼き芋は、ご存知の通り鉄製の箱の中に小石を敷き詰めて焼きますが、その石には、大磯の浜でとれる1センチほどの"大磯三分"と呼ばれる小石が良いとされました。芋への熱が均等に伝わることから、今でも推奨されています。石や芋が入った鉄の箱は、かなりの重さになるため、丈夫な特注品のリヤカーも作られたということです。

現在の焼き芋は?というと、もう10年くらい前からになるのか、気がつけば、スーパーの片隅で焼き芋器が見られるようになりました。当初は保温器?と思ったものの、焼き上がり時間が出ていて、出来上がったらしいお芋は、ほかほかと美味しそうに焼けていました。
平成、令和と年号が2回も変わっているので、焼き芋屋さんも静かに変化の時期を迎えているのかもしれません。

昨冬、石焼き芋屋さんの軽トラが周ってきたのは一度だけでした。夕食もデザートも食べ終え、食休みをしていた時に、唐突に遠くから「いしやーきいもー」が聞こえてきたのです。買おうかどうしようかと迷っているうちに、音が近づいて来て止まりました。近くに止まることなど滅多にないので、これは運命!と慌てて財布を持って飛び出しました。
販売ルートの最後だったらしく、残り少ないお芋でしたが、紅はるか、紅こまち、安納芋の3種3本で1200円でした。小さいのも混じっていて、ちょっと割高と思いつつも、前に買った時は1本500円だったから今回はお得だった!と頷くのでした。パチパチと木材の焼ける音、焦げ臭いような匂いが漂う中、おじさんが煤けたストーブから湯気たっぷりのお芋を次々取り出して新聞紙にくるんでくれます。冷たい夜の空気に、渡された焼き芋の熱が手のひらにじわじわと伝わって特別な物に感じます。
お芋を割ると、中は見事な黄金色。皮の焦げ具合もほくほく感もやはり特別でした。この冬も来てくれることを願います!

参考文献『江戸・東京の焼き芋屋の移り変わり』井上浩著

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軽井沢だより 旧三笠ホテル 2020年11月24日

コロナ禍のなか迎えた三連休ですが、軽井沢を訪れる方達が数多く見受けられます。
トレッキングや散策、サイクリングやツーリング、マスクをしっかり付けて、コロナ対策は万全に見え喜ばしい限りです。

軽井沢にお越しの皆さんが立ち寄られる、昭和55年5月(1980年5月)に国の重要文化財に指定された、旧三笠ホテルが有ります。
開業は明治39年(1906年)5月、木造2階建て30室のホテルで、純国産西洋建築であった事から多くの皆さんに愛されたホテルです。
1970年に閉業、以降は文化施設として活躍しておりましたが、現在は、耐震工事などが行われ、令和6年3月の再開を目指しています。

私も学生の頃、宿泊した事がございます。横浜のニューグランドホテルと似た匂いがしていた記憶がございます。
秋口日がな一日、遊び疲れホテルに戻り夜の帷が降りる少し前、廊下に出るとボンヤリした廊下の奥に白い帽子、半袖の開襟シャツに半ズボンの子供が、虫取り網を持って立っています。
もしや、この子があの有名な「蝉取り坊や」かと慌てて走りましたが、廊下の角を曲がると姿はございませんでした。
昼間、元軽井沢飛行場(箱根土地開発の堤康次郎氏が作った民間飛行場 昭和2年から東京と軽井沢を結び所要時間50分であったそうです。今は影も形もございません)の辺りを歩いた折、あの虫取り網を持っている子を見たなあと思い出し、汗が一瞬で退いた事を懐かしく思い出しました。

旧三笠ホテル辺りの散策は、コロナとは無縁だった頃を実感出来るものと存じます。
寒さを楽しむのも軽井沢流かもしれません。

※昭和9年に鉄道省より出版された『観光地と洋式ホテル』によりますと、旧三笠ホテルの昭和初期の宿泊料等は下記の通りです。

料金

宿泊料
(歐式)一人室浴室付 9円
    二人室浴室付 9円
    一人室浴室無 4〜6円
    二人室浴室無 6〜8円
(米式)一人室浴室付 15円
    二人室浴室付 17〜18円
    一人室浴室無 7円50銭〜12円
    二人室浴室無 13〜17円
食事料
  朝 1円50銭、晝(昼)2円、晩 2円50銭、茶菓 50銭

(国立国会図書館ウェブサイトより)

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レトロかきこ 駒込・六義園 2020年11月22日

東京は連日気温が高く、日中は半袖でも過ごせる日が続いていますが、自然は少しずつ秋から冬への準備を始めています。

そんな東京で、紅葉狩りを楽しむならここ。
文京区駒込にある六義園という、江戸期に造られた日本庭園がまもなく見頃を迎えます。

弊社で開催している「古民家で愉しむレトロコイン展」会場の上野桜木あたりから山手線で4駅、約30分ほどで行ける自然豊かな庭園で、東京の秋を楽しんでみてはいかがでしょうか。

さて、連休初日の昨日は、東京・帝国ホテルにて「銀座コインオークション」があり、レトロコインの店主も参加させて頂きました。帝国ホテル内随一の大広間を、畝りをあげて天に昇る龍のごとく、次々と高値を更新していくコインの姿に、初参加した二十数年前の情景が脳裏に蘇えったそうです。皆を魅了するその圧倒的存在感は昔と変わらず、感慨多端と昂揚する店主なのでした。

この真っ赤に色づいた紅葉を見ていると、ちょうどいま話題の『鬼滅の刃』に登場する煉獄さんを想起させ、彼の名言が浮かびます。

"己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと 心を燃やせ、歯を喰いしばって前を向け"

"老いることも死ぬことも 人間という儚い生き物の美しさだ 
老いるからこそ 死ぬからこそ 堪らなく愛おしく尊いのだ"

(©吾峠呼世晴/集英社『鬼滅の刃 8巻』より引用)

レトロコインスタッフ一同も、熱い思いを胸に、各々が自分の責務を全うし、皆さまのお役にたてるよう頑張りたいと思います。この連休が皆さまにとって良い時間となりますように!

取材・写真:やまぐち美術 2020年10月16日撮影

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軽井沢だより
軽井沢だより

軽井沢だより 浅間山 2020年11月17日

朝の冷え込みが厳しい軽井沢、
代償は見事に澄み切った青い空、
浅間山が夕陽に映えます。

駅では、トレッキングの方達が行き交い、今日の思い出に花を咲かせ帰路に着く。車中はきっと白川夜船でしょうね・・・
一瞬でもコロナを忘れられ何よりです。

次は、ワイワイガヤガヤ出来るようになればと祈っています。

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イギリス 5ポンド金貨 1937年 NGC-PF64CA 今週の映えコイン

今週の映えコインは、大英帝国の5ポンド金貨。NGC社により「PF64CAMEO」と評された金貨は、1937年銘ジョージ6世のプルーフ貨です。

その深遠な光沢、立体的な質感、指が完全に写り込む鏡面状の出来映え、いずれも現代のプルーフ貨と見紛うばかりの美しさです。KMカタログでは5,500枚の発行。NGCのランキング集計である「NGC Census」によれば、このコインが該当する"PFCA"で237枚、梨地部のつや消し感が濃い上位に位置づけられる"PFUC"で104枚の鑑定が有り、また梨地部のつや消し感が薄い下位カテゴリの"PF"149枚を含めれば、67を筆頭に66、65と132枚上位に位置するコインが存在します。ちなみにPR66UCの落札価格は、高騰を続けいよいよ55,000USドルを超えたと聞きます。64ゆえに多少のスクラッチがありますが、上を見たらキリが無し!

一般的な「プルーフ貨幣」の意味を調べると「特製の極印を使って鋳造した貨幣」や「コレクター向けに特殊仕上げをした貨幣」と出てきます。この5ポンド金貨も平面部分が鏡面加工されており、縁に配された通称"馬の歯"が重厚感を醸し出しています。センターに配置されたMatte状のジョージ6世の強い眼差しは未来を見つめているのでしょうか。ProofとMatteのコントラストにより浮き立った凛々しい顔立ち。まさに美しさ倍増です。

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鬼滅の刃
鬼滅の刃

『鬼滅の刃』 大正のお金 2020年11月11日 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

今話題のアニメ『鬼滅の刃』すごい人気ですね!映画も大ヒットで、ご覧になられている方も多いのではないでしょうか?

人伝てに面白いアニメがあるよ!と聞いたのは夏頃だったか…その舞台が"大正"と聞いて、レトロに過敏なスタッフは、思わず見てしまったのでした。

物語は、大正時代。
亡き父に代わり、炭を売って家計を支える少年、炭治郎は、ある日、家族を鬼に皆殺しにされてしまいます。唯一生き残り、しかし鬼と化してしまった妹の禰豆子を人間に戻すため、鬼殺隊の剣士となり戦っていく…というお話ですが、笑いあり、涙あり、固唾を飲む展開の数々に、目が離せなくなっていた矢先、コインと紙幣が登場しました!

鬼殺隊で炭治郎と同期の女の子、カナヲの過去エピソードの中です。
貧しい生活から親に売られ、人買いに連れられ橋を渡っていた時、腰縄をされた子供を不思議に思った鬼殺隊の剣士である姉妹が声をかけます。親が売ったという男の言葉に妹しのぶは顔色を変え、男にお金を投げつけ、カナヲを連れ去るというシーン。
さて、アニメの時代考証はどうなのか、早速検証してみました!コマ送りで、投げられたお金を確認すると…。

 旭日50銭銀貨 大正3年(明治39年〜大正6年)
 新10円金貨(明治30年〜明治43年)
 新5円金貨(明治30年〜昭和5年)
 新1円銀貨(明治7年〜大正3年)

 甲号兌換銀行券裏猪10円(明治32年〜昭和14年)
 大正兌換銀行券中央武内5円(明治32年〜昭和14年)
 大正兌換銀行券1円(大正5年〜)
 大正小額紙幣(大正6年〜)

少なくとも上記確認することができました。50銭は年号までしっかり出ていて驚きです。大正初期の1円は、現代の1000円ほどとも言われますから、かなりの大金になりますね。

判定不能なものもあり、円銀は微妙かもしれませんが、結構忠実な時代考証がなされています。
数秒で流れてしまうシーンにも拘らず、細かに再現されているなんて凄いです。

作者の先生、アニメを製作されている方々の熱量のハンパなさに、色々な意味で心が揺さぶられました。お話が気になった方、古銭が気になった方、ぜひ『鬼滅の刃』見てみてくださいねー!

画像は『鬼滅の刃 25話』©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotableより引用。

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軽井沢だより
軽井沢だより

軽井沢だより 小諸・懐古園 2020年11月10日

コロナ禍は去らず軽井沢周辺は、紅葉最盛期を迎えました。
皮肉な事に、今年は何処も例年に無く美しい錦を結んでいます。
今冬は寒い冬が予報されていますが、寒さへの覚悟を求めているようにも感じます。

霜が庭を覆い辛うじて残っている紅葉の葉に、氷の結晶がしがみつき、プリズム効果と相俟って、誠に美しい晩秋の光景が広がり、散歩の疲労が薄らぎます。
朝の気温が既にマイナスになり始めました。
越冬用の厚い羽毛に変えるべく渡りを除いた鳥達も忙しそうで、熊を始め四つ足達も脂肪獲得に勤しんでいます。
そして更に美しい季節が始まります。

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軽井沢だより 浅間山 2020年10月27日

秋が深まると時として濃い霧が立つ。翌朝は冷え込む。
木々が錦に染まりだし本格的な冬が近づいている。空が蒼い・・・

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