1. Top
  2. レポート
やまぐち美術
  1. Top
  2. レポート
  3. レポート

    2021年5月11日更新

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その8 2021年5月11日

ロンドンは雨、トランジットも最短時間で出発の予定でしたが、航空会社に不都合(使用機材未決定その他)が有り、一泊する事になりました。出発は翌日の晩に変更、ロンドンで1日滞在となりました。取り敢えず航空会社発行のTAXIチケットを頂き、同様に航空会社手配のホテル(サボイホテル)に向かいました。

久々に二人だけでの行動になりました。中学校入学以来、兄弟のような付き合いをしてまいりましたが、今回の温故知新の旅を経て更に深化しています。
今回の旅で彼に付いて気付いた事がございます。もともと決断力に優れた彼ですが、ルーブル美術館で見た「モナリザ」の素晴らしさに驚愕し急遽、フィレンツェ行きを決断した素晴らしさに畏敬の念すら抱いた手前でございました。
サボイホテルで旅装を解き早速、夕食を取るべく街に出て行きました。インフォメーションのご婦人が勧めてくれた忘れようにも忘れられない店名「シャーロックホームズ」に二人がロンドンで、とっても気に入った箱型TAXIで横付けです。お店の雰囲気は、本の内容を彷彿とさせ心が躍りました。

他方、これは頂けません。生ビールにフィッシュ&チップスやサンドイッチを選びましたが、この生ビールが生温いのです。周りに目を遣ると皆さん生温いビールを美味しそうに飲んでいます。冷えたビールであったらどれだけ美味しかったかと残念でなりませんでした。
それはそれとして楽しい時間を過ごしました。ビールの後に飲んだスコッチウイスキー、複数の聞いたこともないブランド名のウイスキーを頂きましたが、そのどれもが何とも美味しかったです。さすが英国です。帰国後、この生温いビールに付いては度々、話題になりました。
これを美味しいと言う方もいて趣味や趣向に付いては触れない方が良いと一人ごちた(納得)次第です。

ロンドンは、パリやフィレンツェに比べると空気は少し固く感じたように記憶しております。日本が文明開化の折、造船業を始め多くの産業に胸襟を開いて教示して下さった英国に対する感謝の念は、決して忘れてはならないものと存じます。特に20世紀初頭(1902年〜)、日英同盟に依り手を携えていた事も忘れてはならない事と存じます。女王陛下の英国と国民の象徴である天皇陛下の日本は似ている雰囲気が漂っていると感じました。
半世紀を過ぎた現在、英国も日本も外国の方達にとって人気のある国になっているようですので、国家として正しい道を歩んだものと存じます。ちょっと偉そうですね・・・(反省)
翌日は、大英博物館に足を運び、収蔵品の多さに溜息をつきつつ夕方まで見学を続けた後、空港に向かいました。

いよいよ明日は羽田です。航空会社(当時は、BOAC・英国海外航空・ブリティッシュ・エアウェイズの前身)の私達の搭乗予定機遅延への配慮でしょうか、当時は、エコノミーとファーストクラスの2種類のみでしたが、ファーストクラスの後方座席2席が用意されていました。
広々したスペースでゆっくり過ごし最高級のシャンパンもワインも勿論、無料です。食事は、ステーキメインの素晴らしい内容でした。他方、今では姿を消してしまったアンカレッジ経由、羽田行きです。
現在に比べると所要時間は長かったのが印象に残っています。機内はスチュワード(男性)が多くスチュワーデスは少なかったように記憶しております。何回も食事の機会が有り満腹状態が続いておりましたし、アルコールも満喫しておりました。羽田到着が迫ってきて何だか嬉しい気持ちと懐かしさが急に湧き上がってきました。
羽田への接近が告げられ機内は若干、緊張した空気が流れます。何事もなく無事ランディング、手荷物を整え機外に・・・
イミグレーションを始め各種入国手続きもスムーズに進み、税関検査も無事(?)通過、日本の空気を吸いました。京浜工業地帯に隣接している立地ですので良い空気とは無縁のはすですが。何となく美味しく感じた次第です。

当時、羽田には東急ホテルが有り、そこで一休みしてから帰宅することに致しました。
当時は、のんびりしたものです。翌日改めて関係者には帰国を知らせる事に致しました。
羽田東急ホテルのプールは、周囲にパームツリーやココナッツツリーを配置し、南国のような雰囲気を醸し出しておりました。BGMはハワイアン、誠に居心地の良いホテルでした。

【羽田東急ホテルは、2004年9月30日閉館 同年12月1日、空港第2ターミナルに、エアポートホテル・羽田エクセルホテル東急が開業】

旅客出入り口に羽田東急ホテル手配の小型バスが到着、沢山の荷物と一緒に乗車、2〜3分で本館到着、荷物を預けプールへ直行、注文の第一声は「冷えた生ビール!」でした。いや〜美味しかった。

此処で明日からの予定を確認し、温故知新の旅に終止符を打ちました。来週から仕事復帰です!

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ マツヤマ・アキオさん 2021年5月6日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪

立夏をむかえ、今日は初夏らしい爽やかな陽気でしたね!
さて、本日は、入札締切日でした。
メール、FAX、郵便でご入札頂いた皆さま、ありがとうございました。
「競売」の字の如く、すでに戦いは始まっております。
ただいま、集計スタッフが、皆さまの熱き入札を、丁寧に丁寧に集計中です。

普段、会場にてスタート価格を発表させて頂いておりますが、7日の深夜(オークション前夜)に本ウェブサイトにて発表させて頂く予定です。手に入れたいお品物がおありの方、当日会場までお越し頂ければと思います。この時代まで、美しく生き残った奇跡の様なコインの数々を、皆さまの御手で次世代に引き継いで頂ければと、スタッフ一同願っております。

あれ? お客様の、安くなーれコールが聞こえきたような…(笑)

それでは、今日もレトロかきこ、いきますよー!( ^∀^)
大変ご好評をいただいておりますオークションカタログの話題です♡

レトロコインオークションのカタログ表紙で、どっしりとしたロゴタイプとともに、シンボル的存在となったオークショニア君。
vol.2の表紙から現れた彼は、独特の動きと存在感で、めくるめくオークションの世界へと
わたしたちを誘います。

描いてくださっているのは、このかた。
イラストレーター、デザイナー、おもちゃ楽器奏者としてマルチにご活躍中のマツヤマ・アキオさんです!

れと子の突撃インタビュー ♪

ーーーお時間をいただいてありがとうございます。
さっそくですが、イラストレーターになられたきっかけを教えてください!

マツヤマ :とくにきっかけというものがあったかというとそうでもなくって、高校生になって進路を考えた頃には、絵を描くこと以外に選択肢がなかったんです。それで、当時イラストレーション専攻のあった『日本デザイン専門学校』(現在の日本デザイン福祉専門学校)へ進学し、卒業後にフリーのイラストレーターになりました。

ーーー「絵を描くこと以外に選択肢がない高校生」ってカッコ良すぎです。
なるべくしてイラストレーターになられたんですね。
デザイナー、おもちゃ楽器奏者としてもご活躍されてますが、どの様な感じで活動されていますか?

マツヤマ:仕事の割合でいうと、現在はイラストレーションよりもWebデザインの仕事が多いです。今後は、ロゴマークから各種デザインツール(ホームページやSNSアイコン、商品パッケージ、看板やショップカードなど)をまとめて制作するような、ブランディングに関わる仕事を増やしていきたいと思っています。
おもちゃ楽器奏者としては、ドレミハミルさん(https://doremihamill.com/)や、川床(https://fromkawadoko.tumblr.com/)のライブ、レコーディングなどに参加しています。どちらも各種音楽配信サービスにて楽曲を聴けるので、ぜひぜひ聴いてみてくださいね。

ーーー今後は、一層幅広く展開される予定なんですね!
気づけば、レトロコインオークションも、ブランディングしていただいていますね!
「オークショニア君=レトロコインオークション」と、皆さんにインプットされてると思います。

音楽活動では、ライブや音楽配信もされているんですね!!ドレミハミルさん、川床さん、さっそく聴いてみたいと思います(๑>◡<๑)

ーーーところで、最近暑くなってきましたが、お好きなアイスは何ですか?

マツヤマ:吉祥寺『ウッドベリーズ』のフローズンヨーグルトです。注文のときに好きなフルーツを選べるのですが、だいたいアップルマンゴーを選びます。
それから、もっと身近で入手できるものだと、森永の『PARM』ですね。

ーーーめっちゃおいしそう〜。吉祥寺の『ウッドベリーズ』さん、メモっておきます!_φ( ´ ▽ ` )
森永『PARM』も滑らかな口どけ、最高ですね!

ーーーレトロ コインオークションのロゴタイプやイラストは、シンプルなデザインの中に、どこかレトロでモダンな雰囲気、温もりが感じられます。制作はどのようにされていますか?
描く時に大切にしていることを教えてください。

マツヤマ:イラストレーションやデザインの制作で大切にしていることは、ひとことで言うと簡潔にすることですね。イラストレーションの場合は、なるべくシンプルで心地よい形をつくること、デザインの場合は、情報の関係性をしっかり整理することを心掛けています。
個人的にレトロなデザインは好きなので、『レトロ コインオークション』のご依頼をいただいたときには、わくわくしましたよ。僕のイラストレーションは、全てコンピューターで制作されているようにも見えますが、アウトラインは全て手作業で描いているんです。それで、どことなく温もりを感じていただけれたら、とても嬉しいですね。

ーーー わくわくして頂いていたなんて嬉しいです。
てっきりコンピューターで制作されてるのかと思っていましたー∑(゚Д゚)
手でこんなに緻密に描けるなんて、、、驚きです。 
マツヤマさんの絵から感じた、「温もり」のルーツはこの手作業にあったんですね!

前回は、船。今回も横浜をイメージして、カモメを描いてくださっています。
二つの絵、どちらも見ていると頭の中に、"港" 横浜が見えてきます。
カモメは、港を吹く風も感じられます。横浜を "簡潔" に絵で表現するってこういうことなんですね。

ーーーマツヤマさんのお仕事の必需品は何ですか?

マツヤマ:紙とペンです。
仕事中はコンピューターに向かっている時間が多いですが、クライアントとの打ち合わせや、アイデア出しなどの重要な場面では、必ず紙とペンを使います。手で書いたものは、自分の身体に馴染んでいく感覚がありますね。

ーーー紙とペンはマツヤマさんの源ということですね!次回のイラストも楽しみにしています!
ありがとうございました!

マツヤマ・アキオさんのウェブサイトはこちら。
https://akio-matsuyama.com/

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その7 2021年5月4日

ウフィツィ美術館での二日間は言葉で表現できない感激を伴った経験でした。
ボッティチェリ、ダビンチ、ミケランジェロの絵画や彫刻は、私にとっては、とても人間業とも思えず天から降臨した宝物としか思えませんでした。
いや〜 それにしても素晴らしい経験でした。案内役を務めて下さったフィレンツェ大学の学生さんは、「こちらで沢山の絵画を見るにつけ、日本人作家の素晴らしさに改めて気づかされました。日本に戻りましたら彼等の作品を見るべく各地の美術館に足を運びます」と熱い眼差しで語ってくれました。日本人画家に対して私が触発された瞬間でもございました。

此処で日本での再会を約して彼とはお別れです。駆け足ながら最高の経験をしたフィレンツェ見学は終わりローマに向かいます。バチカンで、「最後の審判」を見学し「温故知新」の旅に終止符を打つ事になりました。

私達を急遽、パリからフィレンツェに向かわせたダビンチの作品は私達の胸に、しっかり刻み込まれ清々しい気分でローマに向かいます。半世紀前、フィレンツェからローマは列車で2時間位は掛かったと記憶しております。

夕闇迫るローマ駅(テルミニ)に到着した私達はTAXIに乗り込みバチカン市国へ向かいます。
先ずは雰囲気だけでも味わいたい一心でした。世界最小国、人口は800人前後とか・・・
明日を楽しみに夕食の場所を探しましたが、何処も満員で止むなくホテルに向かいました。
ホテルで暫時休息の後、食事をすべく人波が揺れるローマの街に出て行きました。
レセプション(フロント)の方が、「恥ずかしい話ですが懐中物にくれぐれも気をつけて下さい!」、親切に教えてくれました。当時イタリアでは、旅行者に対する犯罪が増えていると聞いておりましたので、更に注意を払う事を皆で確認しました。街には、あのフィレンツェ駅に漂っていた香りが鼻をつきます。移民の方が多いローマを改めて認識した次第です。

時間は、21:00を過ぎていますが、先ほどより混雑が増しているように感じます。地区の名前も何も分からないで歩くのは楽しいものですが、危険となると話は別で何となく緊張しています。照度は低いが鋳物の重厚さを感じる雰囲気の良い電飾看板が目に飛び込んで来ました。

リストランテと書いてあります。リストランテは、沢山あるレストランの中でも美味しく且つ高級な店との認識を持っていましたので、予約をしていない私達は入れないものと決めつけながら諦め気分で、「食事できますか?」、と聞いてみると、「皆さんは日本人ですか?」「はい」、「狭い席しか空いていませんが、よろしいですか?」、「はい」、何と席が取れました。
私達に案内された席は決して狭くなく充分な広さがありました。真っ白なダマスクのテーブルクロスが美しく花瓶の花と合わせて高級店と言う事が分かりました。
ワインメニューを配りながら「私の叔父は、横浜で働いていますのでご縁を感じ、ご入店頂きました」と話し出しました。
驚きながら、「私達二人は横浜で、彼はミュンヘン大学の学生です」と伝えると大変喜んで下さり「常々、日本人は素晴らしい人達と叔父から聞いています。ゆっくりお過ごしください」と下がって行きました。今回の旅で偶然の素晴らしさや感激を何回も味わい、ともすれば偶然に慣れつつありましたが、今度も素晴らしい偶然でした。

最初にパスタが運ばれて来ました。高級な店もパスタなの?と疑問を口にしそうになった時、先ほどの方が席に来て、「パスタはスープのような役割です。この店ではパスタから始まるのが普通です」と教えてくれました。次に「元町を知っていますか?偶然立ち寄って下さったお客様が横浜とは大変嬉しいです」何だか、その場が和み、ほっこりして来たのを感じました。

【横浜元町商店街は、JRの石川町駅から徒歩2〜3分、電信柱を地中化した日本で最初の商店街と承知しております。当時、車は敵と考える商店街が多くありました。そのような世の中の雰囲気の中で乗用車は敵でなく、これまでの街の歴史(1859年6月2日の開港以来、居留地に住む外国人の日常生活を守り支える為に、徳川幕府に依って設けられた商店街でございます。この街は幕府の代官に依って治められておりました。この代官の苗字が石川氏であったところから後日、最寄りのJRの駅が石川町と命名されたと聞いております。商店街の裏側に現在も代官屋敷跡が残されているものと存じます。居留地には区画があり現在の関内駅(JR)の関内は、その名の通り関の内側を示しており外国人が動ける範囲であったそうです。
終戦後、来街客は車のお客様が多く正に自家用車を利用するお客様に支えられた商店街でした)を忘れずにメインストリートにパーキングスペースが所々に設けられています。その為にアーケードは作らず雨の日は傘をさして、お買い物を楽しんで頂いております。
他方、半世紀前には元町商店街の入口に接する道路には横浜市電(ちんちん電車)が通っていて元町の次は、麦田駅が有りました。元町を出るとトンネルが有りトンネルを出ると、そこは、アメリカでした。その地区を本牧と申します。米軍の巨大施設(PX・Post exchange・軍隊用語で売店)が有り、いつも軍人軍属で賑わっていました。このPXは規模が大きく私達の憧れでした。当時、感じた事ですが、誠に合理的で日本人でも何人でも$か軍票を持っていれば入場も買物も自由でした。ボーリング場も併設されていました。この頃のボーリング場は人がピンを立てていました。】

さて、食事を終えて表に出ると終始サービスをして下さった彼が表に出て来て「ホテルまでご一緒します。何分、物騒ですので・・・」、ご親切にもご一緒して下さいました。遅い時間に日本人が3人で歩くのは危険だそうで感謝、感謝です。それにしても治安は相当悪そうでした。
帰国後、元町で彼の叔父さんとお目に掛かる事になるとは、本当に驚ろく事ばかりです。

翌日、バチカン市国に入国しサン・ピエトロ大聖堂、バチカン宮殿、システィーナ礼拝堂、
バチカン美術館を其々見学しシスティーナ礼拝堂の「最後の審判」を見学した折には、ただただ圧倒されました。多くの方達が膝をついて鑑賞しており、カトリック教徒の感激は如何許りかと思った次第です。

あっという間に時間は過ぎバチカンを離れなければならない時間になりました。此処で13日間を共に過ごし素晴らしい才能を発揮してくれたミュンヘン大学の彼とはお別れです。
彼無しでは温故知新の旅は上手く運ばなかったものと存じます。帰国後の再会を約した事は申し上げるまでもございません。
いよいよ最後の行程です。ローマ・ダビンチ空港からロンドン・ヒースロー空港へ

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

新1円銀貨 明治36年 NGC-MS66(-FDC) 今週の映えコイン 5月3日

祝日は通常お休みを頂戴しておりますが、5月8日のオークションを前に、弊社には素晴らしいコインが鈴なりの状態です。居ても立っても居られず、本日は映えコイン特別編として、下見会で特に人気のロットをご紹介いたします。今回は、話題の円銀に絞ってご案内いたします。

なんと言っても表紙のコイン、トップランクMS67の円銀2枚が双璧となりますが、あえてここで図版に取り上げるのは、Lot.20のMS66。目映い原色光沢、霜降り状の梨地際立つ端正な打刻、少ないバッグマークと三拍子揃った、ザ・完未品となります。

Lot.5 新1円銀貨(大型) 明治7年 後期浅彫 NGC-MS62(軽トーン -UNC)
泣く子も黙る円銀明治7年!のほぼ未使用、MS62ランク品。軽いトーンに包まれた自然で渋い状態は、菊紋面平地部分にこそ相応のバッグマークがありますが、主要な意匠はしっかりとエッジがきいております。派手さこそありませんが、オリジナルの状態を保持し、細部まで存分に愉しめる良品。

Lot.7 新1円銀貨(小型) 明治21年 PCGS-MS64(UNC+)
明治21年は、未使用を超えるランクの評価が跳ね上がる傾向にある銘柄です。本品は、美しい原色光沢を持ち、プルーフ調で立体感豊かな打刻は独特の質感を持ちます。美しすぎて違和感を感じるほど、MS64でも物足りないと思わせる魅力的な一枚です。

Lot.11 新1円銀貨(小型) 明治28年 NGC-MS67(軽トーン FDC)
金色に輝く特別感に溢れたトーンをまとう円銀。まさに頂点に立つものの風格がそこにあります。バッグマークは当然少ないものの、極端に少ないわけではありません。しかし、クリアに切り立った意匠の数々、特に竜図面の奇跡的なバランスにしつらえられたトーンは、見る者を圧倒する質感を持ちます。

Lot.16 新1円銀貨(小型) 明治34年 NGC-MS67(軽トーン FDC)
竜図面は軽度ながら満遍なく色づいた色調。菊紋面は原色を基本に、未洗浄の自然な雰囲気を愉しめます。バッグマークは当然の如く僅少で、"一圓"や菊紋は、美しく切り立っています。NGCが満を持して送り出すトップランク品。

Lot.28 貿易銀 明治8年 NGC-MS62(UNC+)
光沢美しく、バッグマーク大変少ない貿易銀。NGCの評価は驚くほど控えめなMS62。第一印象は、未使用、いやそれ以上にしか見えません。精査を進めると、洗浄によるヘアラインの評価が鍵となってくるように思われますが、極印の仕上げ跡との混同も考えられ、なんとも評価者泣かせのコインです。いずれにせよ、図版の通り、大変美しい貿易銀であることは確かです。ぜひ下見をして直接ご確認頂きたい逸品です。

事前下見会は、既に終了いたしましたが、オークション当日11時からオークション会場にて下見が可能です。カタログをご覧になり気になった一枚、最後の一押しをすべきか否か、ぜひご自身の慧眼で最終ご確認をして頂ければと存じます。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その6 2021年4月27日

夜行列車(食堂車)の初体験で心身ともに舞い上がり熟睡後、朝を迎えました。朝食を終える頃、フィレンツェ・サンタ・マリア・ノベラ駅が近付いてきました。パリとは全く違う空気感を感じ始め若干、緊張気味に下車の準備に掛かりました。同行のミュンヘン大学の彼は、当時、イタリア国立フィレンツェ大学に留学中の友人に案内役に付いて連絡を入れておりウフィッツィ美術館の入口の前での再会を約しておりました。

フィレンツェ駅からウフィッツィまで徒歩でも15〜20分位ですが、荷物の関係でTAXIにしました。駅構内を歩いていて気付いた事がございます。耳に飛び込んでくる言葉は聞いた事の無い言葉ばかりで落ち着きをなくす要因の一つになりました。どうやらアラブ系の言葉のようです。駅構内の匂いも、これまでに経験したことの無い匂いでした。イタリアは移民の国でもございます。アフリカが近い立地のイタリアは、エキゾチックな匂いが漂うのは止むを得ない事と存じますが慣れるまで暫く掛かりそうです。

幸いウフィッツイの入場券売り場の前は空いていました。開館時間の前だったようです。建物の全てが存在感に溢れていました。後日(1982年)、世界遺産フィレンツェ歴史地区の一部として認定されました。
ウフィッツィに足を運んだのは、勿論ダビンチが要因でしたが、イタリアルネッサンスのボッティチェリやラファエロ、彫刻では、ミケランジェロ等、記憶に残したい作品が満載の素晴らしい美術館です。これらの作品を所蔵していたメディチ家とは一体どれだけの力(資産)が有ったのだろうかと気を失いそうなショックを受けました。前述(追憶の中の軌跡5)のフランス料理は、嫁入りに同行したメディチ家のコックが演じた一幕でしたし、嫁入りすれば凡(あら)ゆる面でフランスからの投資や貿易が増大しフィレンツェに莫大な富を齎(もたら)しました。嫁入りは、古今東西を問わず政略結婚だと言う事を理解した次第です。

後日、マリーアントワネット【ハプスブルグ家・マリアテレジア(オーストリア国王)の14女】がフランス王ルイ16世に嫁ぎましたが、フランス革命が起き1793年10月16日、37歳を一期に断頭台の露と消えました。政略結婚の悲しい一面です。
比較は難しいですが、徳川幕府に於ける将軍のお妃選びとよく似ているように感じます。

さて、ダビンチの「受胎告知」や「東方三博士の礼拝」には大いに感動しましたが、圧倒されたのは「ヴィーナスの誕生」をはじめとした沢山のボッティチェリの作品で心を奪われました。凄い!
作品ごとの説明をフィレンチェ大学に留学中の学生さんにお願いしましたが、その懇篤な説明に感謝をするばかりでした。気付けば全員、昼食も摂らず腹ペコになっていました。明日の見学を楽しみに美術館を離れました。

夕食は勿論、イタリア料理、本日の案内役を務めて下さった彼はフィレンツェに住まいする事、既に3年、様々な料理に精通しているようです。メディチ家が世界に広めた料理の一片でも味わえれば幸いです。いや〜楽しみな夕食になりそうです。

何やら奥まった感じがする路地の突き当たりにレストランが有りました。
店名は、Ristro di Cambi メニューは分厚く勿論、読めません。
彼は時々、日本人客の通訳としてアルバイトをしているようで、働いている皆さんとも軽口を叩いて親しさを表現していました。
次々に料理とイタリア各地のワインが運ばれてきます。イタリア人の食欲は凄まじく同等に扱われたら食べ残しの山になってしまいます。その辺りは彼が調節してくれていたようです。
会話は、勢いウフィッツイの話が中心になりボッティチェリとダビンチの作品が話題の中心でした。この会話は終わりが見えずワインが5本、空になったところでお開きとなりました。
料金は驚くほど安価でした。これも彼のおかげと存じます。
明日は、ミケランジェロの彫刻や絵画を見てみたいと願いながらホテルに向かいました。

翌日は、朝からシトシト雨が降り始め石造りの建物を濡らしています。これが更に雰囲気を落ち着かせ格好の美術館見学日和となりました。バチカン・システィーナ礼拝堂の「最後の審判」はあまりにも有名だし「ダビデ像」も超有名。絵画にも彫刻にも素晴らしい才能を発揮するミケランジェロの作品を多数所蔵するウフィッツイを心ゆく迄、楽しみたいと思っていました。

残りのスケジュールは、ローマ〜ロンドン〜東京を残すのみとなり温故知新の旅は、いよいよ最後のコーナーに入ってまいります。

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

イギリス 5ポンド金貨 1937年 NGC-PF64CAMEO(UNC-FDC) 今週の映えコイン 4月21日

こんにちは!レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

本日は「映えコイン」ということで、撮影部の前を通りがかったら「猫の手も借りたいーー!!」と、れと美先輩らしからぬ雄叫び?が聞こえてきたので、私もお手伝いです( ´ ▽ ` ) 撮影は、れと美先輩。文章はれと子でお送りします♪

さて、こちらのコインは「イギリス 5ポンド金貨 1937年 NGC-PF64CAMEO」です。
表面は、エリザベス女王のお父様、ジョージ6世。
写真は、コイン裏面の「聖ゲオルギウスの竜退治」の図です。

右下、B.Pの文字は、言わずと知れたベネデット ピストルッチ(Benedetto Pistrucci)のイニシャルです。
1784年5月29日にローマで生まれ、宝石彫刻家として評判を得たのち、ジョージ3世の息子である摂政王太子からイギリスへ招待されイギリスに渡りました。イギリス王立造幣局のマスターであるウィリアム ウェルズリー ポールからもその腕前は注目され契約し、ソブリン金貨のデザインを任されました。中でも、この「聖ゲオルギウスの竜退治」は高く評価され有名になりました。

馬に乗った聖ゲオルギウスが、ドラゴンを追い詰め、槍を突き刺そうという場面。ドラゴンの前足は外側を向き逃げの態勢ですが、聖ゲオルギウスをギッと睨んでいます。最後を悟ったのでしょう。聖ゲオルギウスもまた、ドラゴンを見つめていました。1937年の時をそのまま封じ込めたような輝きの中に、馬のいななきが聞こえた気がしました。

ルーペから見えた光景に思いがけずハッとした れと子でした。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その5 2021年4月20日

何となくヨーロッパの雰囲気に慣れて来たなと感じ始めていた私達は、ちょっと大きめなワインが2本、ハム、ソーセージを含めた惣菜(お摘み)が入っているお洒落な竹籠をそれぞれ持って列車に乗り込みました。コンパートメントは必要な折に車掌さんに連絡を入れると、ベッドメークをして下さるスタイルでした。
座るやいなや取り敢えずワインで乾杯、ルーブルの興奮を口々に表現し自分達の浅学の酷さを自虐的に披露し合っていました。夕闇が迫るパリを離れるのは何やら悲しくセンチメンタルな気分に陥り、車窓から食い入るように去りゆく街を見つめていました。

出発から10分過ぎた頃、ドアーがノックされ車掌さんが切符のチェック、誠に丁寧な対応でした。「国境を越える折には、改めて案内させて頂きます。他方、間も無く食堂車の準備が出来ます。予約を頂きますが?」
日本では夜行列車、それも食堂車が付いた列車に乗る機会に恵まれなかった私は思わず鸚鵡返しに「3席お願いします」「承りました。お移りの際は、ジャケットをお忘れなく!」と言い残しかっこよくドアーを閉め姿を消しました。それから数分後、ドアーの郵便受けに「予約OK」のメッセージが届きました。
3人それぞれ大きなバゲッジの中からジャケットを引っ張り出し、手で皺を伸ばしながら食堂車に向かいました。食堂車はジャケットが必要とのルールも知らない私達でした。食堂車へ向かう短い時間の中で感じたのは生活文化の違いでした。

東海道新幹線(1964年10月10日の東京オリンピック開会式を控え、10月01日に東京〜新大阪間、開業)は、根本的に考え方が異なる乗り物で「1分でも早く!安全第一」が全てに優先されているように感じていました。現在は、整備新幹線として九州新幹線西九州ルート(新鳥栖〜長崎)、北陸新幹線の一部(金沢〜新大阪)、北海道新幹線の一部(函館北斗〜札幌)が整備中で以外は、新幹線網で日本中を網羅しております。ご案内の通り経済を担う新幹線であり日本には不可欠の大動脈となっております。更に2027年には東京〜名古屋間を40分、2037年には名古屋から大阪まで延伸し開業、東京〜大阪間を67分で結ぶリニア中央新幹線が現在工事中です。
他方、オリンピックに必要不可欠であった東京都内の高速道路の多くは河川の上に造られています。地権者のいない河川の上を使ったとの事、時間の制約がある中での対応は、流石日本ですね・・・そして東京オリンピックが戦後復興の集大成であったのはご案内の通りです。
【一時期、東京〜新大阪間の新幹線には食堂車を連結している列車が複数有りましたが、諸事情から現在は無くなったと記憶しております。指定席が取れず新大阪から新横浜まで食堂車の1席で着席の権利を保つ為、飲み続け食べ続けていた事を思い出します。新横浜駅で下車する時には既に酔いが回り大変楽しい思いを致しました。当時、新幹線の指定席は取り難く連日、大混雑が続いていました。コロナ禍の現在、信じられない嘘のような事態です】

さて、食堂車が近づいて来るとジャズが流れてきます。灯りがドアーのレースカーテンから漏れてきて誠にお洒落です。ドアーを開けると、そこにはドレスアップした紳士淑女が食事を楽しんでいる素敵な空間が広がっていました。生演奏のバンドが入り上質の空気が漂っています。テーブルに着くとサービスも誠に結構でした。ディナーのコースは3種類有り3人とも量の一番少ないものを選びました。今回の旅で実感した事は、フランスでもイギリスでもドイツでも皆さんよく食べよく飲みます。体格も日本人に比べ大変大きくがっしりしています。胸板の厚さと言ったら、それはそれは・・・アルコールも大変強い方が多いと感じていました。
従って食前、食中、食後のアルコール類の品揃えは列車の中とは思えない素晴らしさでした。少しでしたが日本酒の用意も有ったように記憶しております。
さてテーブルでの話題はダビンチの事が中心でしたが、ルーブルで頂いてきた冊子のみが情報源になっていました。何故「モナリザ」がルーブルにあったのか? 
このような初歩的な事も分かっていない私達でした。頂いた冊子の内容を同行のミュンヘン大学の学生さんに訳して頂き頷くばかりでした。
【当時、ダビンチは、イタリアでのパトロン(スポンサー)探しを諦め従前より好意溢れた対応をして下さっていたフランス王、フランソワ1世を訪ねたところダビンチの思いを聞き届けて下さり素晴らしい環境を与えられ創作活動を再開する事になりました。
僅か3年の後(1519年5月2日・享年67歳)、ダビンチは没します。ダビンチが携行していた絵画3点の中に「モナリザ」が含まれており現在、ルーブル美術館の所蔵品になっているとの事、「情けは人の為ならず」でしょうか・・・】
私達の席は大いに盛り上がり楽しい晩餐になりました。
部屋に戻り残しておいた竹籠の中身を味わい気持ちよく整ったベッドに潜り込みました。

明日は、ウフィツィ美術館です。余談ですが、思い出したことがございますので披瀝致します。
【フランス料理、実はイタリヤ料理が源?
経済力を含めて国力が秀でていたフランスの国王は嫁探しの際、引く手数多(あまた)であったようです。ハプスブルグ家(オーストリア)やメディチ家(イタリア)等々、もててもてて、誠に羨ましい限りです。メディチ家から輿入れの際、コックさんも沢山同行させ、フランス王の食卓を賑々しく飾リます。全ての料理や料理を盛り付ける器や銀食器(ナイフ、フォークその他)を大変お気に召したフランス王は、「この料理を我が家の手本とする」と宣言、以降、フランス料理は世界遺産として永く愛される事になりました。イタリヤ料理が元になっているとは何とも驚きました】

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ パシフィコ横浜 2021年4月17日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

昨年よりコロナ禍の状況が続いており「まん延防止等重点措置」も実施されることとなりました。レトロコインオークションでは、一番厳しい状況の緊急事態宣言の場合を想定し、会場は収容人数の50%以下の対策をさせて頂いております。

会場となるパシフィコ横浜は、感染症予防対策におきまして、国際的な衛生基準を満たした施設であることを証明する『GBAC STAR™認証』(GBAC(ジーバック) STAR™ Facility Accreditation) を国内のMICE施設で初めて取得したことを 2021年4月8日に発表しました。

弊社も会場と連携し、当日に向けて準備を進めております。
お客様に、より安心、安全に会場をご利用頂き、レトロコインオークションをお楽しみ頂けましたら幸いです。上記図版右のPDF(新型コロナウィルス感染症(COVID-19)対策に関するご案内)の取り組みへのご協力をよろしくお願いいたします。皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ みなとみらい 2021年4月15日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

もう4月も半ばを過ぎました。
5月8日の“レトロコインオークションvol.5"開催まで、カウントダウンしてみましょっかね!
残り23日です!! ٩( 'ω' )و

レトロコインオークション参加してみよっかな~?
でも横浜ってよく知らないんだよねー。
という方のために、今日は、生まれも育ちも横浜の生粋のハマっ子♡れと子が、
会場のある「みなとみらい」のこと、ご紹介します♪

今や横浜を代表する観光スポットとなった「みなとみらい21」ですが、実はまだ誕生から30年ほどです。
「みなとみらい21」という名は、公募によって決められました。
名付け親となったのは、元防衛施設庁に勤めていた横浜市在住の荒井さんという方です。
多様な施設の設計をされるお仕事柄、通勤中に思いを巡らした名称だったのだそうです。

1981年(昭和56)年8月の1ヶ月間が応募期間で、合計2292点もの名称案が集まりました。
大半の名称はカタカナで、その中で有力視されていたのは「赤い靴シティ」でした。
驚くことに、市の一次選考では「みなとみらい21」は、落選していました。
しかし、二次選考で選考委員の一人の発言が未来を変えました。

サントリーのアンクルトリスで有名なイラストレーター柳原良平さん(横浜市在住)でした。
カタカナの並ぶ数々の候補を「マンションの名前みたい」と一蹴。
「横浜といえば港町である」と、ほかの委員の目にとまらず、候補に入っていなかった「みなとみらい21」を拾いおこし、強く推したのだそうです。
そこから再度最終選考へ選出され、決定に至りました。

横浜ランドマークタワー、横浜美術館、クイーンズスクエア横浜、よこはまコスモワールド、臨港パーク、パシフィコ横浜、赤レンガ倉庫、象の鼻パーク、山下公園…
横浜港を背景に、歴史的建造物とあたらしい建物の融合した街並みは、まさに「みなとみらい」。
柳原良平さんの一言がなかったら、どんな街になっていたでしょう?
今の街にはなっていなかったかもしれません。

何度見ても、また見たくなる、行きたくなる、そんな場所です!
オークションがあってもなくても一度は訪れていただきたいなーと思います。
うわぁ、私暑苦しいですね(苦笑)。

わかっているのに、横浜愛が止められない れと子でした(๑>◡<๑)
今度は、会場や周辺情報をお届けします。 お楽しみに♪

最新のお知らせはこちらです。

竜10銭銀貨 明治34年 PCGS-MS66(-FDC) 今週の映えコイン 4月14日

今週の映えコインは「竜10銭銀貨 明治34年 PCGS-MS66」です。

コインもそうですが、色々な物に「表」と「裏」がありますよね(人の裏側はあまり見たくありませんが…汗)。
竜10銭銀貨の主要意匠に桐や菊の葉がありますが、これらにもしっかり"裏側"が描かれています。葉の表面とは違い裏面は葉脈が太く、力強く彫られているのにお気付きでしょうか。表面のか細く繊細な葉脈の技術は勿論素晴らしいのですが、生き生きとした植物の力強さが"葉の裏側"に表現されているところに、れと美は惹かれました。先人の高い技術力に本当に驚かされます。

本コインは、PCGS社によりMS66の高ランクがついています。直径17.57ミリの小さなサイズのコインだからこそルーペを使って見える世界がとても貴重で、鋭角な彫りに感動すら覚えます。発行枚数も少ない明治34年のこのコインを、ぜひ手に取ってご覧頂きたいです。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その4 2021年4月13日

パリの夜は正に刺激的と言う表現がぴったりの素晴らしさでした。

ムーランルージュ【赤い風車・1889年(明治22年10月6日open)・約800席のキャバレー】のディナーショウは、沢山の踊り子に依るフレンチカンカンが売り物ですが、OPENの際、ロートレックが描いたオープン告知ポスターは誠に秀逸で現在もオークション業界では出品される度に記録的な値で落札されているそうです。
一説によると、油絵が売れず困窮していたロートレックが知人に依頼しポスターを描き飢えを凌いだとか?手前は幸運にも拝見する機会に恵まれました。ポスターカラーに依る作品でしたが手前のような素人にも理解できる素晴らしい出来映えでした。
私見ですが、エコール・ド・パリを代表する多くの画家達(ピカソ・シャガール・マティス・モディリアニ・その他、藤田嗣治が加えられる事もあるようです)をも凌ぐのではと思わせる見事な作品でした。その後のロートレックの活躍はご案内の通りです。

他方、戦中戦後は、ムーランルージュのステージにフランクシナトラやエルビスプレスリーも立ったそうです。駐留米軍兵士を激励する愛国心からと存じますが税金対策も重要なファクターであったと思われます。

手前どもは夕食時間から入場しましたが、周りの席の人は何やら大急ぎで食事をしており全く落ち着きがありません。料理も次々と運ばれてきて、お尻を叩かれているようでした。早々に夕食を済ませ食後酒を手に見るフレンチカンカンを楽しみにしているようでした。
いやはやパリの情緒というよりは、ドタバタ劇を見ているようでした。出演者も会場も・・・それだけステージを楽しみにしている方達で溢れていた当夜でございました。
あっという間に魅力的なステージが終わり、今度は追い立てられるように出口に向かいます。
「出待ち」をしている方達も多く人気の程が知れました。
その後、ワインバーで興奮を鎮めるめるように時間を過ごし明日への期待を大きくしておりました。ワインの宛ては勿論エスカルゴ、知ったかぶりも此処に極まれりです。

温故知新の実践が今回の目的でした。今日は、ルーブル美術館で「モナリザ」を始め多くの絵画や彫刻を拝見し心の充実を図り、今後の仕事への一助になればと考えておりました。ルーブル美術館はセーヌ川の河畔、パリの中心部1区にもの静かに建っておりました。本物を見た興奮は止まる所を知らず、気持ちを落ち着けるのに大変苦労致しました。一日中、ルーブルで過ごしました。浅学非才の手前は数時間の内に素晴らしい絵画や彫刻を拝見したからでしょうか頭が重くて重くてたまりません。

少し休息が必要と思っていると、同行の我が社社長は、「スケジュールを変更してフィレンツェへ行こう!今の幸せを心に刻むには、ウフィツィ美術館を見なければ片手落ちではないだろうか?」彼も甚く興奮しており結論は翌日まで引き延ばすことにして頭の重さを解消させる為、ワインとエスカルゴに向かったのは言うまでもありません。

翌日、遅い朝食の席でフィレンツェ行きはパリの見学が終わった後、実行に移す事に決しました。
午前中、もう一度ルーブルに足を運び午後からはシャンゼリゼ通りを始めサンジェルマン大通り、オペラ大通りなどで営業をしている老舗に足を運び出来得る限り店内見学に努めました。
当時、パリには日本人の観光客が急増、買い物のマナーが大いに問題になっていました。
現在、急成長を遂げている隣国(温故知新の本家)が批判の対象になっているのは時代の趨勢とでも言うのでしょうか・・・
パリからフィレンツェまで夜行列車があるとの事、ルーブルからウフィッツィーヘ

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ あと1ヶ月 2021年4月8日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪

今日から、ちょうど1か月後の5月8日(土)、横浜みなとみらいにて、レトロコインオークションvol.5が開催されます!

オークションの出品物が3月31日に締め切りを迎え、カタログ製作スタッフは入稿に向けて、ねじりはちまきの全集中で頑張っていまーす!

今日は良いお天気すぎて、ちょっと動いただけでも暑い〜。溶けかけていた時、店主の息子・小学生のM君登場。みんなに缶ジュースを買ってきてくれました。各人の好みもバッチリ。ありがとう〜!!(≧∇≦)
しばしM君と学校トーク。今は一人タイムって時間があるんだ?読書してる人が多いんだねー。へぇー♪ほのぼの(о´∀`о)

元気を注入したところで、お仕事、お仕事!
撮影班の仕事場へいざ潜入です。

〝映えコイン〟でお馴染み、れと美先輩を突撃してみましょう!

れと子:撮影の必需品を教えてください♪

れと美先輩:(少し考えてから)ブロアーとサシャ!(o^^o)

れと子: ブロアーって何ですか??

れと美先輩: 風でコイン表面の微細な埃を飛ばすの。コイン撮影に埃は天敵よ!

れと子: なるほどー。シュッシュッって音が、聞こえてきましたが、ブロアーだったんですね!では、サシャというのは何ですか?

れと美先輩: 疲れた時には甘い物でしょ♪
最近はチョコレートの「紗々」がお気に入り(*^^*)

れと子: あ!チョコレートの「紗々」ですね!専門的な道具かと思いました。(笑)
紗々でリフレッシュして、頑張ってください!

続いて、店主発見!聞いてみましょう!
(PCに向かって、何やら険しい表情です…声かけにくいけども、めげません!)

れと子: 失礼しまーす!
いきなりですが、仕事の必需品を教えてください!

店主: ん!? ಠ_ಠ

れと子: ((((;゚Д゚)))))))

    出直します…(小声)

店主: ルーペ、車、サプリ!
Vixenのルーペを使っています。
丈夫な物のはずですが、毎日使うせいか、10年はもちません。今ので3代目です。
車は歴代スバル車です。スバルは、元は中島飛行機だから丈夫ですよね。アイサイトとAWDでとても安全だし、水平対向エンジンの音もカッコよくて好きです。どこに行くにも一緒です。

サプリは、ビタミンCとビオチンを欠かさずに取っています。ビタミンCを飲むようになってから、風邪を殆ど引かなくなりました。肌荒れや湿疹の出やすかった肌は、アトピーと言われたこともありましたが、ビオチンを飲んで劇的に調子が良くなったので欠かせません。お悩みの方におすすめです。

れと子: (答えてくれた!!よかったぁ♪)
ルーペが壊れるほど見てるなんてビックリです。まさに職人道具。車、好きなんですね。コインと共通した愛を感じます。サプリも取り入れて健康管理もバッチリですね!

皆さん身体に気をつけて入稿頑張ってください! お邪魔しました♪

最新のお知らせはこちらです。

中国 2000元金貨 2012年 オリジナルケース入 今週の映えコイン 4月7日

今週の映えコインは「中国 2000元金貨 2012年」です。

2012年発行の2000元金貨は「パンダ金貨発行30周年」の記念で発行されたメモリアルな一枚です。155.67グラム(5オンス)の超大型金貨ですから、とにかくずっしりしています。直径60ミリのインパクトといい、プルーフの仕様でまさに"映え"ていますよね!パンダが描かれている面は、梨地と鏡面の融合が美しい、凝ったデザインとなっています。3,000セットのみの発行で、保証書と木製ケースがセットになっています。やはり全体的な見栄えも大切ですね!

中国では、コインの大きさ(重量)やデザイン、図柄等に於いて、多種多様なコインが発行されています。丸型以外にも長方形や扇形、貝のような波型の形などなど。1.24グラム程の軽量コインがあると思えば1キロの金貨等もあり、毎年発行される物が多いので、シリーズで集め始めると終着点が見えづらいかも!?(汗)

難しいからこそ惹かれるのが「The 収集家」なのかもしれませんね。パンダファンはもちろん、将来性豊かな大型金貨をお探しの方にもぜひお勧めしたい逸品です。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その3 2021年4月6日

当時、東欧諸国から命懸けで出稼ぎに来る人達の一端に触れ、現実社会の厳しさを肌で感じた数時間でした。彼等の発言に依ると「永世中立国であるスイスは、他国とは異なり越境者を許す寛大な国家です」と目を輝かせて話していました。

スティーブマックィーン主演の映画・大脱走を見た折、自由を求め徒歩で越境を試みる人、飛行機で越境を試みる人、オートバイで越境を試みる人、スリリングな展開に目を皿のようにしてスクリーンを見詰めていたものでした。この映画ではナチスドイツの指揮権下から抜け出す事に成功したのは、ほんの数人であったと記憶しています。
半世紀前のヨーロッパ、国際列車乗車中、スイス国境付近の駅から徒歩で入国を企てている人達が底抜けに明るく元気だった姿にカルチャーショックを受けていました。
自由主義圏、社会主義圏が色分けされていた当時、否応無く社会主義圏に組み入れられた彼等の苦悩を感じる事さえ出来ない未熟な私達でございました。今も彼等が列車から降り、私達に向かって力一杯手を振る姿を思い出します。あの瞳の輝きを決して忘れてはいけないと心に刻みました。

チューリッヒは、スイスで当時でも最も人口の多い都市、此処では予めデザイン関係の会社を訪れる予定を組んでおり、ワクワク感一杯で歩を進めていると路は全て石畳、靴の先っぽが石畳の先端に触れると靴の大切な部分が、ぺろっと剥けてしまいます。靴は無残に傷だらけでイタリアに戻った折には購入を忘れずに・・・
イタリアは素晴らしい靴が実に安価でした。

訪問したデザイン関係の会社は、世界のトップに位置するそうで弊社には全く手が出ない内容でした。
続いて時計メーカーへ
発音が悪く恐縮です。パテックフィリップ オーデマ・ピゲ バセロンコンスタンタン ピアジェ オメガ ロレックス 等々。
それぞれの個性に目を見張りました。値段を見て更に目を見張りました。こんな時計を身に付けられるよう頑張らなくてはと決意も新たに致しました。
商売の上で各ブランドの個性の違いがプラスに作用しているのを実感しました。ロレックス社を訪問した際、商品それぞれに対して誠に丁寧な接遇とご懇篤な説明を頂いた事に感心仕切りでございました。この「ご懇篤な説明と丁寧な接遇」が、これからの日本に於きましても必ずや必要になるものと感じた次第です。誠に貴重な体験でした。
見事なアルプスの景観の中で超有名ブランドが共存共栄している事も備忘録に記した次第です。
蛇足ながらスイスは国民皆兵で定期的に軍隊での訓練があり各家には最新式の自動小銃が置いてあるそうです。自国を守る為とは言え凄まじい決意です。

再び国際列車でパリに向かいました。昼前の事ですので、コンパートメントから食堂車へ向かうと幸い席は4席空いており見事なテーブルクロスに今で言うウエルカムドリンクをボーイさんが運んで来ます。綺麗な泡が印象的なシャンパンです。昼からシャンパンかと習慣の違いにラッキーを感じ、3人で旅の序盤を振り返りながらコックさんが作る(今と違い厨房を備えた車両でコックさんが腕をふるってくれます)料理とワインを沢山楽しみました。
他方、到着予定の時刻が過ぎてもパリ接近のアナウンスはありません。見知らぬ駅に停車してから15分が過ぎた頃アナウンスがありました。
「この列車はリヨンに向かう線路上におります。パリに向かう線路に戻るまで少しお時間を頂きます」
この少しが曲者で動き出すまで45分を要しました。ここでも我が国との違いを大いに感じた次第です。

農業国フランスを実感する景色に触れながらパリに着いたのは夜8時過ぎ、このような椿事(ちんじ)があっても元気を持て余していた私達は街に出てパリ最初の夜に興奮していました。
今で言うミシュランガイドのような冊子は無く、社長のクレー繋がりに縋りパリ在住の友人を引っ張り出し街に出た次第です。以降3日間、彼は私達の貸切となりました。
【彼は後に日本人旅行者を対象にしたNO TAX SHOPを立ち上げ成功されました】

この時代、携帯電話(スマホを含む)は勿論無く現在を生きる皆さんには情報収集の難しさは理解できないものと存じます。
エルメス、ルイヴィトンを始め、馬具屋さんから転じて世界のブランドに成長した企業が沢山あり、ファッションの都パリを盛り上げていました。
エルメスの本店に入りネクタイを探していると告げると店員さんが、こちらにどうぞと素敵な椅子のある部屋に案内されました。数分後、その店員さんが1束10本位のネクタイの束を次々と運び込み椅子の前のテーブルはネクタイの山、いやはや驚きました。お土産を含めて20本程購入、「どちらにお届けしましょう?」ホテルの名前を告げると、「後ほどお届けしておきます」との事、初めての経験で、これも驚きました。支払いは、トラベラーズチェック(旅行者用小切手)、まだカードは普及しておらず、当然、私も持っていませんでした。
カルチェラタン(解放区)と呼ばれる地区には当時、生鮮青果市場が有り、生まれて初めて「カタツムリ」を食べました。ガーリックが効いて誠に美味しくワインが進み昼からご機嫌でした。「所変われば品変わる」を実践した次第です。

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ エイプリルフール 2021年4月2日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪

昨日は、4月1日エイプリルフールということで、タイムトラベルのお話は「ウソ」でした!
信じて下さった方、ごめんなさい(๑˃̵ᴗ˂̵)

タイムトラベルがいつになるかは、わかりませんが、未来に夢やロマンを期待しつつ、その時の訪れを待ちたいと思います。

もしかしたら、未来からの来客もあるかも?ですし、タイムトラベルが実現すれば、古銭は引くて数多になっちゃいますから、今のうちに!とご準備されておきたい方のためにも、タイムトラベルマネーセットは「気まぐれ市」にて販売を続けて行こうと思います♪

ぜひご笑覧下さい。

新商品詳細はこちらです。

レトロかきこ 新商品のご案内 2021年4月1日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

(※4月1日付け記事は、エイプリルフール企画記事でした。一部、願いを込めた冗談が含まれております。)

突然ですが、皆さんは「過去と未来」どちらに興味がありますか?
古銭が好きだから、過去派ですか?
私はレトロ好きですから、やっぱり過去派です!(╹◡╹)

先日のタイムトラベル実験成功のニュースには驚きましたねー!1分でも未来は未来ですからね。まさかこんな早くに実現するとは、思いもよりませんでした。実用化は、17年後の2038年ということで、待ち遠しい限りです。
旅行会社によっては、まもなく予約を開始するところもあるそうですよ!17年って長いようで、きっとあっと言う間なんでしょうね。マシーンに乗るのか、どこでもドア的なものなのか!?どちらにせよ、これらのツールがあれば、この17年も瞬く間ですね!

時空を超えた旅行を不便なく、トラブルなく楽しむ為には、入念な準備をしておくことが大切と思います。さて、ここで レトロコインonlineから、新商品のご案内です♪

レトロコインonlineでは、タイムトラベル用の年代別、硬貨・紙幣セットの販売を開始することにいたしました。ご入用の年代でご用意することが可能です。国や年代によっては、入手が困難であったり、ご注文数が完全に揃わない、高額である等、様々なケースがこざいますので、ご了承下さい。
また、タイムトラベル委員会発表予定の「トラベルイヤーランキング」に記載のある人気年号は、入手にお時間がかかる場合がございます。ご用命の際には充分ゆとりを持って、ご注文頂きますようお願い申し上げます。

今年は東京オリンピック開催年ですので、57年前に遡って頂きますと、昭和39(1964)年の第十八回オリンピック競技会をお楽しみ頂けます。

10月10日(土)に、東京都新宿区霞ヶ丘10番2号(位置:北緯35度40分41秒東経139度42分53秒)の国立霞ヶ丘陸上競技場にて開会式が行われます。天気は快晴。最高気温20.9度、最低12.2度。11日〜24日競技。馬術のみ24日まであり。(総合馬術競技の会場は軽井沢総合馬術競技場にて行われ、東京から最も離れた会場になります)
10月24日(土)国立霞ヶ丘陸上競技場にて閉会式。
天気は曇り。最高気温14.6度、最低気温10.7度。開催期間中は、20度台と暖かい日が多いですが、最終週は19日以外は雨の日が多く閉会式前日より気温も下がりますので、羽織物のご持参をお忘れないようご注意下さい。
傘をご持参の際は、当時3段折りの折りたたみ傘はまだ未発売ですので、布製ジャンプ傘、もしくはビニール傘(ビニール傘のジャンプ式はまだなかったものと思われます)をお持ち下さい。

下記の「タイムトラベルマネーセット」をご利用下さいませ。
1日滞在用(日帰り)を目安としてご用意いたしました。両替用に1万円札は2枚のご用意です。全て昭和39年以前に存在する真正品と検品済みですので、ご安心してお使い頂けます。なお、昭和39年の物価は、現在の約1/10ほどであると考えます。

昭和39年トラベルセット
 10000円札(聖徳太子)×2
 100円銀貨(稲)×5
 50円ニッケル貨(菊)×5
 10円青銅貨(平等院鳳凰堂)×5

*大変恐れ入りますが、5,000円札、1000円札、500円札は、只今在庫切れとなっております。
お急ぎでご入用の際は、現地にて、両替・釣り銭等でのご入手をお願いいたします。

弊社へのお支払いにつきましては、2021年現在の通貨でのみ、ご購入頂けます。古銭の場合、買入査定とさせて頂きますが、2022年以降の通貨は一切お取り扱いできません。ご注意下さい。

新商品詳細はこちらです。

新1円銀貨 明治34年 NGC-MS67 今週の映えコイン 3月31日

今週の映えコインは「新1円銀貨 明治34年 NGC-MS67」です。

小型タイプとはいえ、円銀は直径38.1mmの立派な大型銀貨、竜図は迫力が違いますね!
今回の明治34年の円銀は、NGC社にて堂々のトップランク“MS67”、孤高の単独1位となります。
竜の“たてがみ”の彫りもクッキリとしており、拡大すると1本1本が細かく風になびいている様が表現されています。極印そのものの仕上がりの良さが想像出来ますね!馬の歯や刺なども、しっかり実物で見て頂きたい逸品です。表面にはレインボートーンが薄くかかり、裏面はそれとまた違うニュアンスを感じて頂けると思います。コインを傾けると光が巡り、桐と菊がさらに浮き立つ。明治の職人魂に触れ、日本のコインがより好きになる、れと美でした。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その2 2021年3月30日

受注活動は極めて順調でしたが、このままの展開を続けても資本力の差に左右されると結論し、新たな世界に一歩を踏み出す為に必要な事は温故知新を実践する事と決しました。

仕事と射撃(クレー・トラップ)の二刀流で多忙を極めている社長と同様に仕事に忙殺され、睡眠時間の少なさに音をあげる寸前の手前は、温故知新を実践すべくヨーロッパに渡る事に致しました。

半世紀近くも前の事でございます。南回りから辛うじて北回り、北回りと言いましても、羽田〜モスクワ〜アムステルダム〜ロンドン〜ミュンヘン〜ザルツブルグ〜パリ〜ローマ〜ロンドン〜モスクワ〜羽田のコース、JALとKLMの共同運行便でした。3週間の日程でヨーロッパを廻りました。

スタートから波乱に満ちていて羽田を出発後、急速に天候が悪化、ジェットコースターのような飛行を続け尾籠な話で恐縮ですがトイレに行くことも我慢をしながらのフライトでした。

機内アナウンスがモスクワ接近を知らせており、やっと安堵の胸を撫で下ろした数分後、「モスクワ空港天候不良の為、着陸できません。当機はモスクワに最も近い所にある空軍の飛行場に着陸し天候回復後、モスクワ空港に向かいます。空軍の飛行場ですので窓のカーテンは離陸するまで完全に閉めておいて下さい」との事、空港に着くと制服に拳銃を装備した軍人が数人、機内に入り窓がカーテンで閉められているかを確認して廻り何とも物々しい雰囲気でした。3時間後に漸く出発、モスクワ空港に着いたのは深夜でしたが給油の為、降ろされました。
待合室は手前ども以外の便は無いようで閑散としておりました。サービスカウンターにはビールのサービスが有りましたがびっくりするほど口に合わず戸惑いました。何やら大きな声が聞こえますので、その方に歩いて行きますと階段が有り階下からやりあう声が聞こえてまいります。ついつい階段を降りようとすると銃剣を担いだ兵隊が恐い顔で、「ニエット!」と言い放ち戻れと言っているようです。高圧的な態度に憤りを覚えました。空いているソファーの隣に座った日本人の紳士が、「国内線で問題が生じているようで、乗客と航空会社の間でトラブルが生じ険悪な状況のようです」との事、旧ソ連の統治下に有る事を改めて思い知らされた出来事でした。

その後、数時間後に出発しソ連の領空を離れた折には朝方にも関わらず多くの乗客から拍手が起きました。勿論、美味しいハイネケンを頂きました。KLMに乾杯!
アムステルダムのスキポール空港に到着、自由に満ちた空気に思わず快哉を叫びました。
ヨーロッパへの第一歩は、コンテンポラリーとトラディッショナルが共存し共栄している町、アムステルダムの力強さに思わずカメラのシャッターを切り続けました。

そして、当時、国際線利用客数が世界一のロンドン・ヒースロー空港へ歩を進めました。街並みはトラディッショナルの良さを感じ、ケンジントンストリートは新しさに挑んでいるように感じたものでした。ビートルズ発祥の地リバプールにも足を伸ばしたかったのですが日程的に無理でした。誠に残念!

ロンドンからドイツへ空路向かいました。当時、英仏海峡を通ってフランスに入る、ユーロスターは有りませんでした。
バイエルン州の州都ミュンヘンは、1972年にはオリンピックが開催されました。力強いお国柄を感じた次第です。我が日本と同様、敗戦国で戦後の苦汁を嘗めてきた国ですが巡り合った人達は、力強さと誇りを感じ体内に力が満ち溢れた数日でした。

鉄道を遣いオーストリアのザルツブルグを経由しチューリッヒへ。
モーツァルトを感じながらチューリッヒへ、どちらもトラディッショナルの中にコンテンポラリーを強かに加えた対応で未来を見据えていたように感じた次第です。デザイン会社を訪問しました。どのデザインも斬新で美しかった記憶が残っています。

鉄道の車内での事、私達のコンパートメントは席が2席空いていました。そこへ東欧人と見受けた人が2名で通り掛かり「座れますか?」と問われ、手前どもが、このコンパートメントの専有権を持つ切符を購入していたので「どうぞ!」と言いました。すると大変喜ばれ「ありがとうございます!」と満面の笑みを浮かべ、持っている荷物の中から何やらワインのような瓶を取り出し「ありがとう、私達はハンガリー人でスイスに出稼ぎに行く途中です。スイスの『キアソー』で下車しアルプスを徒歩で越えます」、暗さは全く無く手製のワインやらソーセージで宴会開始、全てが美味しかったです。

 注 ミュンヘンに着いた折、ミュンヘンの大学(ミュンヘン・ルートビッヒ・マクシミリアン大学)に留学中の学生さんを通訳として雇用しておりました。通訳の費用としては安価で済みますし、彼はオーストリア、スイスに顎足付きで旅行が出来るメリットがございます。文中、駅名をスイスのキアソーと書きましたが記憶が薄れており怪しいです(※スイス最南端の街キアッソと思われます)。

楽しい数時間が過ぎ、彼等はスイスのキアソーで下車、徒歩でアルプス越えに向かいました。無事の山越えを祈らざるを得ませんでした。
少しセンチメンタルな時間に支配されました。私達は貸切でコンパートメントを遣い、通訳を雇う、言って見れば大名旅行です。しっかり勉強して帰ろうと改めて誓った次第です。

次に続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

100円銀貨 昭和32年 NGC-MS64DPL 今週の映えコイン 3月24日

今週の映えコインは「昭和32年 鳳凰100円銀貨」です。

半世紀以上も変わらぬデザインの「桜100円白銅貨」は、殆どの方のお財布に入っていると思いますが、鳳凰100円銀貨を知らない人も時代の経過と共に増える一方ですね。鳳凰は高貴で神秘的なイメージがあり、皇室の儀式で使用される装飾品にも描かれているそうです。コインでは鳳凰の図柄は意外に少なく、近代貨では小型50銭銀貨、大型50銭黄銅貨のみ、記念貨でも数える程の金貨のみです。れと美が気付く前に「まだあるでしょ」とお思いになった方もいるかもしれません!10円青銅貨に描かれている“平等院鳳凰堂”の屋根の上にいる鳳凰を忘れてはいけませんでしたね!

美しいデザインの鳳凰ですが、本品は特別な状態。NGC社にて“MS64DPL”堂々のトップランクがついております。PLだけでも珍しいのに、さらに“Deep”までがつくのは非常に稀。吸い込まれそうな光の落ち方に、目を見張ります。これは実物を手にとって傾けながら、プルーフライクを存分に味わって頂きたいです。

最後に、御神輿のてっぺんにいる鳳凰も大好きな、れと美でした!

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 追憶の中の軌跡 2021年3月23日

語り洩した件8の中で虚業と表現したのは手前の思いですので悪しからず・・・

現在は新たに使用する事を許されない「宮内庁御用達」の大看板ですが、世間的には信用の担保と言う意味で大切に使われました。現在も古く立派なお店に宮内庁御用達の看板が掲げられていると何となく安心するから不思議です。

手前が友人の会社に初出社の折、役員としての挨拶の後、長く勤務して工場長を務めていた方から分厚い見本帳を15冊預けられました。中には家具に使われる材木が薄く切られて貼られていました。全くの素人の手前には驚くほど新鮮な感覚で拝見致しました。
ページを開く度に貯木場に足を運び見本帳と比べました。手前には全く分からず工場長の席に足を運び説明を頂く毎日でした。当時、20数人の指物師(家具を作る職人)が、それぞれの作業場を与えられ注文品を作成していました。下働きをする方が数人、運搬用のトラックが2台、と言った陣容でした。
当然ながら宮内庁の仕事を担当している職人さんが声望を集めていました。それが厨房の水屋(台所に置かれる食器入れ)1台であってもです。
全ての職人が宮内庁の印が押してある図面を宝物のように大切に保管していました。宮内庁御用達の威力を感じたものでした。そして、どの職人さんも宮内庁からの指名を誇りに思っていました。

或る日、事務の方から「出来るだけ早く戸籍謄本と住民票を取って下さい」と言われ慌てて役所に足を運びました。新任役員の手前を先様に紹介する前に手続きを済ませておきたいとの事、何とも仰々しい事だと中っ腹になっていました。
他方、民間に於きましても取引先様に挨拶にお邪魔すると何方様も誠に丁寧な対応を賜り虚業と実業の違いを肌で感じる日々でございました。

或る夜、仕事が終わりデスクのスタンドを消し事務所を出ると工場長が足早に手前に追いついてまいりました。「明日、宮内庁に参じますので、7:30amまでに御出社ください。お召し物は、ダークスーツでお願い致します」
いよいよ明日です。聞いた途端、ちょっとした緊張を感じた次第です。当日、坂下門から皇居に入り宮内庁へ、所定の場所で挨拶、僅か10分足らずで終了、気の抜ける事甚だしくお酒でも頂きたい心境でした。工事の折には是非とも一緒したいと願っておりましたが、残念ながら他の事で忙殺されており実現しませんでした。

50年の昔は正に日本の勃興期、家具の業界も時代のニーズは如何かと目を皿のようにして新たな分野に生き残りと成長を模索する毎日でした。弊社には他社様に比べ客筋が良いとの利点がございますので、手前は、内装業に進出すべきとの結論を得るに至りました。
但し、巨きな仕事を受けるには資本が若干不足しており当面、宮内庁を始め公的物件を主に扱っているゼネコンさんや、当時隆盛を極めていた百貨店さんの家具部(内装の受注も大変多く信頼に足る取引先でした)や神社仏閣の改装や修理を請け負っている会社様をターゲットに営業活動を始めました。やはり宮内庁の仕事をしている社歴が物を言い、効果覿面でした。仕事は溢れる程、職人さん達は休みも取れない有様です。先人が集めてくれた各種古木が会社の評判を更に高め、多忙に拍車を掛けて行きました。スタートを切ったばかりの手前には誠に幸いな事態でございましたが、目前の仕事に埋没してしまい心躍る仕事は出来ていないと感じ始めた次第です。

次に続く ・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ お彼岸 2021年3月22日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

ふわぁ〜(あくび)
最近やたらと 眠くて。。

朝も、目覚めがスッキリしなくて……

(( _ _ ))..zzZZZ

ZZZZZ……

『春眠暁を覚えず!!!』

(´⊙ω⊙`)

天の声!?
いや、店主の声でした…(汗)
き、気をつけます(。-∀-)

それでは、今日も、日常の気になったこと、いってみましょう♪

3月17日〜23日は、春のお彼岸ですね!
春の嵐!?と思うような荒天もありましたが、皆さんお墓参りは行かれましたか?

実は、この「お彼岸の期間にお墓参りをする」という風習は、日本だけ! だそうです。
仏教の本場インドや中国など世界を見ても、無いんですって。
どうしてそうなったのか、調べてみました♪

「彼岸(ひがん)」→「あの世(死後の世界)」→煩悩、迷いのない極楽浄土
「此岸(しがん)」→「この世(今生きている世界)」→欲や煩悩にまみれた世界

「彼岸」は、もともと仏教用語で、煩悩を脱した悟りの境地(極楽浄土)を指し、その世界に達することができるよう行う修行を指すそうです。

次に、内閣府の定める「国民の祝日に関する法律」(昭和23年法律178号)も見てみましょう…

・春分の日 自然をたたえ、生物をいつくしむ。
・秋分の日 祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ。

とあります。

浄土思想では、彼岸である極楽浄土は、西の方角であるとされています。太陽信仰とも結びつき、太陽が真東から昇り、真西に沈む「春分の日」「秋分の日」は、西に沈む夕陽が「極楽浄土」への道しるべと考えられました。
年に2回、「この世」と「あの世」が一年の中でもっとも近づく特別な日、先祖と交流できる場所が「お墓」だったということです。
墓石の元になったのは、前回の「レトロかきこ」でイザナキノミコトとイザナミノミコトの話の中で登場した、死者の世界「黄泉の国」と「地上の境」を塞いだ大岩と言われています。

ここで、古事記と繋がってくるとは驚きましたが、お彼岸にお墓参りをするのはどうしてか がわかって、スッキリしましたね♪

極楽浄土は西にあるんですね。「西」といえばやっぱり金運⭐︎ 風水では、金運と数字は直結しているのだとか。西の方向に、カレンダーや時計など"数字の入っているもの"を飾ると良いそうですよ。物はできるだけ置かずに、スッキリと綺麗な状態をキープすることも金運アップにはかかせないそうです。
皆さんもぜひ試してみてくださいね♪

最新のお知らせはこちらです。

スイス 50フラン銀貨 2002 PCGS-PR70DCAM 今週の映えコイン 3月18日

今週の映えコインは「スイス 50フラン銀貨 2002年 チューリッヒ射撃祭」です。

1855年から発行された射撃祭シリーズの現代版、現代射撃祭といわれるシリーズで、美しい図案が魅力的なシリーズですが、2002年のチューリッヒは有名なウナライオンの図柄なので特に目を引きますね!

発行枚数は、年によって変動があり、2002年は1500枚発行。他の年号もカタログ等でチェックしてみて下さい。
本コインはPCGS社により堂々「PR70DCAM」のトップランクがついていて、まさに鏡のような美しい仕上がりとなっています。都市によってデザインが違いますが、紋章が併せて描かれていることが多いです。毎年、様々な図柄が発行されると全て揃えたくなってしまうのが収集家の性ですねっ(笑)れと美もハマってしまいそうです!

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その8 2021年3月16日

素晴らしい盲目のミュージシャンを迎えた青い部屋でしたが、手前の出番は減らず多忙な毎日でした。精神的に疲労すると軽井沢へ出掛け、自然に接し逼塞感の解放に努めました。

駅前で貸し自転車をお借りして雲場池(スワンレイク)へ
この頃、鴨だけでなく名前通り白鳥も飛来していたように思います。遊歩道の整備は行き届かず、油断をすると靴は泥だらけパンツの裾まで泥に塗(マミ)れる有様でした。それでも楽しい時間でした。手前自身も何かが変わろうとしていました。

異次元世界で沢山の豊かな才能に接した手前は、自身の才能の貧しさを理解しつつございました。いつものように青い部屋から菊ふじへ、此処も人気の有る小料理屋で今晩も混んでいます。
カウンターの奥に陣取っている女将さんは、以前と同じ仕草で小上がりの客筋を知らせてくれます。今夜も青臭い議論に熱中している連中です。此処で彼等に会う度に青臭い奴等だと思っていました。ところが、この日から数日後、彼等は驚天動地の事件を引き起こします。

1970年11月25日、三島由紀夫、彼の主宰する楯の会メンバー4人と市ヶ谷の自衛隊東部方面総監室に乱入、総監を監禁、バルコニーに出て自衛隊隊員にクーデター蜂起を呼びかける演説をした後、総監室に戻り割腹自殺を遂げました。同行した楯の会会員の一人は先夜、菊ふじで議論に熱中していた一人です。

翌日、書店に走り遺作になった「豊饒の海」を買い求め夢中で読みましたが、浅学菲才の手前には彼の行動を予測させる記述は無かったように思いました。この事件も異次元世界の出来事のように感じた次第です。この事件以来、青い部屋を含めて、物書きを始め、その他異次元世界に籍を置き活躍する人々に温度差を感じるようになりました。

このような折も折、中学、高校で兄弟のように過ごした友人が青い部屋に手前を訪ねてまいりました。閉店後、場所を移し夜通し話をしました。彼は、「家業(宮内庁ご用達の家具屋)を継ぐ事になった、是非とも力を貸してくれ」との内容でした。【彼は、1992年バルセロナで開催されたオリンピックでクレー射撃(トラップ部門)で、銀メダルを獲得しました】
彼が説明する実態の有る仕事に大いに魅力を感じたものでした。

青い部屋と関係を持ってから間も無く1年半が経とうとしていました。その後、半年の間に種々の整理をして青い部屋を離れる運びになりました。何となく虚業から実業への転身ではないかな〜 と思ったりしていました。

その後、友と共に企業の拡大に挑んだり新たに企業を立ち上げたりと心ときめく時間を過ごし、またまたそれまでの経験の全てを注いで取り組んだ企業で思いもよらぬ嬉しい出来事に巡り会いました。神のお導きだろうかと思うほどの出来事でした。
当該会社は社員の研修や懇親に力を入れており毎年、開催場所を変えながら講師を招き各自が研鑽に努めておりました。この年は軽井沢に在った当時の西武流通グループが運営する「バーディースクエアー」で、各店の責任者(殆どが女性)を集めての研修会が開催されました。
事前に講師の選抜が参加者の投票で行われ今回は、戸川昌子氏に決まったそうです。
当日、開催場所のホテル玄関で出迎えた手前を見た戸川さんは、「そうちゃん!」と一言、手前も絶句、後は涙での数十分でした。彼女は、90分の講演を見事に務め笑顔で会場を後にしました。夜分には彼女が宿をとった万平ホテルに挨拶にお邪魔し午前様になったのは止むを得ない仕儀とお許しを頂きます。

次に続く ・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 桃の節句 ひな祭り(2) 2021年3月15日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。
雛飾りは「結婚式」の様子を模しているのだそうですが、どなたがモデルになっているか、ご存知ですか? 

男雛は天皇陛下、女雛は皇后陛下を表しているのだそうです。
両陛下のような幸せな結婚を願い、段飾りの雛人形達のようにさまざまの人々から祝福を得られること、ずらりと並んだ嫁入り道具が表すように 豊かな生活ができることを願う気持ちが込められているのだそうです。
小さい頃から親しんできた童謡「うれしいひなまつり」の中で、二番の歌詞「おだいりさーまとおひなさま~」という歌詞があります。お内裏様は男雛、お雛様は女雛と思っていたのですが、これは間違いで、一対の男雛女雛を総称してお内裏様と呼ぶのだそうです。

間違えがもう一つ。三番の歌詞には「あかいかおの うだいじん」とありますが、赤いお顔をしているのは左大臣です。歌詞に難が出てしまったことを作詞家のサトウハチロー先生は後々まで、大変悔やんでいらしたそうです。

さて、話が少し逸れてしまいましたが、「結婚」にスポットライトをあてて、昔を振り返ってみたいと思います。
昔の結婚は、いったいどんな感じだったのでしょう?
今回は江戸時代の結婚について調べてみました。

武家や商家の結婚では、お嫁入りには持参金が必須だったそうです。当時、お嫁さんの持参金の相場は百両といわれていました。江戸時代初期で一両が10万円、中期ごろで6万円など諸説あるようですが、もし一両が10万円だった場合で考えると… 1000万円!? お嫁入りで実家が破産してしまうんじゃないかと心配になります。 美人さんは、無料とか夫側からもらえることもあったそうですが、美しくない方の場合、持参金を弾んでお嫁入りしていたとか。ひどい話ですがそれが当時は当たり前だったそうです。中には、持参金目当てに結婚と離婚を繰り返すとんでもない輩もいたそうです。

離婚といえば、江戸時代の「離婚」は今よりもずっと気軽なものだったようです。というのも、驚くべきは当時の離婚率です。
「歴史的に見た日本の人口と家族」(2006年参議院調査局第三特別調査室)によりますと、江戸時代の離婚率は4.8%で、厚生労働省の「平成28年人口動態調査」によりますと、2016年次の離婚率は1.7%、世界の離婚率ナンバーワンのロシアが2013年次4.7%でした。江戸時代の離婚率が大変高かったことがわかります。当時、農民、町民のほとんどは、共稼ぎで、女性は重要な労働力でもあったことから、女性の再婚率は高く、50%にも及んだそうです。

また、日本最古の歴史書『古事記』には、こんな話が残っています。
この世界に天と地があらわれた時、天にある高天原という場所にたくさんの神々が生まれました。
最初の神から七代目に、「伊邪那岐命(イザナキノミコト)」と「伊邪那美命(イザナミノミコト)」という男女神が生まれ、ふたりは、神々から国をつくるように命ぜられました。
天の浮橋にたち、天の沼矛(ぬぼこ)で、まだできたばかりのくらげのように漂う大地の浮かぶ海をかき回し、出来上がった淤能碁呂島(おのごろとう)で結婚しました。そして、ふたりは大八島国(淡路島、四国、隠岐、九州、壱岐、対馬、佐渡、本州)を生み、さらに、石、土、海、風、山、穀物の神々を生んだのですが、最後に火の神を生んだことで、伊邪那美命(イザナミノミコト)はやけどを負って命を落としてしまいます。伊邪那岐命は、妻の死を嘆き悲しみ、どうしても会いたいと死者の国である黄泉の国(よみのくに)へ逢いにいきました。黄泉の国の御殿の内側にいる妻の伊邪那美命は、黄泉の国で作られた食べ物を食べてしまったため、もう帰れないと断りますが、愛する夫がむかえに来てくれたのだから、自分も帰りたいと考えなおします。「黄泉の国の神に相談してくるので、その間はけっして覗かないでください」といい、御殿の奥に入って行きました。大変長い時間が経ちましたが、いつまでたっても伊邪那美命が戻ってこないため、しびれを切らした伊邪那岐命は、約束を破り中を覗いてしまいました。そこには、腐敗し、うじ虫の湧いた身体に、八つの雷神がついた伊邪那美命が立っていました。伊邪那岐命は、愛する妻の変わり果てた姿に恐れおののき、地上へ逃げ出しました。伊邪那美命は「よくも恥をかかせましたね」といって、黄泉醜女(よもつしこめ)に夫を追わせました。追ってくる黄泉醜女に、髪飾りをなげて葡萄に変えたり、竹の櫛の歯を折って竹の子に変えたりして、黄泉醜女がそれを食べてる間に逃げましたが、雷神も追ってきて剣で振り払いながら逃げました。黄泉比良坂(よもつひらさか・黄泉の国と地上の境)のふもとにきた時、そこに生えていた桃の木の実を雷神に投げつけたところ、難を乗り切ることができました。最後に伊邪那美命が追ってきました。黄泉比良坂の地上側の出口を、千人で引かないと動かないといわれる大岩で塞ぎ、伊邪那岐命は離婚を申し出ました。伊邪那美命は、「愛しい夫よ。あなたがこんなことをするのならば、あなたの国の人を一日に千人殺してあげましょう」といい、伊邪那岐命は「あなたが千人殺すというのならば、私は一日に千五百の産屋を建てましょう」と返したそうです。

鶴の恩返しもそうですが、やっぱり見ちゃった展開ですねー。
待てない気持ちもわからなくもないですが、約束をやぶって良いことはありませんね。

さて、このお話の中には、ひな祭りと関係するモノが登場していたんですが、お気づきですか?
雷神が逃げていったシーン、そうです。桃の実です!古くから桃は、ただの果物ではなく、厄除け・魔除け・長寿をもたらす力があるとされてきました。桃太郎もそうですよね。鬼は邪気・魔の象徴とされていたので、魔除けの桃から生まれた桃太郎の鬼退治は、宿命だったということです。

桃パワーはわかりましたが、「桃の節句」というのなぜでしょう?
「桃の節句」中国から伝わった五節句の二番目、「上巳の節句」にあたるのですが、旧暦の上巳のころ(3月末〜4月中旬)に、桃の花が咲くことに由来しているそうです。桃の花の見頃はこれからですから楽しみですね。公園などで見られる桃の花は、花桃(はなもも)といわれる観賞用の花です。梅の花や桜の花はいい香りがしますが、桃の花の香りって、どんな香りでしたっけ?思い出せません。桃の実は本当に良い香りですが、お花の方はあまり香りがしないのだそうです。桃の花を見かけることがあったら、確かめてみてくださいね。

図版は『百鬼夜行図(一部)』蔭山源広迢写(東京大学総合図書館所蔵より)

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その7 2021年3月9日

大学はロックアウト、勢いアルバイトが主流の毎日でした。当時、米国の有名な歌手の多くは、税金の軽減を目的に在日米軍の慰問に訪日を重ねておりました。その序(ついで)に、ナイトクラブに出演、それこそ高給アルバイトですね・・・。
山崎先生とのご縁で当時、世界有数の歌い手の歌を生でたゞ(無料)で聞かせて頂いた事は、至上の幸せでした。横浜には本牧に米軍のキャンプが有り初代の司令官マッカーサー将軍のオフィスが現在も山下公園の前、横浜ニューグランドホテルに残っています。多分、事前に連絡を入れておけば室内を見せて頂けるものと存じます(ホテルにご確認をお願い致します)。

このニューグランドホテルと軽井沢はご縁がございます。
軽井沢だより 旧道付近3(万平ホテル)』の項と重複致しますが、万平ホテルは米軍に接収され横浜ニューグランドホテルから多くのコックさんが送り込まれました。当時、万平ホテルで働き、退職後、旧道商店街で「菊水」というレストランを開いた方から伺っておりました。
「菊水」は現在、移転され甥御さんが引き継いでおられます。
他方、現在もニューグランドホテルと万平ホテルには此処で働いたコックさんのみが入会出来る「白鴎会」が残っているやに聞いております。然るべき折に、然るべき場所でパーティーが開かれ旧交を温めるとか、何とも素敵な話ですね〜。

今宵も混乱と喧騒、そして不思議な充足感に充たされて店を出ると山崎先生がタクシーで到着、降りる事なく手前を乗せて霞町へ、西麻布とは何とも野暮な町名変更をしたものです。
写真家・秋山庄太郎氏のアトリエ下のアマンド(手間の記憶違いかもしれません)で友人と合流後、六本木へ、アマンドの隣、地下の「シシリア」へ、名前通りイタリアンです。ニコラス、飯倉片町のキャンティーと人気を競っていました。こちらのピザは、長方形で薄い切り餅のようでした。美味しかった!此処での待ち人は生島治郎さん、編集者と伺いましたが物書きでした。取材方法が破天荒で話に引き込まれた数時間でした。同郷でもあり夢中で話を伺いました。
優秀を詠われた県立翠嵐高校出身で『追いつめる』で直木賞候補、『片翼だけの天使』も何かの賞に輝いたと記憶しています。映画化もされました。
取材活動は正に体当たり、当時、トルコ風呂と称された風俗の業界に連日足を運び、「それ」を生業にする女性の本音を文章化し迫力満点の本になりました。この辺りは野坂昭之さんと共通する何かを感じた事を覚えています。既に山崎さんを含め三人様共、鬼籍に入られておりますが魅力的な方が本当に沢山おいででした。
若年の手前はお目に掛かる皆様から多大の影響を受け、頭デッカチにならないよう整理するのがいっぱいいっぱいの日々でした。

数日後、開店前の時間にご婦人に手を引かれた盲目の青年が店に現れました。戸川さんが「聞いてあげて頂戴!」とのお達しですので謹んで拝聴致しました。
いや〜見事なギター捌き、しなやかな指の躍動感、感心しきりでした。歌もまずまず、とても太刀打ち出来ない遥か上のミュージシャンでした。彼は現在も活躍中、長谷川きよしさんです。市井(しせい)には有能の方が埋もれているものだと自身を戒めたものでした。
多忙と異次元での生活は精神(こころ)が疲れます。そんな折は上野から特急あさま号に飛び乗り軽井沢に向かったものです。救いの手を求めていたのでしょう。

次に続く ・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 桃の節句 ひな祭り(1) 2021年3月8日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

3月3日は、桃の節句〝ひな祭り〟でしたね!
女の子のいるご家庭では、雛飾りのお片付けはすみましたか?
一般的には、当日の晩か、翌日4日が目安で、遅くとも春分の日までには片付けるというご家庭が多いようです。

お雛様を早く片付けないとお嫁に行き遅れるという話は、よく聞きますが、どうしてなんでしょう? 
ルーツを探ってみました♪

こういわれるようになったのは、昭和に入ってからのようです。
当時流行っていたのは、豪華な御殿に入った「御殿飾り」や「七段飾り」でした。豪華である分、 ずっと眺めていたい気持ちと片付けるのが面倒という気持ちで、ずるずると飾りっぱなしになりがちです。しかし、片付けもできないようでは、良いお嫁さんにはなれませんから「早く片付けないと行き遅れますよ!」といった、しつけ説。

雛飾りは、結婚式の様子を模していることから、結婚する時期になぞらえ、早くから飾り出すことは「早くお嫁に出す」、早くしまうのは「早く片付く(お嫁にいく)」とした、婚期意識説。

ひな人形はその人の厄を引き受けてくれるお守りなのだそうです。
古くは、人形に厄をうつして水に流す風習があり、流し雛はその名残になります。
子供の人形遊びと紐づいたことから、ひな人形が誕生したといわれています。
厄を水に流すかわりに「厄を受けた人形を片付けて遠ざけること」からの、厄払い説。

色々な説がありましたが、厄を払って健やかに成長し、良縁に恵まれて幸せな結婚をしてほしいと願う親心が込められているように感じました。

あるひな人形屋さんでは、ひな祭りの翌日にはお礼をお供えして、その後片付けるという作法が代々伝わっているそうです。
慌てて片付けると、大切なお人形を傷つけてしまったり、着物にシワがよったり、劣化にもつながりやすくなりますので、丁寧に大切に扱いたいですね。

それから、もう一つ、見て頂きたいことが!

それは、ひな人形の、三人官女です。真ん中の三方を持っている官女は、眉毛がなく、お歯黒をしている場合があるそうで、既婚者もしくは年長者の官女のようです。私は小さな頃から七段飾りを飾ってもらっていましたが、全然気付きませんでした。お人形のお口の中を見てみるなんて考えたこともなかったのですが、お歯黒かどうか見てみたいです。片付けがおすみの方は来年ぜひ。

「ひな祭り」は過ぎましたが、今年は新型コロナウイルス感染症の予防対策をしながら、雅なお雛様を鑑賞できるイベントが全国各地で開催されています。3月末や4月の初め頃まで、長い期間で行われているものもあるようですので、気になった方は、ぜひチェックしてみてくださいね♪

図版は『三十六佳撰』水野年方(国立国会図書館デジタルコレクションより)

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その6 2021年3月2日

雨が激しく窓を叩きチューニングを済ませたギターが何だか怠(ダル)そうに立てかけられ、土曜日とは言え今晩は、ゆっくりかな〜とスタッフ全員が思い始めた頃、ドアーが開き鼻をくすぐる素敵な香りが漂います。三島由紀夫氏を先頭に素敵な制服の方が4名、支援者と思われる方が数人、口角泡を飛ばす事も無く何とも素敵な雰囲気で半時間が過ぎた頃、静かにお出掛けになりました。皆さんが身嗜みに使っていた素敵な香りが印象に残っています。

続いてのお客様は物書きの野坂昭如さん、間違っても上手とは言えない「歌」を絶唱、伴奏者が誠に上手であったと思います。ノーベル賞作家の川端康成さんもお越しになったそうですが、残念ながらお目にかかる機会に恵まれませんでした。
相変わらず暢気で賑やかな一団がお越しになりました。紀伊国屋書店の田辺茂一社長が、姫のママを始め佐藤允さん(東宝の俳優)を引き連れ宴が始まりました。美輪明宏(当時は丸山明宏)さんも参戦、大騒ぎの時間も潮が引くようにお出掛けになりました。

今日は終わりかなと思われた頃、山崎唯【ヤマザキタダシ・ジャズピアニスト・声優(トッポジージョの声を始め多)・ピアノの弾き語りの先駆者・奥様は女優の久里千春さん】が赤い顔で来店、手前の拙いギターで数曲歌い、仕事の終わった手前の手を引っ張り他の店へ出掛ける事になりました。

霞町(町名変更に依り現在は「西麻布」交差点付近)のピアノバーで朝まで見事なピアノを演奏、鯨飲の後、山崎宅で沈没、翌日から山崎先生は、時折、出演中の、赤坂コパカバーナ、ニューラテンクオーターへ同行させて下さいました。往時の最先端音楽を堪能する貴重な機会を与えて下さった事に現在も感謝しております。同時に放送関係者も多数、紹介して下さり数々の仕事に繋がりました。手前のMCがお好きなようで突然、お仕事中の舞台に引き出されたりして驚いたものです。ある日、山崎さんを通して「アメリカの『グリーングリーン』が代表曲の合唱団が来日するがMCをお願いします」とのオファーを頂き、怖いもの無しの手前は引き受けたものでした。会場は、日比谷野外音楽堂特設ステージを作る大掛かりな内容でした。前半を手前が、後半を放送局のアナウンサーが務めました。
特設ステージは客席の中に迫り出していて背中も見られる事態に落ち着かずに極度に緊張した事を覚えています。今考えれば前座だったのです。

“高給優遇”の貼り紙を見てから僅かな時間の経過で世界観が変わる思いでした。学校は学生運動の最中でロックアウトされており向学心の方向が変わって行ったような気がしております。

次に続く ・・・

最新のお知らせはこちらです。

フィジィ 1ドルカラー銀貨 2020 Proof FDC 今週の映えコイン 3月1日

今週の映えコインは「コカ・コーラのボトルキャップ型コイン」です。

先日2月15日のレトロかきこでご紹介したコインですが、裏面が気になる!というお客様からのお問合わせを頂いたので、ここで改めてご紹介したいと思います!

スラブに入るのが不思議なくらい、全くコインと思えない形状ですが、れっきとしたフィジィ発行、2020年1ドルカラー銀貨なんです!センターに国章が描かれた品位99.9%の銀貨で、なんとコカ・コーラ以外にもスプライトやファンタ、ダイエットコークの図柄もシリーズ発行されています。また、日本語、英語、韓国語等の多言語バージョンも発行されているようなので、要チェックです。カラーコインなので色味の再現性も完璧で、キャップの波型も可愛らしいですよ!

瓶に入ったコーラが自販機で販売されていた頃をご存知の方なら懐かしいのではないでしょうか。自販機に内蔵されている栓抜きで赤いボトルキャップをスカッと開栓した時の爽快感!と言いつつも、一緒に販売されていた緑瓶のスコールの方が、実は好きだったれと美です!

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その5 2021年2月24日

青い部屋を出てちょっと千鳥足、数分歩いて仁丹ビルの地下、菊ふじへ、
隣のクレージースポットは、札止めで入れ替えを待っているお客様が階段方向へ並んでいます。既に日付が変わるのに間がない時間ですが誠に大らかな時代です。
こちらは若者に大人気、青い部屋も大人気、同じ大人気でもお客様の年齢層の違いに、ドキッとした事を記憶しています。
菊ふじも上がり框に書生風が、6〜7人で陣取り何やら口角泡を飛ばしています。
カウンターに隙間を見付けママを見ると当店が先日、衛生管理が優秀と表彰され、その際授与された盾を指差しています。上がり框の客が三島由紀夫氏が主宰する、「楯の会」の連中と推察しました。お酒の所為でしょうか、更に激しい議論が続いています。あの驚天動地の事件までにはまだ時間がございます。

美味しい魚を頂きながら、一日を振り返っていました。高給優遇の内容を確認すべく入った店で思いも寄らず柴錬先生に再会、沢山の方を紹介頂き自然な流れで青い部屋のMCのような役割を果たしました。戸川昌子さんが、帰ろうとしている手前の背中に、「明日の晩もよろしく、ありがとう〜」と言っていた事を思い出し高給優遇の中身に付いては、まるで聞いていない事に気づいた次第です。いやはや楽しい一夕でした。

翌日は、午後6時過ぎに青い部屋へ、戸川さんがおいでになり、「昨晩はありがとう! 軽井沢以来ですね〜。その上、そこの学生さんとはご縁がございます。最高給で優遇します」、 大きなハンドバッグから封筒を取り出し、もじもじ手渡されました。
「なんですか?」「これは、昨日の機転に満ちた対応に対するお礼と今月分のバイト代金、前金よ!」、ですって・・・

びっくりする金額でした。彼女のポケットマネーだなーと思った次第です。
週4日間、19:00〜23:00で、MC対応が始まりました。
開店前からお客様が駆け付け、席の争奪戦が繰り広げられます。接客係は緊張した事と存じます。物書きから演出家、俳優、果ては政治家まで。こちらで勢いを付け赤坂、銀座へ向かわれます。

赤坂は、デビ夫人のシンデレラストーリーを産み出した「コパカバーナ」、
ホテルニュージャパン地下の「ニューラテンクオーター」、「ミカド」、その他ナイトクラブ。
銀座は、青い部屋の常連であった作詞家としても著名な山口洋子ママの「姫」、姫のホステスから独立して「クラブ順子」で50年の長きに渡り活躍した田村順子ママ等々、多くの名店がございました。正に勃興期を肌で感じる時代でございました。

次回へ続く・・・

最新のお知らせはこちらです。

天保小判 極美品 今週の映えコイン 2月22日

今週の映えコインは、日本の「天保小判金」です。

コインというより“古銭”というほうがしっくり来るのでしょうか。天保8年(1837)から安政5年(1858)まで製造され、裏面に“保”極印が打たれているので判別しやすい天保小判ですが、1枚で約11.2グラムあり、薄手ながら大型で割とずっしりしています!

裏面左下に打たれているのは座人印といわれるもので、天保小判には2ヶ所あります。小判全部で何通りの座人印の組み合わせがあるのでしょうか。その種類の多さにも興味がわきますが、“生”の座人印は特に不思議な書体になっていますね。あえて個性を出しているのか遊び心なのか⁈

花押を含め各極印には明らかに未使用の雰囲気が残っていて、ござ目もクッキリ、ところどころ見られるトーンもよい味わいです。なんせ江戸時代の物ですから。小判は製造時の工程で、細かなスレ傷は仕方がないと聞きますが、どうなのでしょう。これ以上キレイな小判ってあるのでしょうか。タイムスリップして潜入取材をしてみたいれと美です!

最新のお知らせはこちらです。

PCGS35周年 限定ラベル 今週の映えコイン 2月17日

今週の映えコイン、ならぬ、映え〝ラベル〟は「PCGS35周年記念の特別ラベル」です。

なんと今年は、PCGS社創業35周年を迎えたアニバーサリーイヤーなんだそうです。おめでとうございます!35年前といえば日本ではチェッカーズやおニャン子クラブなど、アイドル全盛期の時代でしたね。

さて、その35年間でPCGS社のラベルは、カラーやデザインは現代的に、セキュリティは最新堅牢に、様々な変化を重ねて現在に至りますが、35周年を記念し、開業当初に使用していた薄いグリーンのラベルをモチーフにした「PCSG 35th ANNIVERSARY」の文字が描かれた記念デザインが限定発行されます。

今しかないデザインと言われると、入れ替えたいな!と思ってしまう限定モノに弱い、れと美です(笑)ラベル裏面もなにやら新たな様式になり、今までのQRコードから最新のNFCタグに移行されています。様式変更に気付いていない方も、まだ多いかもしれませんね。この機会に要チェックです!!

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その4 2021年2月16日

どうやらこの店は本日開店のようで、不思議なモチーフの入り口ドアーから、このお店の敷地と思われるスペースにはお祝いのお花が溢れるように置かれています。沢山のお花屋さんが次々に置いていかれます。何とも凄い人気です。「一体このお店は何のお店なんでしょう?」

看板には「青い部屋」。開店前のドアーを押して中に入ると、沢山の職人さん達が殺気立っている雰囲気です。当然ながら知り合いの顔は無く、大きな声で「何時オープンですか?」
返事が無いので、もう一度「何時オープンですか?」
「8時過ぎにはオープンと聞いています」との事、その頃を目指して一旦、退散です。
それにしても気味の悪さを感じるインテリアですが、何となく活気を感じる設えでもございます。

午後8時過ぎお店の前には更に花籠が増え、入り口を探すのも一苦労、中はカウンター8〜10席、テーブル席は、4人×2席、既に満席、盛り上がっています。来店目的を告げる機会は無く、ただ突っ立っていました。
そこに「やー君、ここが空いています。いらっしゃい!」聞き覚えのあるような声に、思わず振り向きますと、その声の主は、万平ホテルのバーでお目に掛かったあの老紳士です。
指し示された席に無理やり腰を押し込みますと「珍しい処でお目に掛かるものです。驚きました」この方が何方か手前は既に存じ上げております。「軽井沢から青山繋がりですね・・・何か飲みなさい」思わずビールをお願いしました。すると数分後、彼は3席ほど離れた場所においでのお年を召した方に、「田辺さん、田辺さん、友人を紹介します!」

椅子から手前の所まで来られ「柴田先生から紹介頂けるとは光栄です」
柴田先生は「名前も生業も知りませんがポテンシャルに富んだ若者です。よろしくね!」と言ったものです。「先生にそんな事を言わせるあなたは誰ですか?」
これまでの経緯をお話ししました。「それは面白いね、あははは・・・」
この方は、田辺茂一氏、当時、紀伊国屋書店社長をお務めでした。

その後、店内はお客様で溢れテーブル席も満員です。床に座り込んでいる人やら、もうめちゃくちゃです。その方々を柴田先生が教えて下さいました。「あの床に座っているのは、銀座のバーのママで作詞家の山口洋子」、「あれは、北杜夫」、もう覚えきれません。お酒も回ってきました。店のボーイさんが叫んでいます。「このシャンパンは徳間社長の奢りです。遠慮なくお召し上がり下さい」、聞く名前の全てが新聞、雑誌で知る人ばかり、息を飲んで波に流されていました。

シャンソンのギターが鳴り始め、ご婦人が一人小さなスペースで歌い始めました。大拍手で迎えられた彼女は、小説家の「戸川昌子」、シャンソン歌手でもあるそうです。
大興奮の中で時間が経ち、合間が出来た瞬間、お隣の柴田さんが「万平で歌っていたよね、1曲やって下さい」それでは繋ぎに1曲と、ギターをお借りして務めました。酷い内容であったと思いますが、やんやの喝采、調子に乗って数曲、止めておけば良かったと後悔先に立たず。
11時頃まで付き合った次第です。

先様に来店目的も伝えられず。「明日の晩、又!」と大声で叫び、仁丹ビルの「菊ふじ」に向かって歩き始めました。心地良い興奮がまとわりつき月夜と合間って記憶に残る一夜になりました。

次に続く・・・

追伸 軽井沢の恩人であり前述のアレクサンダー・クロフト・ショー牧師の墓所は、東京都青山霊園内・聖アンデレ教会の墓地があり、そちらに埋葬されていると承知しておリます。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 春節(PCGS香港より) 2021年2月15日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。

一昨日13日は、福島を震源とした大きな地震がありました。皆さま大丈夫でしたか?数日がたち、東日本の震災の時よりも、物が壊れたり倒れたりしたというニュースを目にしました。こんな時に悪天候にも見舞われ、本当に大変なことと思います。片付けをされてる皆さま、どうかご無理のないようにしてください。
弊社のある横浜市は、細かい縦揺れから始まり徐々に揺れが大きくなりました。震度3とのことでしたが、もっと揺れたように感じたという方が多かったようです。弊社は棚から本が落ちかけた程度で大丈夫でした。今回の地震はこの震災の余震と考えられるそうで、まだ1週間程度は警戒が必要と発表がありました。不安な思いで過ごされてる方も多いと思います。改めて、屋内外の安全確認、荷物の備えの見直しをしながら、気をつけてまいりましょう。
気持ちを落ち着けるためにも、レトロコインオンラインで気分転換して頂けるよう、明るい話題をお届けしていきたいと思います!

中国では、2月12日より旧正月を迎えています。
新春を迎えたPCGS香港から、素敵なコインギフトが届きました。今年35周年を迎えるPCGSが関係者向けに特別に製作したもので、新年を祝してHappy new yearの文字入りのケースになっています。私達スタッフだけで楽しむにはもったいないので、お披露目です!ご一緒にお楽しみください♪

1枚目のコインは、本社のあるアメリカのクォーターダラー、すなわち25セントコインです。合衆国初代大統領のジョージ・ワシントンが描かれています。ケースは、セキュアプラス仕様になっていますが、どこか懐かしいデザイン、これはPCGS初期のオールドケースが再現されていますね。グレーディングサービスが始まった当初を思い起こさせます。

2枚目のコインは、フィジー発行の“コカ・コーラ ボトルキャップ型”の1ドル銀貨!?です。これは世界6ヵ国(中国、イスラエル、韓国、ロシア、日本、エジプト)のコカ・コーラボトルキャップを再現する銀貨シリーズになっています。一世風靡した佐藤竹善さんのキャッチフレーズ「さわやかテイスティ」はコカ・コーラの代名詞になりましたね♪これを見ちゃうと、あのシュワシュワとした爽やかな泡を思い出して飲みたくなっちゃうから不思議。ほんとにお見事な一言です!
世界中で人気のコカ・コーラは、1886年アメリカのジョージア州アトランタで誕生し、今年で135周年です。35周年のPCGS、更に100年長く愛されるコカ・コーラ。PCGSも末長く皆さまの身近にありたい…と願いが込められているのかもしれませんね!私の勝手な深読みですが (о´∀`о)

お札は、スタンダードチャータード銀行発行の香港10ドル紙幣です。現在は発行されていませんが、使用可能なお札です。活きの良さそうな鯉が描かれていますね。龍に似た顔がド迫力!日本では、縁起をかついだ言葉〝めでたい〟から、鯛のお料理が作られますが、中国では、鯉を「鯉魚(リーユイ)」と読み、「鯉(リー)は、利」「魚(ユイ)は、余」を意味し「利益」を得る魚とされているそうです。

春節の食卓には色々縁起物が並ぶそうですよ。日本では子孫繁栄を願い数の子を食べますが、中国では餃子を食べるそうです。同音の「交子」には、子宝に恵まれるという意味があり、中国最古の紙幣も指すのだそうです。紙幣と聞いたら、景気良く沢山食べたくなっちゃいますね!餃子を作る際には、中にコインを忍ばせ、食べた時にそのコインが当たった人は一年財運を得られ、幸せに過ごせると言われいます。

西太后が毎年新年には馬蹄銀入りの餃子を食して、その年の幸運と繁栄をお祝いしていたことが起源となり、コインを餃子に包む風習ができたそうです。あのビッグな馬蹄銀を餃子に???お箸で持ち上げられなーい!と、突っ込みをいれたくなる衝撃さですが、西太后の為に用意された食卓ですから、食事の内容もやはり桁違いなのでしょうね!
この風習は、おみくじ餃子「咬春(ヤオチュン)」として、家庭で楽しまれるようになりました。コインの他にも飴、ナツメ、栗、ピーナッツなど包まれ、それぞれ意味があるそうです。

 コイン お金に困らない
 飴 生活が向上し蜜のように甘い良い事がある
 ナツメ・栗 子宝に恵まれる
 ピーナッツ 健康で長生きする

縁起の良い食事は楽しく、笑顔になりますね!次のお正月には私も真似してみたいです♪

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その3 2021年2月9日

遅い朝食を済ませ、軽井沢で両親と一緒に滞在している友人を訪ねて三笠ホテルに足を運び、夕方まで時間を過ごし心が逸る中、万平ホテルに戻り快く連泊を引き受けてくれたフロントマンに目で挨拶を送り、BARに向かいました。

手前が一番乗りだったようで、昨晩と同じバーテンダーの前に席を取りました。どこにも昨晩の老紳士の姿はありません。
落胆が顔に出たのでしょうか、バーテンダーが、「もうすぐお越しになりますよ・・・」

昨晩教えて頂いたギムレットに唇を這わせながら何事もなかったように、ゆっくり頷きました。
1時間ほどが経った頃、話し声と共に二人のお客様がお越しになりました。お一人は昨晩の老紳士、もう一方はご婦人でした。手前の後ろを歩き昨晩の席に向かわれました。

その折、「飲ってますね!」と一言、「ありがとうございます。頑張ります!」

再び芸の無い返事をしてしまいました。今日一日中、挨拶の文言を考えていましたのに・・・

BARには次々とお客様が入り混雑に拍車がかかり、いつの間にか、バーテンダーも3人になっています。
手前から挨拶にお邪魔する機会は見つからず、あっという間に時間は経ち、お二人はチェックをして出かけられました。
当時流行っていた、ウオッカマティニーを数杯煽った辺りで気の毒に思ったのでしょうか。

件のバーテンダーが「あちら様は、歴史小説、剣豪小説をお書きの柴錬(柴田錬三郎・当時、眠狂四郎を始め多くのベストセラーをお書きでした)先生、ご一緒のご婦人は推理小説家でシャンソン歌手だそうですよ〜」と漏らしてくれました。このホテルで出版社主催の会合があったようです。そう言われれば見たことのある顔も・・・

帰京後、夏休み中の効率の良いアルバイトを探して情報収集をしていた折、仁丹ビルの裏通り、大学近くの建物1階の何やら曰くありげなモチーフのドアにアルバイト募集の貼り紙がありました。「高給優遇!」と大きく書いてあります。どんな店なのか興味が湧き今夜にも行ってみる事にしました。

さて、仁丹ビルの地下には、「クレージースポット」、隣は和食「菊ふじ」。
クレージースポットはゴーゴークラブ、菊ふじには、三島由紀夫氏が主宰した「楯の会」メンバーが足繁く通っておりました。口角泡を飛ばして議論する場面に何度もぶつかりました。

何年か前に青山に行く機会があり宮益坂を急ぎ足で上ったところに仁丹ビルは無く寂しい思いをいたしました。時間の経過を改めて感じた瞬間でした。

それでは次回・・・

最新のお知らせはこちらです。

中国 5元金貨 1983 PCGS-MS69 今週の映えコイン 2月8日

今週の映えコインは、収集されている方も多いかもしれません「中国 5元パンダ金貨」です。

もともと地金型金貨として製造されている中国のパンダ金貨ですが、大小様々なサイズと毎年変わる図柄、変動する発行枚数によって売買価格も様々です。1983年発行のこの5元金貨は、重量1.56gととても軽く、発行枚数は75,454枚。PCGS社により「MS69」と高ランクがついています。プルーフではありませんが、プルーフ様に見える美しい仕上がりです。小さいコインの場合、スラブに入っていると存在感が増しますね!

パンダコインは、なんといっても愛らしいパンダのデザインが特徴です!大人パンダのずっしりとした姿も良いですが、赤ちゃんパンダ同士が戯れている姿のデザインはつい笑みがこぼれてしまうれと美です。パンダに目を取られがちですが、反対面に描かれているのは世界遺産にも登録されている「天壇」。1420年に建立したとされ、五穀豊穣等の儀式を執り行う場所とのことです。金貨では分かりませんが、三重の瑠璃瓦屋根が特徴の祈年殿は、実際は青色を基調とした色鮮やかな木造建築。直接見に行くことが出来るのはいつになるのでしょうか。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 初午 2021年2月3日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。
更新が遅くなってしまいましたが、時間を1日巻き戻して、2月3日のお話をしたいと思います♪

昨日は「初午(はつうま)」でした。2月最初の午(うま)の日で、稲荷神社のお祭りの日です。
あまりメジャーなお祭りではないので、知らないうちに終わってしまったかもしれませんが、「初午詣(はつうまもうで)」行かれた方、いらっしゃいますか?

稲荷神社は、日本で一番多く、分社は3万社以上!総本社は京都の伏見稲荷大社です。
和銅4年(711年)の2月最初の午の日に、稲荷神・宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)が稲荷山(伊奈利山)の三箇峰に鎮座されたのだそうです。初午はお稲荷さんのお誕生日なのですね!

伏見稲荷大社は朱色の千本鳥居がとても印象的ですが、なぜ赤色(朱色)なのでしょうか?
伏見稲荷大社のWebサイトによりますと、稲荷大明神のお力である豊穣を表す色であることや、この赤色(朱色)は、魔力に対抗する色とされ、古代から宮殿や神社仏閣に多く使用されたそうです。また、朱の原材料は水銀=丹で、古くから、木材の防腐剤として使われてきたということでした。

現在では、商売繁盛の神様のイメージが強いですが、もともとは名前の通り、稲がなる「稲生り(いなり)」から、農業の神様として祀られました。旧暦の2月の初午は現在の3月で、稲作を始める時期にもあたります。商業が盛んになった江戸時代には、幕府の改革などで名高い田沼意次が自分の屋敷にお社を祀り、運が開けたという評判が広まりました。武士達、商人達も次々にそれを真似て祀り始めたということです。さらには、参勤交代で江戸に来ていた大名達の目にとまり、全国各地に広がっていきました。五穀豊穣・商売繁盛・家内安全を祈り、親しみを込めて「おいなりさん」と呼ばれるようになったのもこの頃のようです。

お稲荷さんといえば、狐を一番に思い浮かべる方も多いと思いますが、狐は神様ではなく、稲荷大明神のお使い(神使・しんし)です。
なぜ、狐がお使いとされたのか? 諸説あるようです。
狐は春になると、山から人里に降りてきて、秋になると山へ帰ります。お稲荷さんも田植えの春の時期に現れ、収穫の終わる秋に山へ戻る、とされていたことの類似性。狐の色や尻尾の形が、垂れた稲穂に似ていたこと。米を食べる鼠を退治してくれる…など。
お供えには、狐にちなんで、油揚げ、油菓子、いなり寿司などを供えます。
狐は油揚げを好むという言い伝えがあるようですが、実際のところは、好きではないようです。

ちょっとびっくりなんですが、油揚げをお供えするようになる前は、「鼠揚げ」をお供えしていたそう。稲作農家だけでなく、養蚕農家にとっても鼠は天敵でした。鼠をとってくれる狐は大変ありがたい存在だったようです。怖い昔話の中には、化け猫が油を舐めるという場面もあり、肉食動物にとって油分はご馳走だったのでしょう。鼠は疫病を媒介するので火を通す、お供えとして日持ちするから揚げたという説もありますが、後に、肉食や殺生は良くないとされ、大豆は畑の肉と言われたことから、現在の油揚げへと変わったようです。今でも稲荷信仰のある地域では、油揚げを「鼠揚げ」と呼んでいるそうです。

初午には、今年一年、食べ物に困らないよう、お金に困らないよう、祈願します。
食べると良いとされるのは、「いなり寿司」「油揚げ」「初午だんご」「焼き芋」などです♪
「いなり寿司」の形は、東日本では、米俵に見立てた俵型、西日本では狐の耳にちなんだ三角型をしています。また、初午には蚕の神様の行事もあり、繭の形をしたお団子「初午だんご」が作られます。「焼き芋」の「芋(いも)」は金属の隠語、「鋳物(いもの)」に通じ、「稲荷(いなり)神=鋳成り(いなり)神」ともいわれます。鋳物=鉄は、農作業で使う鍬(くわ)や鍬(すき)などの道具は欠かせないものです。午は火の象徴ともされたことから、焼き芋は、まさに火にくべた金属そのものといえ、焼き芋の黄金色は、"金"や"財"をイメージさせます。

初午を逃してしまった方も、大丈夫です!!
二の午、三の午があります!
 ●二の午は、2月15日(月)
 ●三の午は、2月27日(土)

稲荷詣での後は、いなり寿司と焼き芋食べて、金運UP→レトロコインへGO♪
皆様のご来店、お待ちしていまーす♪

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 その2 2021年2月2日

半世紀を超える程も前、冬の軽井沢で宿泊予約が取れず無理やりお願いして万平ホテルに部屋を取りました。

雪が降る中、ロビーに飛び込みチェックインは後にして、BARに足を運びました。
品の良いバーテンダーが「積もりそうな雪ですね・・・ 何を召し上がりますか?」
「喉が乾いたので先ずはビールを・・・」、このBARが持つ雰囲気は低い照度と相まって若輩の手前にとっては気圧されるほどでした。
それでも不思議に落ち着いた会話が進み、グラスに注がれたビールの美味しい事と言ったら・・・

カウンターの奥の席に老紳士が一人、静かに時間をお過ごしでした。パイプを薫せ何とも素敵な雰囲気です。
いつのまにか、ビールがウイスキーのソーダ割りに変わりバーテンさんとの会話が弾みます。彼の老紳士が席を離れ再び戻る折、手前の肩に触れながら
「若さの尊とさを本人は気付かない・・・」そっと囁いたのです。
思わず、「ありがとうございます」と言ったものです。何と芸の無い言葉でしょうか・・・

どの位の時間が経ったでしょうか、空いていた席も埋まり話し声が大きくなり、室温が上がっています。奥の席に目を移すと、老紳士の姿が見えません。
チェックインを済ませていない事を思い出し、フロントに向かい待合のソファーに視線を這わすと彼の老紳士がお座りです。急いでチェックインを済ませソファーに目を移すと既に老紳士の姿はありません。何やら心残りを感じながら再びBARに戻り看板まで楽しい時間を過ごし今夜はお積りです。

昨晩のアルコールが多かったのか遅い朝食になりました。簡単な料理も丁寧に設える、このホテルの常なる姿勢です。現在に至るも寸分も変わらない姿勢に拍手です。

お見送りに立つサービス担当の中に昨晩のバーテンダーを見付け、
「昨晩はどうも・・・、ところで奥に座っておられた老紳士は、常連さんのようでしたが、どなたですか?」、
「あのお客様は、物書きとお聞きしております。今晩もお泊まりです。早い時間にお運びと思います」

昨晩の言葉が思い出され雪も降り続いていますので連泊の交渉にフロントへ・・・

最新のお知らせはこちらです。

オールダニー 5ポンド金貨 2020 マットプルーフ PCGS-PR70 今週の映えコイン 2月1日

今週の映えコインは「オールダニー 5ポンド金貨」。

先週に引き続きの美しいスリーグレーセス、ですが!

仕上げが全く異なり、全く別のコインのようです。同じプルーフ仕上げでも、こちらは「マットプルーフ(つや消し)仕上げ」。一目見て、えええっ!!!と驚きました。れと美が知るマットプルーフとは全く違うのです。一般的なマットプルーフとは別物に思えるような精緻な出来映えで、まるで細かい金にこれまた細かい砂を混ぜ固めたような不思議な仕上がりなのです。あまりに細かいので滑らかとも言えるし、あえて粗く見せているようにも感じ、見る角度ごとに新たな出会いが訪れます。まるで全ての光を吸収してしまいそうな雰囲気を持った仕様は、徹底的にコントラストをあげたわかりやすい美しさを持つプルーフの対極であり、見れば見るほど引き込まれる魅力を内包します。

ウィリアム・ワイオン氏デザインのこの美しいマットプルーフは、PCGS社によりファーストストライクの「PR70」がついています。驚きの一瞬を是非皆様にも!

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 124年ぶりの節分 2021年1月27日

レトロに過敏すぎるスタッフの、れと子です。

スーパーやコンビニの棚に、豆まき用の大豆や鬼のお面が見られるようになりました。もうすぐ節分ですね。今年の節分は、一味違います。なんと!2月2日(火曜日)です!

節分は2月3日じゃないの?と思ってた方も多いと思います。私もニュースを見た時は、びっくりして三度見してしまいました。
今年はなぜ2日になったんでしょう?

調べてみました♪

もともと「節分」は、季節を分けるという意味があり「立春、立夏、立秋、立冬の前日」とされ、年に4回ありました。
今は「立春の前日のみ」になったのは、二十四節気の中で、立春は一番目にあたることや、旧暦では、春から一年が始まるという考え方から「立春=元日」「節分=大晦日」と特別な日とされたからではないかと言われています。

では、「立春」の日は、誰が決めているのでしょう?

答えは、国立天文台です。
国立天文台は、江戸時代後期、幕府天文方の浅草天文台から始まりました。明治時代には国策として、星の観測、経緯度の決定、暦の計算、時間の決定の仕事が始まり、現在も天文台の仕事の一部として続いています。

暦象年表や暦要項の発表を行っている国立天文台の暦(れき)計算室によりますと、節分の日が2日になるのは、1897(明治30)年2月2日以来124年ぶり、3日でなくなるのは1984(昭和59)年2月4日以来37年ぶり、だそうです!!

「季節のめぐりを表す、いわゆる1年とは1太陽年(地球が太陽を周るのにかかる時間)のことです。1年ごとでは1太陽年365.2422日と1年365日の差から約6時間ずつ遅くなる。一方、うるう年には4年前より少し早くなる、というパターン」このため「しばらく2月4日の中に納まっていた立春の日が令和3年には2月3日へ移り、その前日の節分も連動して2月2日へ移った」とのことです。

私はずっと、1年=365日と思ってました。が、真の1年は、1太陽年=365.2422日、時間にすると、365日+6時間弱なのだそう。結構長いんですね。この6時間弱という端数は、4年経つと累計がほぼ1日となるため、4年おきに1日増やす「うるう年」を作ることで、だいたい元の状態に戻すことができている、ということでした(国立天文台ウェブサイトより引用)。

立春、節分が1日ずれ込んだのは、地球の公転時間によるものだったんですね。
理科の授業で、自転や公転の話を聞いた時は、一応頭で理解はしたものの、実感はゼロ。
「うるう年」もなんとなく調整の年?くらいの頭でしたが、この+6時間弱が1日になるという具体的な時間で、急に体感できちゃった気がします!

太陽一周ツアーに毎年参加する地球人旅行客になった気分で空を見上げれば、すぐそこにある太陽が、どの季節もずっと新鮮に感じられるかもしれません♪

節分のことを調べていたはずなのに、まさかの宇宙へ行きついてしまいましたー!!壮大すぎます。

もし暦がなければ、文明の発展も、現在の私達の暮らしもなかったことでしょう。天文学、天文台の功績を讃え感謝したいと思います。

昨年暮れには、国立天文台が地球に帰還する小惑星探査機「はやぶさ2」とカプセルの両方の写真撮影も成功していましたね。次のミッションへ向かう「はやぶさ2」を見送ることもできたそうで、南半球へ移動し地球の影に入って見えなくなるまでを収めた動画はYouTubeの国立天文台チャンネルで好評だそうですよ。

レトロもいいけど、たまには宇宙もいいね!と思った方、ぜひ国立天文台のサイトもチェックしてみて下さいね♪

国立天文台(https://www.nao.ac.jp)/

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 語り洩した件 2021年1月26日

軽井沢を語るに際し、あまりに有名過ぎて、ついつい語り洩した方がおいでです。

その方の名前は、アレクサンダー・クロフト・ショー氏(1846年〜1902年)

カナダ・トロント生まれ、24歳で聖公会の宣教師として来日されました。慶應義塾大学近くの宿舎(大松寺)に滞在の折、福沢諭吉のお子さん達が英語を習いに足を運んでいた事を契機に活躍の時計が動き出しました。
このご縁で福沢家の家庭教師となり併せて慶應義塾大学の英語教師に招聘され、語学だけでなく聖書も教えるようになり、何人かの学生達は信仰を持つに至ります。1875年のクリスマスには尾崎行雄(政治家・議会政治の父と呼ばれる)を含めて8人がショーから洗礼を受けています。その後、英国公使館付の牧師に任命され、日本の多くの指導者と交わりを持つようになり、聖アンデレ教会を設立、続いて聖教社神学校を設立、日本人教職者の育成に注力し、信頼を更に深め日本人の心の礎となって行きました。

1880年頃、体調不良(一説にはリューマチ)に悩んでいたショーは、たまたま訪れた軽井沢の気候、自然の美しさを大変気に入り足を運ぶようになり教会を設立するに至りました。皆様ご案内の今に残る軽井沢ショー記念礼拝堂でございます。この教会設立後、軽井沢は、外国人の間で人気になり、避暑に軽井沢を選ぶ方が急増したと伺っています。今も多くの観光客が訪れる、ショー記念礼拝堂です。
ちょっと調べて見ました。聖公会はイングランド国教会の系統、キリスト教派。カトリックとプロテスタントの中道と自認しているそうです。

他方、こちらも超有名な聖パウロカトリック教会は、ショー記念礼拝堂から徒歩5〜6分の所にあり多くの有名人が挙式しています。
カトリックとプロテスタントが共存しており気持ちがほっこり致します。因みに聖パウロカトリック教会は横浜教区に属しています。

軽井沢ショー記念礼拝堂 旧軽銀座の奥、つるや旅館の先、徒歩1〜2分、芭蕉句碑を道路の右に見て左側。
聖パウロカトリック教会 旧軽銀座の中程、チャーチストリートという商業ビルの1階を通り抜けると目の前です。ネーミングのチャーチは、聖パウロカトリック教会を示しているとか・・・

次回は、思い出す儘に・・・

最新のお知らせはこちらです。

オールダニー 5ポンド金貨 2020 PCGS-PR70DCAM 今週の映えコイン 1月25日

今週の映えコインは「オールダニー 5ポンド金貨」、あのスリーグレイセスです。

イギリス領の小さな島の一つであるオールダニーは、英国王立造幣局製造の記念コインを発行しています。今回のこの美しい金貨は、かの有名なイギリスの彫刻師ウィリアム・ワイオン氏が1817年にデザインした“スリーグレイセス"を、2020年に5ポンド金貨として発行したものです。PCGS社によりファーストストライクの「PR70DCAM」の状態で納められています。コインも最高な状態ですが、れと美は是非、出来たてホヤホヤのキリッとした極印を見てみたいです!

ウィリアム・ワイオン氏といえば、ウナ&ライオンやペニーブラック等の記憶に残るデザインを手掛けていますが、銀貨でしか見たことがない女性3人像であるスリーグレイセスが、プルーフ金貨で再来したことに驚きました!イギリスコインには竪琴がよく描かれていますが、スリーグレイセスには他にも植物のあざみや船の舵、ヤシの葉、盾が描かれています。冠もなんと三者三様!それが何を意味しているのか、歴史と共に調べるのも一つの楽しみですね!プルーフ地になめらかな曲線美の3人が手を取り合い友好を誓う姿、これぞプルーフコインだからこそ表現できる際立った美しさだなぁ、と思うれと美でした。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 沓掛宿 その3 2021年1月19日

星野エリアから国道18号線(旧中山道)に戻ります。中軽井沢駅前信号周辺には、金融機関(八十二銀行 中軽井沢支店)を始め老舗のお蕎麦やさん(かぎもとや)、信州味噌屋さん(松屋本店)、現在は営業されておりませんが本陣・土屋さん等々、深い趣がございます。

中軽井沢西交差点の次、信号はございませんので充分注意をして右折すると狭い径に入ります。これが、旧草津街道です。歩いて3分ほどで「御所」と言う地名の地域がございます。直ぐ傍には馬場があります。現在は、老舗の乗馬クラブ(土屋乗馬クラブ)となっており、9頭の素敵な馬がいて一般の方も乗馬の経験を楽しめます。時折、ポニーが遊びに来ています。
この径を進むと146号線と合流、星野エリアに繋がります。
隣接地区として上野原地区があり高級別荘地で名を馳せております。

さて、国道18号線を歩んで沓掛宿から信濃追分地区に歩を進めます。
信濃追分宿はその昔、中山道と北国街道の分岐宿として大いに栄えた宿でした。今に残る「馬子唄道中!」は、軽井沢町内で人出や規模で最大級のお祭りです。
その他に、浅間神社、堀辰雄文学記念館、追分宿郷土館など散策を豊かにする名勝が数々ございます。中でも御影用水(白糸の滝と千ヶ滝を水源に小諸市の御影新田に注いでいる・全長21km)は、別荘地の傍を流れ、川幅が広くゆったり流れています。江戸時代に稲作用(田んぼの水温が低過ぎると稲の生育に障害となりますので長い距離を流れる間に、1℃〜1.5℃水温を上げておく)として造られました。多くの方達の努力が実を結び現在に至っています。一人の篤志家が全ての費用を購ったとの事、何とも素晴らしい!
このヨーロッパを想起させる流れの辺りに立って暫しの間、時空を飛び越えて見るのも一興かもしれません。因みに軽井沢町の年間平均気温は8.1℃、札幌が8.9℃ですから、お米の生育には、水を温める手段が必要不可欠であった事と存じます。先人の知恵に拍手です。

他方、軽井沢町には美味しいお蕎麦屋さんが沢山ございます。追分地区も同様です。お蕎麦の食べ歩きも人気がございます。その店、その店で異なる味わいは格別です。
お蕎麦は太らないのが定説ですが、あまりの美味しさに、二ヶ所、三ヶ所、2枚、3枚と進んでしまいます。果たしてウエストは・・・

次回は、語り洩した・・・

最新のお知らせはこちらです。

1000円銀貨 昭和39年 東京五輪 NGC-MS65PL 今週の映えコイン 1月18日

今週の映えコインは「1000円銀貨 昭和39年 東京五輪」。

幻の東京五輪となった1940年から24年後の1964年、念願の東京五輪が10月10日開会しました。日本国民が待ちに待った国家プロジェクトで、開会2週間ほど前から始まった1000円銀貨の両替はそれはそれは大人気!五輪マークが描かれた1000円銀貨約1500万枚があっという間に日本全国へ広まったそうです。当時どれだけ盛り上がっていたかが伝わってきますね!ちなみに、1964年大会時に発行された記念貨は、1000円銀貨と100円銀貨の2種でしたが、2020年東京五輪に併せて発行された記念貨幣は、なんと39種(開催引継記念含む)も発行されているのです!どんな図柄なのか気になる方は造幣局のHPを是非チェックして下さい!

半世紀以上振りの開催となった話題の東京五輪...2020年に行われる予定でしたが、世界で猛威を振るっているコロナの影響で残念ながら延期となっています。正念場の2021年が始まった今、れと美はどうなるのか気になって仕方ありません。

さて、1964年発行の1000円銀貨のデザインは、まさに日本の象徴ともいえる“富士山と桜”が全面に描かれています。好きなコインのデザイン「No.1」。れと美個人の意見です (^o^)

今回の1000円銀貨は、NGC社にて“MS65PL”と評価されています。何とも言えぬ上品なコントラストが感じられ、PLランクは是非ご自身の目でご覧頂きたいです。実際の桜のおしべは、30本〜40本と言われているそうですが、1000円銀貨のおしべは12本…(汗)それはさておき、桜の葉は桜餅を包むのにも使われとても良い香りをお餅につけてくれますが、1000円銀貨では富士山を取り囲むように桜の花と葉が絶妙に配置されています。花と葉が上手く組み合わさることでこの素晴らしいデザインが成立しているんだろうなぁ、と今から春が待ち遠しいれと美でした。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 七福神 2021年1月14日

レトロに過敏すぎるスタッフ、れと子です。
1月も半ばを迎えました。
みなさん、初詣には行かれましたか?

今年はコロナ禍なので、混雑を避け、時期をずらした分散参拝が呼びかけられていますね。私もまだこれからです。
元々初詣は、その土地を守る氏神様に新年のご挨拶をし、感謝と一年の平安をお祈りするものですが、江戸時代にはその年の吉方向“恵方”にある社寺へのお参り「恵方詣」が流行りました。また、江戸では、福をもたらすといわれる「七福神めぐり」も当時、江戸でブームになったお正月の風習のひとつです。

この七福神めぐりは、室町時代からあったようですが、江戸時代の半ばには、谷中七福神があったそうで、江戸最古といわれています。風俗や慣習を綴った『享和雑記』享和3年(1803)刊行によると「近ごろ正月初出に、七福神参りといふこと始まりて、遊人多く参詣することなれり。不忍の弁財天、谷中感応寺の毘沙門、同所長安寺の寿老人、日暮の里青雲寺の恵比寿、大黒、布袋、田畑西行庵の福禄神なり。近ごろ年々にて福神詣でする人多くなれり」とあります。

谷中は「レトロコイン展」でもお馴染みの場所。七福神は絵銭でも人気ですね。初詣がこれからで、お近くの方は、お散歩がてら谷中七福神めぐりで開運祈願をされてはいかがですか?

谷中七福神
福禄寿 東覚寺 東京都北区田端2-7-3
恵比寿 青雲寺 東京都荒川区日暮里3-6-4
布袋尊 修性院 東京都荒川区西日暮里3-7-12
寿老人 長安寺 東京都台東区谷中5-2-22
毘沙門天 天王寺 東京都東区谷中7-14-8
大黒天 護国院 東京都台東区上野公園10-18
辯才天 寛永寺・不忍池辯天堂 東京都台東区上野公園2-1

福を授ける7体の神様ですが、見た目が似ている神様もいて、誰が誰だっけ〜?とわからないまま、まぁいっか!!としてしまった人、結構いますよね!うふふ、私もそうです!今回見分けるポイントを探ってみました。持ち物や携えている動物、神様ごとのご利益を合わせてご紹介したいと思います。参拝の際はじっくり見てみて下さいね♪

弁財天 琵琶(財運・音楽・芸能)
毘沙門天 武器(福徳・厄除け)
恵比寿 鯛か釣竿(商売繁盛・五穀豊穣)
大黒天 打ち出の小槌(財宝・開運)
布袋 大きな袋(笑福来福・夫婦円満)
寿老人 桃と鹿(長寿延命・諸病平癒)
福禄寿 鶴(長寿延命・立身出世)

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 沓掛宿 その2 2021年1月12日

雲場池から六本辻を経て旧中山道に歩を進め、軽井沢町役場から湯川を渡りながら浅間山の絶景に声をあげ、長倉神社への赤色の参宮橋は誠に美しく、境内の巨木に歴史の長さを肌で感じます。
幹に耳を押し当てると何かが流れる音が聞こえます。「何の音?」
境内を流れる小川は心を癒し、終点の池の前には土俵があり屋根を支える4本の足が印象的です。
夏の例大祭ではお神輿が湯川を渡り本殿に向かいます。多くの観衆の拍手喝采で迎えられます。今夏はどうなるやら・・・

旧中山道(国道18号線)に戻り、5分も掛からず中軽井沢駅前信号です。しなの鉄道線は長野新幹線の開通に伴い、旧信越線が民間に移譲され、軽井沢〜長野間を90分前後で結んでいます。新幹線の開通に伴い廃止になった横川から軽井沢間は、JRバスが運行しています。
横川駅は信越線の終点です。乗り鉄の友人は、横浜〜高崎〜横川、横川からバスで軽井沢、しなの鉄道で中軽井沢へ電車の旅を楽しんでおります。帰りは時間の関係で新幹線で帰って行きます。

さて、中軽井沢駅前信号を右折して146号線へ。
旧草津街道のバイパスとして作られたようです。旧草津街道沿いには「御所」と言った雅な地名が残っており、時間を掛けて調べてみたくなる我が身の疼きに閉口しております。
徒歩10分足らずで、歩道沿いの湯川が、軽音楽から時折交響楽団のような重々しい川音を聴かせてくれます。「せきれいばし」を越えると「ハルニレテラス」春楡の木々を活かしウッドデッキで敷き詰められた素敵な環境の中に16店舗の個性豊かなショップやレストランが展開しています。川上庵の先、美しく整備された小径を5分歩くと村民食堂、トンボの湯、星野エリアを併せてお楽しみ下さい。国道を挟んで前述した「カーボーイハウス」、左折して急坂を上がると、ホテルブレストンコート、石の教会、高原教会、散策するにも最適な地区と存じます。
観光案内のようになってしまったこの号でした。

さて次は、旧中山道に戻ります。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 七草粥のお作法 2021年1月7日

レトロに過敏すぎるスタッフ、れと子です。
本年もどうぞよろしくお願いします♪

今年は〝丑年〟ですね。
子・丑と十二支で二番目の年です。「土用の丑の日」「丑の刻参り」などの言葉に使われている通り、丑は年・月・日・時刻・方位にもあてられます。中国の歴史書『漢書』律歴志によれば、「丑」は「紐」ひも、曲がる、ねじるの意味で、種子の中で芽が出かかっているのが、伸びきらない状態を言うそうです。緊急事態宣言の発令もありましたが、今年こそコロナ終息への芽が出ることを願います!

1月7日は、七草粥の日。中国の唐の時代、人の日(1月7日)に、無病息災を願い、七種菜羹(ななしゅさいのかん)という、7つの草や野菜を混ぜた汁物を食す風習が始まったそうです。日本には奈良時代に伝わったとされ、お正月には若菜を摘んで食べる若菜摘みの風習がありました。有名な百人一首の中に、この若菜摘みが詠まれています。「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」光孝天皇(830〜887)が詠んだ句です。

江戸時代になると、「一年間の無病息災を願い七草粥を食べる」という習慣は、五節句の一つ、「人日(じんじつ)の節句」として制定されました。幕府の公式行事となり、将軍も七草粥を食べていたことにならって、庶民も七草粥を食べるようになったそうです。
七草粥作りにはお作法があるのだそうですが、ご存知ですか?私は知りませんでした。

6日の晩に、七草(せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ)を用意して包丁で細かく刻むのですが、まな板の上に7つの道具、薪・火箸・すりこぎ・杓子・おろし金・菜箸・火吹竹を用意します。恵方を向き〝七草囃子〟を歌いながら七草を刻みます。歌、おまじないなど、諸説ありますが、地域によって歌詞が違うようです。「七草なずな 唐土の鳥と 日本の鳥と 渡らぬ先に トントントン トントントン」という歌で、七草の名前を変えながら歌います。一種類につき7回ずつたたき、全部で49回たたいて刻むという決まり。七草も別のお野菜が入ったり、地域によって色々ですが、スーパーでパック詰めにされた可愛いらしい春の七草に、この歌やおまじないが加われば、面倒な支度も少しは楽しくできるかも?

七草には、ビタミンやミネラルが豊富で、七草全部が揃うと12種類の薬膳効果があるとされています。昔も今も無病息災を願う人々の気持ちに変わりはありませんね!

図版は『江戸名所 洲崎はつ日の出』広重(国立国会図書館デジタルコレクションより)

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 沓掛宿 2021年1月5日

明けましておめでとうございます 令和3年 元旦

旧年中は大変お世話になりました。本年が皆様にとって佳い一年でありますよう切に祈っております。コロナの終熄を合わせて祈っております。
他方、皆様の一助になるよう全員で努めて参ります。引き続き宜しくお願い申し上げます。

雲場池から六本辻へ路をとり離れ山通り(旧中山道)を中軽井沢に向かって散策、市村記念館(旧近衛文麿別荘)を通り手前が居を構えるに際し重要なファクターになった医療と行政の一部が右手に見えて参ります。軽井沢町国保軽井沢病院の隣に軽井沢町役場がございます。
働く皆様の接客は誠に親切の一言に尽きます。
此処から中軽井沢駅まで徒歩5分、利便性に富み、町内循環バスも全てが軽井沢病院を経由していますので至便です。役場を過ぎると湯川(一級河川)に掛かる橋を渡ります。此処は、浅間山の絶景ポイントで、多くの写真愛好家が列をなします。
上流で岩魚やヤマメの放流が行われる折は多くの太公望が川辺を埋め尽くします。湯川は、佐久市〜御代田町〜軽井沢町〜千曲川(信濃川)に注いでおります。

湯川に架かる赤い橋は、平安時代の資料、延喜式にもその名を刻む「長倉神社」の参宮橋でもございます。数年前、東京からの帰りが遅くなり月夜を味わいながら、この参宮橋に至ったところ橋の頂点部分に真っ白の狐が座り手前を見ています。暫くの間、見合っておりましたが、何かの拍子に白い尾を空に残し身を翻し本殿に向かって走り去りました。あまりの素敵な時間に暫しの間、時を忘れておりました。狐の姿があった参宮橋を渡って家路に着いた手前でございますが、この素敵な出来事にもう一度出会いたいと思い以降、何回も参宮橋を渡りましたが未だ再会には至っておりません。
このような事もあり湯川のゆったりした流れを見ながらの一休みは、手前にとって心に染みる大切な時間でございます。土手の桜が咲く春もよろしゅうございます。

さて、この辺りから旧中山道・沓掛宿でございます。中軽井沢駅前から駅前通りが、今や観光名所のハルニレテラス、トンボの湯、星野温泉、その先は草津温泉に繋がる道でもございます。

それでは・・・

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 神の食べ物 2020年12月30日

先日お客様より立派な柿を頂きました!
ありがとうございます!お日様をたっぷり浴びたのがわかるつやつやの橙色が美しく、暫し見惚れてしまいました!柿らしい歯応えに見事な甘味、細かい作業が続いていたスタッフ達も癒されました。

柿は、学名がディオスピロス・カキ(Diospyros kaki)、「Dios=神」「pyros=穀物」で、「神の食べ物」なのだそうです。「柿が赤くなると医者が青くなる」という諺もありますし、美味で健康になれるなんてまさに“神"です。

柿といえば、“柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺"

有名すぎる正岡子規のこの句は、「法隆寺の茶店に憩ひて」という前書きがあります。初出は、1895年の『海南新聞』11月号でした。
20万にもおよぶ俳句を書いた正岡子規ですが、相当の柿好きだったそうです。子規の随筆「くだもの」の中で、「御所柿を食ひし事」という文章があります。奈良の宿屋で柿をむいてくれる美しい女中にうっとりしながら柿を食べていると、ボーンと鐘の音が聞こえてきたので、女中にどこの鐘かと尋ねると、東大寺の鐘であるのがわかった場面があります。翌日法隆寺を訪れていますが、当日は雨が降っていたので、実際に聞いた鐘は東大寺の釣鐘だったのかもしれません。また、この句の2ヶ月前、『海南新聞』9月号には、「鐘つけば銀杏散るなり建長寺」という句が発表されています。とても似ていますよね。この句は、千円札でお馴染みの夏目漱石の句です。二人が親友であったことは有名ですが、この掛け合いともとれる句に、その友情の深さが感じられます。

さて、いよいよ大晦日ですね!
今年は、正に光陰矢の如し。
当たり前のように過ごしてきた日々がどれほど貴重だったかを思い知らされ、一日一瞬をも大切に…と思う変化の年になりました。
レトロコインオンラインにもそんな思いが、じわじわと出ていたかもしれません。
夜な夜な作業中には、音楽をかけている事も多いのですが、今流行りの小説を音楽にするユニット「YOASOBI」の“群青"という曲は、原動力の筆頭になりました。よかったら聞いてみてください♪

コロナ禍の今、これまでと違う生活に、ストレスや不安も大きくなってしまうこともあるかもしれませんが、ぜひご一緒に笑顔で乗り切って参りましょう!来年もレトロコインオンラインをよりお楽しみ頂けるよう、スタッフ一同頑張って参ります。

この一年、皆さま方には大変お世話になり、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。

ホームページの新しいトップ写真は、やまぐち美術さんよりご提供頂きました。こちらもぜひお楽しみ下さい。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 旧道 その5(雲場池) 2020年12月29日

ホテル音羽ノ森から駅前通りをクロスして離山通り(旧中山道)に出ます。左に進路をとり道なりに数分、環状交差点ラウンドアバウトが見えて来ます。
運転する皆さんの注意力が増すそうで事故を未然に防ぐ効果が実証されているとか・・・。

この六本辻は、新軽井沢、国道18号線(2本)、中軽井沢、旧道、そして一番右の辻を入ると、今や観光客から四季折々の人気を一手に集めている雲場池(スワンレイク)へ 
昔は本当に白鳥が来ていたとかいないとか・・・。

雲場池は、今や長野県だけでなく日本でも有数の観光地になっているそうで、四季折々、多くの皆様で賑わっています。素晴らしい景観を維持する為にご近所に住まいする方達の有志が、遊歩道の掃除や落ち葉の整理など献身的な活動を為さっています。ただただ感謝するばかりです。
手前も女房殿と二人で時々お邪魔して自然の移ろいを楽しんでおります。

周辺には多くの有名レストランが点在し、お客様を楽しませています。駅前通り新軽井沢交差点(昔は東雲交差点)を左折、六本辻までの10分足らずの間に、森の中に幾つもの素敵なレストランやカフェがございます。歴史を感じさせる店も多く、目の保養になる事間違いありません。

半世紀以上前になりますが、六本辻の一本から少し入った所に通称「卵型」と言った花壇がありました。この近所の一軒家で一夏過ごした事が今になっても鮮明に思い出されます。素敵な記憶が現在にも繋がっており、この地を大切に思う気持ちの裏付けになっているようです。

旧軽井沢地区は、緑に恵まれ高原の自然を味わえる素晴らしい立地なのですが、併せて水に恵まれているのも一因かもしれませんが、湿度が高く黴が生え易い事も事実で注意が必要です。
現在も貸布団屋さんが残っている事が、その証かもしれません。
今は、24時間稼働する湿気を取る器具がございますので問題ないのですが、往事は、別荘で過ごす方達は滞在日数や滞在時間に合わせて貸布団屋さんから布団を借りる方が多かったと伺っています。

手前が軽井沢地区に居を構えるべく情報収集に勤しんでいた折、多くのご忠告を頂きました。
第一は「常に住まいするなら中軽井沢地区をお勧めします。旧軽に比べ湿度は低く行政(町役場)も医療も、この地区に集まっていますので・・・」
重い一言でした。高齢である手前には欠くべからざる助言でした。

雲場池周辺のレストランに付きましては既にお話しさせて頂きましたが、現在、星野エリア、ハルニレテラス直ぐ傍の、超有名ステーキ店・カーボーイハウスは、30年ほど前は、六本辻に在ったと記憶しています。

さて次は・・・

最新のお知らせはこちらです。

竜50銭銀貨 明治18年 PCGS-MS64+ 今週の映えコイン 12月28日

今週の映えコインは「竜50銭銀貨」。

日本の近代貨には“竜図"を描いたコインが多数ありますが、存在感たっぷりの旧20円金貨を筆頭に金貨では6種、銀貨は17種、銅貨は3種*も発行されています。大小様々なコインに竜図が使われているんですね!

今回の竜50銭銀貨は、明治18年発行の「PCGS-MS64+」と高ランクがついています。PCGSケースをゆっくりと傾けながら竜図を見つめていると、ルーペで見る時とはまた違う輝きが目に飛び込んできます。しっかり打たれた凹凸のある竜のウロコ部分がなんて美しいのでしょう。れと美のキュンポイントです!

引きで見たときの梨地部分とプルーフ状になっているところの調和が、とても良い感じですねぇ。コインの銘柄によって竜にも様々な違いがあるようです。それはまた別の機会にお話しできたら嬉しいです。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 旧道 その4(ホテル音羽ノ森) 2020年12月22日

皆様に於かれましては、コロナが拡大を続け罹患が心配される中、12月19日(土)には、沢山のお客様にお運び頂き誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。
Withコロナを掲げ万全の対策を講じ「上野桜木あたり」での開催を決めた弊社でございますが、常に心配が頭を過ぎり出来得る限りの準備を整え皆様をお迎えしました。

さて、万平ホテルを後にして、次に盃を傾けるお店を胸に描きながら駅前通りに向かい歩を早めている自分に気付き、些か恥ずかしくなり歌など口ずさみます。
もう40年近くも前、この道を歩いていると新装開店のホテルが目に入ってまいりました。

玄関先にはタキシードの新郎と純白のウエディングドレスの新婦、二人をお乗せする車は当時としては目を見張る程の誠に立派なロールスロイス、このロールスロイスは結婚するお二人へのサービスなのかな〜、凄いサービスだなあ、などと懐かしく思い出しました。

そうだ、このホテルで盃をあげようと玄関ホールに入ります。昭和57年(1982年)に、オープンした「旧軽井沢 ホテル音羽ノ森」です。
ロールスロイスに依る送迎サービスが現在もあるか否かは、今度お邪魔した折にでも伺ってみる事に致します。勿論、報告致します。

暖炉横に陣取り1杯、中庭が美しくフランス料理が美味しいレストラン(桂姫)も人気です。
喉を潤しホテル音羽ノ森を後にし六本辻に向かいます。あの環状交差点ラウンドアバウトが実用化されている六本辻です。

追伸 このところ急激に気温が下がり12月18日の朝は、ついに、マイナス10.6度、昨日も真冬日でした。本日も最高気温0度と寒い日が続いています。白い息を吐きながらの散歩は最高で綺麗な空気が体内を癒してくれます。鳥達の声に励まされながら楽しい時間を過ごしています。冬の軽井沢にも格別の趣がございます。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 旧道 その3(万平ホテル) 2020年12月15日

ユニオンチャーチの前を、向かいのテニスコートで楽しむ方達の弾む声を背中にしながら小径を前進、小さな橋を越えると鬱蒼とした森が左右に拡がり、歴史と品格を感じる別荘が点在し、古き良き時代の軽井沢を肌で感じます。この辺りまで来ると、コーヒーを願っていたのに「ビールもいいなー」と思い始めます。

十字路を左に曲がると突き当たりに昔から親しんだ建物が見えてきます。半世紀も前になるのでしょうか、万平ホテルの敷地内の独立棟で芝の留園や横浜元町の、美容室マキシンさんがありました。留園のオーナーが黒色で長い丈の中国服を着て矍鑠且つ悠々としていた姿を思い出します。

正面入り口を一歩入ると歴史あるホテル共通の「或る匂い」が雰囲気を醸し出しています。右側にフロント(レセプション)、手前には本館2階への階段が控えています。正面のステンドグラスを堪能し左に・・・

カフェに入り庭に近い位置の席を占める。この時には、コーヒーへの思いは雲散霧消、生ビールをお願いする自分にただただ呆れるばかり。往時を偲ぶ時、沢山の著名な方達の姿が思い出されビールの摘みはナッツで充分です。思わずお代わりをして暫しの休息を楽しみホテルを後にします。

終戦後、米軍が接収、横浜のニューグランドホテルからコックさんが派遣され軽井沢のコックさんの腕が上達したと以前は、旧道のオリオン美容室のそばで営業されていた菊水さんのオーナーから伺いました。この時、オーナーも万平ホテルで鍛えられたそうです。

ジョンレノン、ヨウコご夫妻が気に入ったのは、あの匂いと洗練されたフランス料理だったのかも、さあ再び歩を進めます。2杯のビールが誘い水になったのか、足がお酒の匂いを探し始めました。果たして・・・

※昭和9年に鉄道省より出版された『観光地と洋式ホテル』によりますと、万平ホテルの昭和初期の宿泊料等は下記の通りです。

料金

宿泊料金
(歐式)一人室浴室付 15〜18円
    二人室浴室付 25〜30円
    一人室浴室無 4〜8円
    二人室浴室無 8〜12円
(米式)一人室浴室付 9〜14円
    二人室浴室無 18〜24円

食事料
朝 2円、晝(昼)2円50銭、夜 3円、茶菓 50銭

(国立国会図書館ウェブサイトより)

最新のお知らせはこちらです。

オーストラリア ソブリン金貨 1878S NGC-AU58 今週の映えコイン 12月14日

今週の映えコインは「オーストラリア ソブリン金貨」。

英連邦王国の一つであるオーストラリアは、エリザベス2世(在位1952- 現在)を君主とする主権国家。英連邦王国各国の発行するコインにはその時代の君主の肖像が描かれる事が多く、今回のソブリン金貨はヴィクトリア女王(在位1837-1901)の若かりし頃(ヤングヘッド)の頭像です。在位年数が長かったのでジュビリー、オールドと肖像も変化していきますが、それはまた別の機会に!

諸説あるかもしれませんが、ヤングヘッド像は即位した年齢の18歳頃の肖像なのでしょうか。幼さを感じるどころか、"しっかりとした意志を持った一人の女性"の顔つきで、即位した途端に実母をも遠ざけたとされる強い側面を持ち合わせていたようです。裏面はイングランド、スコットランド、アイルランドの紋章が1つの盾として描かれていて、れと美的にはアイルランド紋章の"竪琴"の細やかさにキュンとしてしまいます。小さなコインに対してとても丁寧な仕事が成されていることが分かります。

オーストラリアとイギリスのソブリン金貨は本当にそっくりですが、小さくミントマークが打たれていることに気付いたれと美はスラブに表示されている国名を見る前に、まずルーペで確認するのが楽しみの一つになっているのでした。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 上野桜木あたり 2020年12月10日

今年もいよいよ大詰めの12月に入りました。
師走ということで、お仕事、お掃除、買い出し等、大忙しですよね。
弊社も何となく慌ただしい雰囲気の中、来週の19日(土)に開催の"冬の古民家で愉しむレトロコイン展"(東京・上野桜木あたり お座敷)に向けて、準備を進めています。

この度の開催は、おかげさまで10回目を迎えます。
お越し頂く皆様に、何か面白いものをご用意できればと、目下、店主が頭をひねっています。
何が出ますか!? 当日を楽しみにお待ち下さいね!

アットホームなお座敷で、季節毎にご用意したお茶をお召し上がり頂きながら、四季の草花を愛でつつ、お好みのコイン、古美術をのんびりとお楽しみ頂いております。
現在はコロナ渦のため、お茶はお出ししておりませんが、ペットボトルのお茶とお土産をご用意しております(数量限定)。

お座敷は、八畳間でウッドデッキからお入り頂く作りになっています。
コロナウイルス感染症防止対策として、催事中は入口の戸は常時開け、しっかり換気しながら行います。
古民家ですが、エアコンがございます。ホッカイロもご用意していますので、防寒対策もご安心ください。
大変恐れ入りますが、体調に不調やご心配がある方は、ご入室をお控え頂くようお願いしております。
また、入口では、検温、手指の消毒、マスクのご持参とご着用のご協力も引き続きよろしくお願いいたします。

コロナ渦では外出の自粛から、運動不足やストレスによる心の問題も大きくなっていると聞きます。
精神を安定させ、前向きな気持ちにさせるといわれる脳内物質「セロトニン」の不足が原因になることも。
「セロトニン」の分泌には、目から入る太陽の光の刺激と、リズム運動が重要で、有酸素運動のウォーキングは最適だそうです。ウォーキングのポイントは4つ。

 ①太陽の光を浴びる
 ②歩くことに意識を集中する
 ③「1・2・1・2」などリズムを意識する
 ④5〜30分位、疲れない程度でOK!

19日、お時間に余裕のある方は、趣味の時間に、散歩をプラスしてみてはいかがでしょうか?
上野桜木から30分ほどのお散歩コースなら、浅草の浅草寺がおすすめです。

年の瀬の風物詩「納めの観音ご縁日・羽子板市」が、12月17日〜19日まで、開催の予定です。
「納めの観音」というのは、毎月18日は観世音菩薩の縁日なのですが、年末なのでいつもの市と区別して、「納めの観音」と呼ばれているそうです。お正月準備のため、門松やしめ縄飾り、鏡餅、正月飾り、乾物などの食品も売られます。

羽子板市は、江戸時代後期、浅草寺の境内で羽根つきをしている羽が、害虫を食べてくれるトンボに似ているので「悪い虫がつかない」、また、羽子板は「邪気を跳ね返す」という縁起に因み、魔除けと厄払いのお守りとして、女の子の初正月に羽子板を、男の子には破魔弓・破魔矢を贈るようになったといわれています。
歌舞伎の人気役者の舞台姿を描いた羽子板や、その年に話題になった人をモチーフにした変わり羽子板も並びます。羽子板のお値段は、500円程度から数万円と高価なものまで。羽子板を購入すると、威勢の良い三本締めで送り出してもらえる活気あふれるお祭りです。

※今後の感染状況、国、都の方針により、行事の開催が延期や中止になる場合がございます。
"冬の古民家で愉しむレトロコイン展"の開催情報につきましては、都度HPにてお知らせいたしますので、ご確認頂きますようよろしくお願いいたします。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 旧道(商店街 その2) 2020年12月8日

旧道から数分の処、テニスファンでなくとも日本中で最も有名なテニスコートの向かいにユニオンチャーチがございます。

明治30年(1897年)に「軽井沢の村長さん」の呼び名で親しまれたカナダ人、ダニエル・ノルマン宣教師によりプロテスタント各宗派の超教派合同教会として創立されました。
国籍、宗派を問わない教会ということで、避暑にくる外国人や別荘族の社交、団らんの場となり、集会、音楽会、日本語学校などが開かれてきました。

現存の建物は、キリスト教の伝道者であり、建築家、メンソレータム(現メンターム)を日本に普及させたヴォーリーズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人でもある実業家のW・M ヴォーリーズが設計し、“軽井沢の鹿鳴館”と呼ばれた、あの重要文化財旧三笠ホテルを建造した大工棟梁・小林代造によって1918年(大正7年)に建て替えられ、その後、手を加えられつつ現在に至っております。建物正面の十字架には白樺が使われています。

散歩の途中、ユニオンチャーチのベンチに腰掛け、上皇上皇后陛下のロマンスを思い出しながらの休憩は、
何とも味わいのある時間でございます。

ふとコーヒーが飲みたくなり、今は亡きジョンレノンとヨーコさんが愛した万平ホテルへ続く小径に歩を進めます。

最新のお知らせはこちらです。

ペーパーウェイト 佳品 今週の映えコイン 12月7日

今週の映えコイン、ならぬ、映えアイテム?!は「コイン入りペーパーウェイト」。

昔からペーパーウェイト、すなわち文鎮は、手紙や書をしたためる際に重しとして使っていましたが、最近ではフルーツに模した物やまるで宝石のようなカットを施したカラフルな物も散見されます。デザイン性が高く、置くだけで見て楽しめる、今や映えるおしゃれアイテムとしての存在感も高まっています。一昔前は真鍮などの金属製だったようですが、時代の流れと共にガラスやクリスタル、アクリル樹脂等で作られるようになり、クリアで且つ本来の目的である重量のある素材で仕上げられているそうです。

今回のコイン入りペーパーウェイトは、京都生まれの昭和36年製!なんと、昭和36年銘の1円〜100円まで5枚で構成され、まるでコインが浮いているかのような仕様となっています。

「ステキ!!!」れと美はつい小声で叫んでしまいました。さすがにまもなく60年を迎える大ベテランゆえに、表面は多少のスレ感がありますが、6.5センチほどの立方体のそれは光に当てるととてもキレイで、延びた影までもが美しい。コイン好きの方の部屋に是非ひとつ!と言いたくなるところですが、当然珍しい品、後ろ髪を引かれながら、れと美は諦めるしかないのかなぁ。。。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ オークショニア・山口孝弘 2020年12月2日

レトロに過敏すぎるスタッフ・れと子の小部屋〝レトロかきこ・特別編〟で、取材と写真で、さり気なく登場された、やまぐち美術さん。

上野桜木の古民家で、季節ごとに開催中のレトロコイン展では、毎回趣のある古美術品を並べていらっしゃいます。その場が似合いすぎて、この方が誰か、まだ気づいてない方も結構いるかも…??
皆さん、おわかりですか?

そうです。あの人です!

改めてご紹介させて頂きます!
レトロコインオークションのオークショニア・山口孝弘さんです!(拍手)

フロアオークションにて、山口さんのオークションに魅せられた方も多いのではないでしょうか? 
なめらかに刻まれる数字、一瞬の隙をついた白熱のボディーブロー。時おり挟み込まれる小気味良いつぶやきに、思わずパドルを上げてしまった!と云う方も多いのでは?
鋭く、しなやかで、鮮やか。そのオークション捌きには、侘び寂びの色彩美をも感じさせます。

レトロかきこ特別編では、ハンマーをカメラに持ち変え、燃えるように美しい紅葉の彩りを届けてくれました。銀座の古美術商「やまぐち美術」の代表という顔もお持ちです。

センスの良いマルチな才能に舌を巻くばかりですが、その職人気質に、近寄り難い所は不思議となくて、この写真のように自然体、気さくなところがまた魅力的な山口さんです。

こんな山口さんとレトロ店主・太田は、かれこれ15年来のお付き合いで、めっぽう蕎麦好きときています。通りから漂ってくる出汁の良い香りに誘われて、何やら計画中のようですよ。
新コンテンツ、お楽しみに!

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 旧道(商店街) 2020年12月1日

別荘に滞在する方達の生活を護る為に、東京の老舗百貨店(銀座 松屋)を筆頭に多くの有名店が軒を並べ、夏から秋を賑やかに彩りました。

商店街には、お肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん(今も入口にあります)、それはそれは、楽しい買い物風景をこの商店街に見ていました。

昨今は、外国の観光客に支えられていたように感じました。
コロナ禍で日本人の観光客が戻って来たように感じますが、昔の良さとは異なった素敵さを表現出来る街になる事を切に願っています。

最新のお知らせはこちらです。

天保一分銀 PCGS-MS65 今週の映えコイン 11月30日

今週の映えコインは、「天保一分銀」。

今の時代の貨幣しか知らない人からすると"四角い貨幣"には驚きますよね。1868年に明治政府に変わり、新貨条例とともに正円形の貨幣が続々と発行されました。

それ以前だと、時代劇でもよく出てくる悪代官が饅頭の下に仕込む、いわゆる山吹色の"小判"の印象が強いと思います。でも小判は今も尚、なかなか手にし難い代物です。

小判ほど大きくはない天保一分銀ですが、表面の中心に「一分銀」と力強く打たれ、その周囲を20枚の可愛らしい桜の花弁が配されています。そのギャップが、れと美にはたまりません。特徴のある書体と決してなめらかではない角の切り口。光り輝く貨幣に目を奪われがちですが、和紙で包まれたまま、空気に触れた部分にのみ付いた微かなトーンが時代の移り変わりを静かに物語っているのかなぁ、と天保一分銀を眺めながら想いを馳せるれと美でした。

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ さつまいも 2020年11月25日

先日、お客様より自家製のさつまいもを頂きました。ありがとうございます!

御行儀よく並んだお芋達。丹精込めて作られたお客様の姿が浮かびます。
一か月くらい寝かせておくと、グっと甘くなるのだそうです。首を長〜くして、待ちたいと思います♪

さつまいもといえば、焼き芋ですね!
石焼き芋ばかりは家でできないので、周ってくるのを楽しみにしています。
「い〜しやーきいも〜」の売り声は、その独特な節回しから、ひと昔前にタイムスリップしたような気分になりますが、それもそのはずで、戦後の引き売りから現在に続いているのだそうです。
売り初めはいつだったかというと、江戸時代後期。当時の売り文句は「栗より美味い十三里」。これは、栗(九里)より(四里)うまい十三里(九+四)という意味で、駄洒落から来た文句なのだそうです。なんとも江戸っ子らしい呼び込みですね!

江戸時代の作り方には、鋳物や鉄製の平鍋にサツマイモを並べ、かまどの上で焼く「かまど焼き」、丸ごと焼く「まる焼き」、いくつかをハス切りにして焼く「切り焼き」がありました。江戸っ子の好みは、まる焼きだったようで“○焼き”の看板が多く見られたそうです。江戸庶民の味代表のお蕎麦は1杯16文で、今のだいたい300円台。焼き芋は、さらにお安く1本4文ですから、現在の80円ほど。貧しい人から裕福な人まで幅広く人気がありました。焼き芋屋の売り上げは多く、一冬一軒20〜30両から100両にもなったそうです。
当時、城下町の治安を守るために町ごとに設置された警備の木戸番が、昼間内職で草鞋や駄菓子などと一緒に焼き芋を売っていたようですが、副業のレベルを遥かに超えていてびっくりです!明治30年代には、東京に830軒ほど小売店があったとか。まさに焼き芋ブームですね!

大正時代になると「壺焼き」が主流になります。壺は、陶器や鉄筋にセメントを用いた左官業者の仕上げる特注品もあり、川越にある老舗業者の使用していたものは、上部には鉄蓋、下部には吸気口のあるコンクリート土台。内部には、木炭やコークスなどの燃料を入れ、S字の釣具で繋いだ芋を、針金に吊り下げ焼いていたようです。

太平洋戦争が始まると、さつまいもは統制品となり、焼き芋店は危機的状況に。終戦から5年遅れた昭和25年に、やっと統制品から外れましたが、かまど焼きや壺焼き店などの店舗はなりをひそめ、現在の石焼き芋が、リヤカーを使った引売りで登場します。

石焼き芋は、ご存知の通り鉄製の箱の中に小石を敷き詰めて焼きますが、その石には、大磯の浜でとれる1センチほどの"大磯三分"と呼ばれる小石が良いとされました。芋への熱が均等に伝わることから、今でも推奨されています。石や芋が入った鉄の箱は、かなりの重さになるため、丈夫な特注品のリヤカーも作られたということです。

現在の焼き芋は?というと、もう10年くらい前からになるのか、気がつけば、スーパーの片隅で焼き芋器が見られるようになりました。当初は保温器?と思ったものの、焼き上がり時間が出ていて、出来上がったらしいお芋は、ほかほかと美味しそうに焼けていました。
平成、令和と年号が2回も変わっているので、焼き芋屋さんも静かに変化の時期を迎えているのかもしれません。

昨冬、石焼き芋屋さんの軽トラが周ってきたのは一度だけでした。夕食もデザートも食べ終え、食休みをしていた時に、唐突に遠くから「いしやーきいもー」が聞こえてきたのです。買おうかどうしようかと迷っているうちに、音が近づいて来て止まりました。近くに止まることなど滅多にないので、これは運命!と慌てて財布を持って飛び出しました。
販売ルートの最後だったらしく、残り少ないお芋でしたが、紅はるか、紅こまち、安納芋の3種3本で1200円でした。小さいのも混じっていて、ちょっと割高と思いつつも、前に買った時は1本500円だったから今回はお得だった!と頷くのでした。パチパチと木材の焼ける音、焦げ臭いような匂いが漂う中、おじさんが煤けたストーブから湯気たっぷりのお芋を次々取り出して新聞紙にくるんでくれます。冷たい夜の空気に、渡された焼き芋の熱が手のひらにじわじわと伝わって特別な物に感じます。
お芋を割ると、中は見事な黄金色。皮の焦げ具合もほくほく感もやはり特別でした。この冬も来てくれることを願います!

参考文献『江戸・東京の焼き芋屋の移り変わり』井上浩著

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより 旧三笠ホテル 2020年11月24日

コロナ禍のなか迎えた三連休ですが、軽井沢を訪れる方達が数多く見受けられます。
トレッキングや散策、サイクリングやツーリング、マスクをしっかり付けて、コロナ対策は万全に見え喜ばしい限りです。

軽井沢にお越しの皆さんが立ち寄られる、昭和55年5月(1980年5月)に国の重要文化財に指定された、旧三笠ホテルが有ります。
開業は明治39年(1906年)5月、木造2階建て30室のホテルで、純国産西洋建築であった事から多くの皆さんに愛されたホテルです。
1970年に閉業、以降は文化施設として活躍しておりましたが、現在は、耐震工事などが行われ、令和6年3月の再開を目指しています。

私も学生の頃、宿泊した事がございます。横浜のニューグランドホテルと似た匂いがしていた記憶がございます。
秋口日がな一日、遊び疲れホテルに戻り夜の帷が降りる少し前、廊下に出るとボンヤリした廊下の奥に白い帽子、半袖の開襟シャツに半ズボンの子供が、虫取り網を持って立っています。
もしや、この子があの有名な「蝉取り坊や」かと慌てて走りましたが、廊下の角を曲がると姿はございませんでした。
昼間、元軽井沢飛行場(箱根土地開発の堤康次郎氏が作った民間飛行場 昭和2年から東京と軽井沢を結び所要時間50分であったそうです。今は影も形もございません)の辺りを歩いた折、あの虫取り網を持っている子を見たなあと思い出し、汗が一瞬で退いた事を懐かしく思い出しました。

旧三笠ホテル辺りの散策は、コロナとは無縁だった頃を実感出来るものと存じます。
寒さを楽しむのも軽井沢流かもしれません。

※昭和9年に鉄道省より出版された『観光地と洋式ホテル』によりますと、旧三笠ホテルの昭和初期の宿泊料等は下記の通りです。

料金

宿泊料
(歐式)一人室浴室付 9円
    二人室浴室付 9円
    一人室浴室無 4〜6円
    二人室浴室無 6〜8円
(米式)一人室浴室付 15円
    二人室浴室付 17〜18円
    一人室浴室無 7円50銭〜12円
    二人室浴室無 13〜17円
食事料
  朝 1円50銭、晝(昼)2円、晩 2円50銭、茶菓 50銭

(国立国会図書館ウェブサイトより)

最新のお知らせはこちらです。

レトロかきこ 駒込・六義園 2020年11月22日

東京は連日気温が高く、日中は半袖でも過ごせる日が続いていますが、自然は少しずつ秋から冬への準備を始めています。

そんな東京で、紅葉狩りを楽しむならここ。
文京区駒込にある六義園という、江戸期に造られた日本庭園がまもなく見頃を迎えます。

弊社で開催している「古民家で愉しむレトロコイン展」会場の上野桜木あたりから山手線で4駅、約30分ほどで行ける自然豊かな庭園で、東京の秋を楽しんでみてはいかがでしょうか。

さて、連休初日の昨日は、東京・帝国ホテルにて「銀座コインオークション」があり、レトロコインの店主も参加させて頂きました。帝国ホテル内随一の大広間を、畝りをあげて天に昇る龍のごとく、次々と高値を更新していくコインの姿に、初参加した二十数年前の情景が脳裏に蘇えったそうです。皆を魅了するその圧倒的存在感は昔と変わらず、感慨多端と昂揚する店主なのでした。

この真っ赤に色づいた紅葉を見ていると、ちょうどいま話題の『鬼滅の刃』に登場する煉獄さんを想起させ、彼の名言が浮かびます。

"己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと 心を燃やせ、歯を喰いしばって前を向け"

"老いることも死ぬことも 人間という儚い生き物の美しさだ 
老いるからこそ 死ぬからこそ 堪らなく愛おしく尊いのだ"

(©吾峠呼世晴/集英社『鬼滅の刃 8巻』より引用)

レトロコインスタッフ一同も、熱い思いを胸に、各々が自分の責務を全うし、皆さまのお役にたてるよう頑張りたいと思います。この連休が皆さまにとって良い時間となりますように!

取材・写真:やまぐち美術 2020年10月16日撮影

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより
軽井沢だより

軽井沢だより 浅間山 2020年11月17日

朝の冷え込みが厳しい軽井沢、
代償は見事に澄み切った青い空、
浅間山が夕陽に映えます。

駅では、トレッキングの方達が行き交い、今日の思い出に花を咲かせ帰路に着く。車中はきっと白川夜船でしょうね・・・
一瞬でもコロナを忘れられ何よりです。

次は、ワイワイガヤガヤ出来るようになればと祈っています。

最新のお知らせはこちらです。

イギリス 5ポンド金貨 1937年 NGC-PF64CA 今週の映えコイン

今週の映えコインは、大英帝国の5ポンド金貨。NGC社により「PF64CAMEO」と評された金貨は、1937年銘ジョージ6世のプルーフ貨です。

その深遠な光沢、立体的な質感、指が完全に写り込む鏡面状の出来映え、いずれも現代のプルーフ貨と見紛うばかりの美しさです。KMカタログでは5,500枚の発行。NGCのランキング集計である「NGC Census」によれば、このコインが該当する"PFCA"で237枚、梨地部のつや消し感が濃い上位に位置づけられる"PFUC"で104枚の鑑定が有り、また梨地部のつや消し感が薄い下位カテゴリの"PF"149枚を含めれば、67を筆頭に66、65と132枚上位に位置するコインが存在します。ちなみにPR66UCの落札価格は、高騰を続けいよいよ55,000USドルを超えたと聞きます。64ゆえに多少のスクラッチがありますが、上を見たらキリが無し!

一般的な「プルーフ貨幣」の意味を調べると「特製の極印を使って鋳造した貨幣」や「コレクター向けに特殊仕上げをした貨幣」と出てきます。この5ポンド金貨も平面部分が鏡面加工されており、縁に配された通称"馬の歯"が重厚感を醸し出しています。センターに配置されたMatte状のジョージ6世の強い眼差しは未来を見つめているのでしょうか。ProofとMatteのコントラストにより浮き立った凛々しい顔立ち。まさに美しさ倍増です。

最新のお知らせはこちらです。

鬼滅の刃
鬼滅の刃

『鬼滅の刃』 大正のお金 2020年11月11日 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

今話題のアニメ『鬼滅の刃』すごい人気ですね!映画も大ヒットで、ご覧になられている方も多いのではないでしょうか?

人伝てに面白いアニメがあるよ!と聞いたのは夏頃だったか…その舞台が"大正"と聞いて、レトロに過敏なスタッフは、思わず見てしまったのでした。

物語は、大正時代。
亡き父に代わり、炭を売って家計を支える少年、炭治郎は、ある日、家族を鬼に皆殺しにされてしまいます。唯一生き残り、しかし鬼と化してしまった妹の禰豆子を人間に戻すため、鬼殺隊の剣士となり戦っていく…というお話ですが、笑いあり、涙あり、固唾を飲む展開の数々に、目が離せなくなっていた矢先、コインと紙幣が登場しました!

鬼殺隊で炭治郎と同期の女の子、カナヲの過去エピソードの中です。
貧しい生活から親に売られ、人買いに連れられ橋を渡っていた時、腰縄をされた子供を不思議に思った鬼殺隊の剣士である姉妹が声をかけます。親が売ったという男の言葉に妹しのぶは顔色を変え、男にお金を投げつけ、カナヲを連れ去るというシーン。
さて、アニメの時代考証はどうなのか、早速検証してみました!コマ送りで、投げられたお金を確認すると…。

 旭日50銭銀貨 大正3年(明治39年〜大正6年)
 新10円金貨(明治30年〜明治43年)
 新5円金貨(明治30年〜昭和5年)
 新1円銀貨(明治7年〜大正3年)

 甲号兌換銀行券裏猪10円(明治32年〜昭和14年)
 大正兌換銀行券中央武内5円(明治32年〜昭和14年)
 大正兌換銀行券1円(大正5年〜)
 大正小額紙幣(大正6年〜)

少なくとも上記確認することができました。50銭は年号までしっかり出ていて驚きです。大正初期の1円は、現代の1000円ほどとも言われますから、かなりの大金になりますね。

判定不能なものもあり、円銀は微妙かもしれませんが、結構忠実な時代考証がなされています。
数秒で流れてしまうシーンにも拘らず、細かに再現されているなんて凄いです。

作者の先生、アニメを製作されている方々の熱量のハンパなさに、色々な意味で心が揺さぶられました。お話が気になった方、古銭が気になった方、ぜひ『鬼滅の刃』見てみてくださいねー!

画像は『鬼滅の刃 25話』©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotableより引用。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより
軽井沢だより

軽井沢だより 小諸・懐古園 2020年11月10日

コロナ禍は去らず軽井沢周辺は、紅葉最盛期を迎えました。
皮肉な事に、今年は何処も例年に無く美しい錦を結んでいます。
今冬は寒い冬が予報されていますが、寒さへの覚悟を求めているようにも感じます。

霜が庭を覆い辛うじて残っている紅葉の葉に、氷の結晶がしがみつき、プリズム効果と相俟って、誠に美しい晩秋の光景が広がり、散歩の疲労が薄らぎます。
朝の気温が既にマイナスになり始めました。
越冬用の厚い羽毛に変えるべく渡りを除いた鳥達も忙しそうで、熊を始め四つ足達も脂肪獲得に勤しんでいます。
そして更に美しい季節が始まります。

最新のお知らせはこちらです。

軽井沢だより
軽井沢だより

軽井沢だより 浅間山 2020年10月27日

秋が深まると時として濃い霧が立つ。翌朝は冷え込む。
木々が錦に染まりだし本格的な冬が近づいている。空が蒼い・・・

最新のお知らせはこちらです。