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    2024年4月15日更新

ムッシュの歴史散歩 第八十九回 古代ローマ 2024年4月15日

 (上の写真は、左がAR Denarius Juliu Caesar 49-44 BC 、右がAR Denarius Augusutus 27 BC - AD 14)

 古代ローマは古代ギリシアの後、地中海中心に大繁栄した国家だ。その出発点はトロイア戦争で敗走したトロイアの武将アイネイアースがイタリア半島に逃れ、その子孫のロムルスが建設した都市国家である。このことは、ローマがギリシアと繋がる長い歴史のあるものとする考え方である。

 最初の政体は王政だった。ロムルスに始まる初期4王はラテン人とサビーニ人から選ばれている。それに続く3王はエトルリア人である。この初期王政については、伝承によるところが多い。

 紀元前509年、ルキウス・ユニウス・ブルトゥスによって第7代王タルクィニウス・スペルブスが追放され、ローマは共和制へと移行した。しかし、ローマには依然、貴族が存在し、元老院が権力を持っていた。外敵(ガリア人)との戦いでは、実働部隊の平民が政治参加を要求して身分闘争が始まり、遂には民会の決定が元老院の承認なしに国法となることが定められ、身分闘争が終結する。

 ローマは次々と都市を征服し、紀元前272年、遂にイタリア半島を統一する。その後、北アフリカのカルタゴに勝利し、東方のマケドニアにも勝利して、地中海沿岸を制圧する。国内の政治体制を整備し、対外的にはガリア、エジプトを征服して、アレキサンダー大王に始まるヘレニズム時代を終焉させることとなる。

 しかし国内には再び権力を一手に握る独裁官という政務官が制定される。これは国家の非常時にのみ選出され、6か月の任期となっていたのだが護民官の拒否権の対象ともならず全政務官に優越していた。これがやがて皇帝となり、共和政から帝政へと移行してゆく。

 初代皇帝はアウグストゥスだ。紀元前27年、元老院が正式にオクタウィアヌスに全権限とアウグストゥス(市民の中の第一人者)の称号を与えることで、事実上、初代皇帝とした。 西暦96年に即位したネルウァ帝からトラヤヌス帝、ハドリアヌス帝、アントニヌス・ピウス帝、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝の時代をパクス・ロマーナ(ローマの平和)と呼び、ローマ帝国の領土が最大となり、国内の状況も安定した時代であった。

 その後は徐々に治安が乱れ、皇帝が暗殺されて短期間で入れ替わり、各地で軍隊が反乱を起こしたり、ゲルマン人等外敵が侵入したりで、帝国の勢いが衰えてゆく。こうした混乱を収束する為、ディオクレティアヌス帝は専制君主制を敷き、二人の正帝、二人の副帝によるテトラルキア(四分割統治)を始める。ディオクレティアヌス帝は東の正帝となり、ここに東ローマ帝国(ビザンチン帝国)、西ローマ帝国が誕生するわけだが、これは後世の歴史家が名付けただけで、実際には“分裂”とは考えられていなかった。ディオクレティアヌス帝が崩御すると、テトラルキアは崩壊し、混乱は増し、そこにキリスト教が広まってゆく。混乱を収集したコンスタンティヌス1世(大帝)によってキリスト教が公認されると、さらに影響が増大し、ローマの永続と安定の象徴とされ、建国以来、フォロ・ロマーノのウェスタ神殿に灯り続けてきたウェス田の聖なる炎も西暦394年にとうとう消されてしまった。

 西ローマ帝国は弱体化が激しく、ゲルマン人の侵入によって帝国を維持しきれず、西暦476年、ゲルマン人傭兵隊長オドアケルによってロムルス・アウグストゥルス帝が廃位される。この時も、オドアケルから東の正帝に願いが出され、東の正帝から「西に正帝の必要なし」という勅令が発せられて廃位となっただけで、ローマ帝国は相変わらず東西合わせて一つであり、東の正帝が全ローマの皇帝となり、ゲルマン諸王もローマの官人としてローマ帝国の印璽を用い、帝国から報酬をもらい、住民も自らをローマ人と呼び続けていた。

 一方、東ローマ帝国は15世紀まで存在し、1453年にオスマン帝国にコンスタンティノープルを占拠され、コンスタンティノス11世パレオロゴスが戦死したことで、滅亡した。これも持って古代ローマ帝国の滅亡とすべきだが、東ローマ帝国はあまりにも古代ローマ帝国とは違ったものとなってしまった為、通常、西ローマ帝国の滅亡をもって、古代ローマ帝国の滅亡と呼ばれる。

 その後、ローマの教皇がフランク国王カールをローマ皇帝として戴冠させたことで西ローマ帝国は東と分かれて正式に成立し、のちに神聖ローマ帝国と名を変え、1806年のライン同盟成立まで継続する。人々の認識、精神的拠り所まで考慮すると、ここがローマ帝国の滅亡かもしれない。

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ムッシュの歴史散歩 第八十八回 ハデスとペルセポネ 2024年4月8日

 (上の写真は左がPHRYGIA Hierapolis 2nd-1st c BC AE18 Hades and Persephone、右がSicily Siculp-Punic AR Tetradrachm 350-300 BC Persephone)

 ハデス(ハーデース、Ἅιδης)はクロノスとレアの息子で冥府の神、ポセイドンとゼウスの兄。妻はペルセポネ。普段は冥界にいてオリュンポスには来ない為、オリュンポス十二神には入らない、とされることが多い。

 ハデスは生まれた直後、生まれた子に権力を奪われるという予言を恐れた父クロノスに飲み込まれてしまう。その後、ゼウスに助けられ、クロノスを倒した後、ゼウス、ポセイドンと三柱で籤引きをして、それぞれの領地を決め、冥府と地底を割り当てられたという。

 神話の中では女性の扱いに不慣れで、ペルセポネにどうアプローチして良いかわからない、という純真さも持ち合わせている。

 また、被ると姿が見えなくなる「隠れ兜」を所有し、戦いの折にはこれを使ってゼウスを助けたり、ヘルメスやペルセウスに貸し与えたりしている。ポセイドンと違い、二叉の槍バイデントを持っている。

 ペルセポネ(Περσεφόνη)はゼウスとデメテルの娘で、ハデスの妻。ペルセポネはハデスに連れ去られる。それを知った母デメテルはゼウスに抗議するがゼウスは、ハデスなら不釣り合いではない、と取り合わなかった為、デメテルは冥界に娘を取り戻しにゆく。しかし娘は冥界の柘榴を食べてしまった為、食べた量に応じて1年の内1/3を冥界で過ごさねばならなくなる。この期間は豊穣の女神が地上から消えるので、植物が枯死してしまう冬である。これが四季の起源とされる。

 ペルセポネは常に夫ハデスの横にいたが、アプロディーテから密かにアドニスの養育を頼まれた。アドニスはアッシリア王キニュラスの娘ミュラーが父を愛して生まれた不幸な子供だったが、美しい人間の男性だった為、ペルセポネはゼウス公認で1年の1/3を恋人として一緒に暮らした。アドニスはその他の1/3をアプロディーテと、残りの1/3を自由に過ごした。しかし、それを知ったアプロディーテの夫アレスがアドニスを殺してしまう。この時、アドニスが流した血からアネモネが生まれ、アプロディーテが流した紅い涙が白薔薇を赤く染めたという。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その109 2024年1月16日

令和6年1月9日(火)は、マイナス10.8度まで下がりました。軽井沢町の冬はこれまで「寒いけれど雪は降らない」が一般的でした。ここ10年は暖かい傾向を示して来ました。時々、厳しい寒さを思い起こさせるのも自然のなせる業ですから深い神秘を感じます。
町役場からの指示なのか、急斜面で大きく成長した各種木々の倒木防止の為の伐木(枝払い含む)が始まっています。
首の長いクレーン車と伐木後の木々を乗せる4tトラックと5〜6人のチームで動いているようです。重い雪が枝に積もると重さに負けて倒れてしまいます。倒れる方角が民家であったら人命を損傷する事故になってしまいますし電線を切断し停電の要因の一つになる事もございます。
この地にとって必要不可欠の作業でございます。この作業を見る度に近々、大雪が降るのかな〜と心配が募ります。
【13日午後から雪が心配されます。降雪が少なく済むよう祈るばかりです】
軽井沢に於きましては、能登半島地震の影響は表面的にはございませんでしたが活断層の無い軽井沢地区としては揺れ方が酷かったように思います。
1月12日(金)もハルニレテラスまで足を運びました。近所のパン屋さんが体調不良で冬季休業を発表した為です。ハルニレテラスにあるサワムラ(パン&レストラン)に参じました。サワムラさんは外部の塗装を替えるようで、足場パイプが並んでいましたが、お店は休まず営業されるそうですので安堵致しました。【軽井沢地区の営業店舗に於きましては、観光客が減るこの時期は、保守点検、補修の時期でもございます】
軽井沢には沢山のパン屋さんがございますが、自分の好みに合うパン屋さんとなるとなかなか難しく、このところは近所のパン屋さんが誠に結構でしたが、お休みとなれば他を探さねばなりません。このパン屋さんの表に、こんなお知らせが出ています。
「わがままなパン屋ですいません!」ですって・・・
1月13日(土)、目覚めると表は銀世界、天気予報を先取りしたようです。朝食を取ったら雪掻きへ、前回の雪より積雪量は多く疲労が募ります。午後も降る予報ですが、目の前に積もっている雪を掻いておかないと次の雪が積もると雪掻きが困難になります。
14日(日)も雪が降りました。積雪量は少なくて済みましたが雪掻きは欠かせませんでした。15日(月)も16日(火)の朝も雪が降っています。雪掻きを考えると滅入ります。

このコーナーでは、日本全国各地の百貨店さんの現状をお知らせしております。百貨店を愛する手前と致しましては、誠に残念な報告がございます。島根県松江駅前で70年にならんとする営業を続けてきた老舗百貨店「一畑百貨店」さんが、令和6年1月14日(日)を以て閉店致しました。本当に寂しいですね〜  これで百貨店が無い県が、山形、徳島に続いて3県目になりました。
百貨店さんの置かれている厳しい状況を考える時、競争相手の多さが第一にございます。第一は、スーパーマーケットに代表される量販店、第二に郊外型ショッピングモール、第三に店舗を持たないアマゾンに代表される通販業界と鎬を削っております。
贈答品に付きましても百貨店の売りの一つになっていましたが、最近は贈答品であっても、「包装紙」が必要とされなくなってまいりました。利用者の多数を占めるようになってきたヤング層の百貨店に対するアイデンティティーが希薄になって来た事と関係があるものと考えております。私達(高齢者)の世代は、未だに贈答品は百貨店、三越の、高島屋の、大丸の、松坂屋の包装紙でなくてはならないと言ったような習慣になっておりましたのに、間も無く雲散霧消してしまうかも知れません。このニーズの変化に対応出来なければ、ますます百貨店の首は絞まります。本当に厳しいですね〜

令和6年1月1日、能登半島地震が発生しました。未だ安全な生活(食事や衛生面)が保証された避難所で過ごす事の出来ない被災者が数多くおいででございます。一刻も早く環境が改善されますよう心よりお祈り申し上げます。

岡山県の事情は次号に譲ります。

次号に続く

写真右(三越)は『本の万華鏡 百貨店ある記』国立国会図書館デジタルコレクションより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その108 2024年1月9日

軽井沢の年末年始に付いて、書き留めておきたいと思います。軽井沢の天気は、誠に不安定でございます。晴れマークが出ていても昼近くまで曇りは普通です。TVの洗濯物を干す情報で「◯」であっても、昼前までは曇っていますので、残念ながら日が落ちるまでには乾きません。「最初から乾燥機に入れておけば良かった!」と嘆くこともしばしばです。
それにしても暖かい年末です。軽井沢の各家もお正月用の門飾りで雰囲気が盛り上がって参りました。
今朝(12月30日・土)、早い時間に小学校3年生の孫(女子)とハルニレテラスまで朝の散策と洒落込みました。まだ9時前でしたが、サワムラ(ベーカリー&レストラン)は満席の盛況でした。誠に元気な孫で、出発から45分、5,500歩で帰宅しました。孫に負けじと頑張りましたが、疲労困憊で次の予定は、キャンセルさせて頂きました。何ともだらしのない有様でございます。
他方、今年も複数の友人が逝きました。彼岸への距離は充分に有ると思っていた手前でございますが、意外に短いのかも知れません。
皆、素敵な方達でした。本当に寂しいです・・・

新しい年が始まりました。拙宅のそば(徒歩5分)の長倉神社【延喜式(平安時代の文献)に記載されている】も、昨晩からお参りの方達で賑わっていました。千曲川水系の湯川が流れる側(ソバ)の神社、この神社の境内には、相撲の土俵や水路が有ります。特別凄いのは巨木です。幹に耳を当てると中を流れる何かを聞き取る事が出来ます。ジブリの映画に出てくるような雰囲気が有ります。是非、足を運んで巨木に耳を当ててみて下さい。【しなの鉄道・中軽井沢駅から徒歩5分】
新年を迎えました。明けましておめでとうございます。レトロコインをこよなく愛して下さる全ての皆様にとって、本年が充実して有意義な一年で有りますよう心よりお祈り申し上げます。
元旦の一日を、のんびり過ごしていた午後、16:10に能登半島地震が発生しました。震度7.0、マグニチュード7.6の巨大地震です。
1995年(平成7年)1月17日・5時46分に起きた阪神淡路大震災、死者6,434人、負傷者104,906人、全壊、半壊家屋が20万を超える巨大地震でした。
2011年(平成23年)3月11日・14時46分、東日本大震災が宮城県牡鹿半島の東南東沖を震源に発生した巨大地震はマグニチュードは、9.0と日本周辺における気象庁観測史上最大の地震、死者22,318人、建築物の全壊、流出、半壊、合わせて406,067戸。
そして、2024年(令和6年)1月1日(元旦・月)に能登半島地震が起きました。東日本大震災から僅か13年を置いての巨大地震の発生でした。
本日(令和6年1月8日・月・成人の日)現在、未だ地震の全体像は掴めておりません。道路事情の悪化(地滑り、液状化、土砂災害、加えて降雪その他)により援助物資等の未着に依る非常事態に陥っています。感染症(コロナ他)も心配されます。

軽井沢は震度4でしたが、活断層の無い地域としては強い揺れを感じました。その後も震度3、震度2、震度1の揺れが有りましたが、こちらに住まいして約15年の中で最も大きい地震でした。拙宅も非常時用持ち出しリュックサックを用意しておりますが、このリュックの存在を忘れており、気付いたのは揺れが落ち着いた後でした。女房殿は瞬時に用意しておりました。これは歳の差がなせる技と理解しております。

次号では改めて、広島県下百貨店の現状に付いて述べたいと存じます。

次号に続く

写真右(長倉神社)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その107 2023年12月26日

いよいよ本年のクリスマスもメインイベントが近づいて参りました。日曜日(24日・クリスマスイヴ)、月曜日(25日・クリスマス)は、観光でお越し下さった皆さまで、どのくらい賑わうのか想像もつきませんが、大いに楽しんで頂きたいと思います。
北陸、東北、北海道や西日本で今冬一番の寒気と積雪が予報されておりますので、くれぐれもお大事にお過ごし下さい。
軽井沢の23日(土)は、マイナス9.8度まで下がり今冬一番の冷え込みとなりました。
22日(金)、通院からの帰り道、軽井沢に着くと空からチラチラ白いものが落ちて参りました。次第に増えて行きましたが積雪は、ほんの僅かで済みました。強い風が雪を吹き飛ばしたのではと思います。
ホワイトクリスマス状態が明日、明後日まで続くよう祈っています。
そのクリスマスイブの朝、気温は、マイナス8.6度とこの時期としては寒いのですが、イブらしい寒さかも知れませんね〜 
【軽井沢全ての地区で、クリスマスイブは大賑わいで明日のクリスマス本番はどうなることやら・・・】
クリスマス当日を迎えました。朝の気温はマイナス6.5度、例年のクリスマスらしい気温です。
【クリスマス当日は、イヴに比べ一段と多くの人出だったようです。都会から近い場所で、素敵な雰囲気を味わえる環境へのご評価と存じます】
軽井沢高原教会のそばを散策していると何処からかバイオリンの音が聞こえてきました。音の方向に向かうと音源は、「石の教会」(内村鑑三記念堂)でした。結婚式があったようです。クリスマスイブに結婚式とは何とも雅(ミヤビ)を感じます。
披露宴も、いろいろな所で行える軽井沢は人気があるわけです。
この時期の結婚式と披露宴は年毎に増えており、今や限界に近付いているようです。早い時期の予約をお奨めします。
来年夏には軽井沢の歴史とロマンと共に歩んできた、旧軽井沢「万平ホテル」が改装含む長期のメンテナンスが終了し、再開しますので狙い目かも知れません。令和元年から耐震工事を中心にメンテナンスを行なっている「重要文化財 旧三笠ホテル」も来年夏、再開の予定と伺っております。本当に楽しみです。
先日、石の教会でバイオリニスト廣津留すみれさんが演奏されました。石造の教会は「音」の響きが素晴らしいと伺っております。

さて、前号では、山口県の百貨店事情を説明させて頂きましたので、いよいよ中国地方最大の人口を持つ広島県に入ってまいります。
広島県の人口は、約2,771千人、全国順位は12位です。
広島市1,185千人、以外1,586千人となっています。
1)広島市 1,185千人 2)福山市 459千人 3)呉市 208千人 4)東広島市 189千人
5)尾道市 129千人 その他
全国12位の人口を持つ広島県でございます。ご案内の通り、G7広島サミットも開催されました。中国地域の経済の中心地でございます。百貨店は全国展開中の百貨店が鎬を削り、地場百貨店も頑張っており、激烈な商戦を展開しております。当地でも郊外型商業集積、アマゾンに代表される無店舗販売等々、東京、大阪、その他地域と同様の状況と存じます。
百貨店苦戦が報じられる機会が多くなってから15年以上が経過し、正に生き残りを賭けた商戦になっているようです。
広島市内中心部では、紙屋町西・そごう広島店、胡町(エビスマチ)・三越広島店、福屋八丁堀本店、福屋広島駅前店、の4店舗が営業中でございます。その他、五日市駅前に福屋が、福山駅前に天満屋福山店が営業中でございます。岡山に本店を置く天満屋さんは、広島の中心部から全て撤退しました。中国地方最大の人口と消費力を誇っている広島でも、このように厳しい状況ですので百貨店冬の時代を象徴する出来事でございます。PARCOにつきましても、売り場面積の縮小を図り継続しております。
呉市にスケールの大きな百貨店、呉そごうが、1990年(平成2年)3月18日オープンしましたが、残念ながら2013年(平成25年)1月31日閉店致しました。百貨店ファンである手前は悲しい気持ちで一杯です。

本年も大変お世話になりました。皆様にとって来たるべき新年が充実し可能性に満ちている一年でありますよう信じて止みません。
ありがとうございました。新年もレトロコイン共々よろしくお願い申し上げます。
追伸 本年は厄介な病に費やす時間が多くなりました。来年中に先が見えるようになりたいものです。

次号に続く

写真左(万平ホテル)、写真右(旧三笠ホテル)は、Wikipediaより

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ムッシュの歴史散歩 第八十七回 ヘスティアとディオニュソス 2024年4月1日

 (上の写真は左がThrace. Thasos Tetradrachm銀貨 148BC以降 ディオニュソス/ヘラクレス立像、右がCilicia, Nagidos Stater銀貨 374-356BC アフロディーテ座像、後ろにエロス/ぶどうを持つディオニュソス立像)

 ヘスティアは暖炉、家庭、家族、国家の正しい秩序を司る女神であり、アテナ、アルテミスと並ぶ処女神である。また、クロノスとレアの娘であり、ゼウスやポセイドン、ハデス、ヘラ、デメテルと姉弟である。ヘスティアはローマ神話のウェスタと同一視される。

 古代ギリシアでは家の中心は炉であり、従ってヘスティアは家庭の守護神として崇められた。元々、スキタイで信仰された主神である。また、国家は家庭の延長上にあるとされていた為、国家統合の守護神とされた。それ故、各ポリスのヘスティア神殿の炉は重要な会議場であり、新植民地を建設した際には、ヘスティアの聖火をもたらす風習があった。

 神話においては、クロノスの長女とされ、それ故、クロノスに最初に飲み込まれ、クロノスがゼウスによって倒された時、最後に吐き出された為、最年少とも言われる。また、ポセイドンとアポロンに求婚されたこともあったがこれを断り、ゼウスの頭に手を置いて永遠の処女を誓ったという。ゼウスは結婚の喜びと引き換えに、全ての人間の家の中央に座すこと、生贄の最良の部分を得ること、全ての神殿で他の神々と栄誉を分つことといった特権を与えたとされる。ヘスティアは家の中心に座す為、そこから動くことができず、従って戦ったりすることはなく、それ故、重要な神でありながら神話にはほとんど登場しない。

 オリュンポス十二神の別伝では、ヘスティアの代わりにディオニュソスを入れることもある。これはオリュンポス十二神に入れないことを嘆く甥のディオニュソスを哀れんで、ヘスティアが譲ったという。

 ディオニュソスは豊穣と葡萄酒と酩酊の神である。その起源は不明。ローマ神話のバッカスと同一視される。

 そのディオニュソスはゼウスと愛人セメレーとの間に生まれた。ゼウスの正妻ヘラはセメレーに「愛人ゼウスは本物か?」という疑惑を吹き込んだ。疑惑に耐えられなくなったセメレーはゼウスに、ヘラと会う時と同じ姿で来るように頼む。仕方なくゼウスは雷霆を持った本来の姿でやってくると、人間であるセメレーはその光に焼かれて死んでしまう。ゼウスはヘルメスにセメレーの焼死体からディオニュソスを取り上げさせ、己が腿の中に埋め込んで臨月まで匿ったという。生まれたディオニュソスはセメレーの姉妹イーノーに娘として育てられた。ヘラはイーノーにもその夫アタマースにも狂気を吹き込み、その息子達を殺させた。

 その後、ディオニュソスはブドウ栽培などを身に付け地上を彷徨いながら自らの神性を認めさせる為、信者を獲得しながらインドまで征服する。彼には信者やサテュロス達が付き従った。自分の神聖を認めないものは狂わせたり、動物に変えるなどして、神として畏怖される存在となっていった。こうして世界中に自分の神聖を認めさせ、死んだ母セメレーを冥界から救い出し、遂に神々の仲間入りを果たした。

 まあ、そんな訳でディオニュソスのコインはあるけれど、ヘスティアのコインは見つかりませんでした。

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ムッシュの歴史散歩 第八十六回 ポセイドン 2024年3月25日

 (上の写真は左がLucania, Poseidonia Stater銀貨(480-400BC)右に前進するポセイドン/左向の雄牛、右がBatrian Kingdom Tetradrachm銀貨 アンティマコス1世(185-170BC)カウシア帽の国王/三叉の矛を持つポセイドン立像)

 ポセイドンは海と地震を司る神で、オリュンポス十二神ではゼウスに次ぐ強さを誇る。

 最大の武器は、ティターノマキアーの時にキュクロプスから贈られた三叉の矛で、容易に嵐を起こし、大陸を沈めることも、万物を粉々にすることもできる。また、巨大地震を起こすこともでき、その凄まじさに、地球が裂けて冥界が顕になるのではないかと、冥界の王ハデスは危惧したという。真鍮の蹄と黄金の鬣を持つ馬、或いは半馬半魚の海馬ヒッポカムポスの引く戦車に乗っている。彫像や絵画に表されるその姿は勇壮で神々しいが、現代ではアニメや漫画で狂言回しのように扱われたり、海に関係する船やロボットの名前に使われたりする。

 神話ではクロノスとレアの子供であり、ゼウスの兄でハデスの弟となっている。妻はアムピトリテでその子供がトリトンである。また愛人との間にオリオンやペガサスがいる。

 アムピトリテは美しい海の女神にして強力な力を持っていた。ポセイドンは求婚したが、彼女はポセイドンを嫌いオケアノスの宮殿に隠れてしまう。ポセイドンがイルカ達に彼女を探させると、一頭のイルカが彼女を見つけ、説得してポセイドンの元に連れてくる。これにより二人は結婚する。ポセイドンは古くは大地の神であったが、この結婚によって海をも司ることができるようになったという。また、この時の功績により、イルカは天に上げられているか座ができたという。

 ポセイドンは美しい長髪の女性メドゥーサと密通を重ねるが、処女神アテナの神殿で交わってしまったためにアテナの怒りをかう。しかし、ゼウスと並ぶ大神のポセイドンを罰することができないアテナは、怒りの矛先をメドゥーサに向け、美しい長髪を蛇に変え、見るものを石にしてしまう恐ろしい怪物にしてしまう。更に、これに抗議したメドゥーサの二人の姉、ステンノーとエウリュアレーも同じ姿に変えてしまう。メドゥーサはペルセウスに首を切られ、飛び散った血からペガサスが生まれ、メドゥーサの首はアテナの盾に取り付けられたことから、魔除けとしてメドゥーサの首が描かれるようになる。

 ポセイドンは海を支配する神であるところから、海上交易が盛んだったイオニア系ギリシア人に信仰されていた。イオニア人の英雄テーセウスは父親がポセイドンの半神半人だと言われた。これはドーリス系ギリシア人の英雄ヘラクレスの父親がゼウスであるとする伝承への対抗だと言われている。

 古代ギリシアでは、オリンピックの前後の年、ポセイドンを讃えるイストミア大祭という競技会が開かれていた。この大祭は、古代オリンピック、ピューティア大祭(デルポイのアポロンを讃える競技会)、ネメア大祭(ネメアのゼウスを讃える競技会)と共にギリシア四大競技会の一つであった。

ポセイドンはローマ神話のネプチューンと同一視された。古代ローマでは馬の神、競馬の神として、競馬場の近くに神殿が建てられた。

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ムッシュの歴史散歩 第八十五回 ヘルメス 2024年3月18日

 (上の写真は左がローマ帝国ガリエヌス帝 Billon Antoninianus 財布とカデュセウスを持つマーキュリー、右がUSA 10Cents 1939 マーキュリー PF FDC)

 ヘルメスは神々の伝令、特にゼウスの使いとされるが、そこから転じて旅人や商人の守護神となる。また、使いとして往来することから、流れや万物流転の神として流通、流浪、液体、解釈といったものを司る。カドゥケウスという超自然的杖を持っていて、これを印として冥界、地上界、天界を行き来する。

 ヘレニズム以降は数多の神々と同一視され、学芸や医学、錬金術等も司るとされる。その他にも竪琴や笛、数、アルファベット、天文学、度量衡を発明し、火の起こし方を発見し幸運と富を司り、牧畜、賭博、競技の神ともされた。

 ヘルメスはゼウスとマイアの子とされる。ゼウスは神々の伝令となる神を作る為、ヘラに隠れてマイアに会いに行くことで泥棒の才能を、ヘラに隠し通すことで嘘の才能を、ヘルメスが持つようにさせた。

 ヘルメスは早朝に生まれ、昼にはアポロンの牛を盗んだ。彼は証拠品を燃やし、牛を後ろ向きに歩かせ出ていった形跡をなくした。アポロンはヘルメスの仕業と見抜くと激怒してゼウスの前に彼を突き出した。しかしヘルメスは、生まれたばかりの自分にはできるわけがない、嘘のつき方も知らない、と嘯いた。このことでゼウスはヘルメスに、泥棒と嘘つきの才能があることを知り、アポロンに牛を返させた。アポロンは納得がいかなかったが、ヘルメスが亀の甲羅に羊の腸を張って作った竪琴を奏でると、それが欲しくなったアポロンは牛と交換してヘルメスを許し、更にヘルメスが葦笛を作ると、アポロンは友好の証として毛リュケイオンの杖をヘルメスに贈った。この物々交換から、ヘルメスは商売の神と呼ばれ、その後各地を飛び回ったことから旅の神になった。

 ヘルメスはヘラの子ではなかったけれど、疎まれていたアレスと入れ替わってヘラの母乳を飲んでいた為、ヘラも我が子同然に可愛がった。

 ゼウスが美女イオと密通していることを知ったヘラはゼウスに詰め寄るが、ゼウスはイオを雌牛に変えしらを切ったが、ヘラはその雌牛をゼウスから貰い受け、百眼の巨人アルゴスに見張らせた。ゼウスの命を受けたヘルメスは、葦笛でアルゴスを眠らせその首を刎ねた。ヘルメスは「アルゲイポンテース(アルゴス殺し)」と呼ばれた。

 ヘルメスは先住民族の神であったのを、ギリシア人が取り入れ、更にドーリア人の侵入によってアポロンが牧羊神となった為、ヘルメスは数多の職能を持つようになったと言われる。その後、ローマ神話におけるメルクリウス(英名マーキュリー)と同一視され、共に水星を指す。

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ムッシュの歴史散歩 第八十四回 ヘパイストス 2024年3月11日

 (上の写真は左がシチリア島 AE 23 右手にハンマーを持つヘパイストス座像、右がシチリア島 AE Hexas ヘパイストス右向頭像)

 ヘパイストス(ヘーパイストス)は元々雷と火山の神だったが、後に炎と鍛治の神とされた。古くは小アジアからエーゲ海、シチリア島等、火山地帯で崇拝された神だと言われている。ローマ神話ではウウルカヌス(Vulcanus)に相当し、これを英語読みするとヴォルケーノ(Volcano)或いはヴァルカン(Vulcan)となる。

 ヘパイストスはゼウスとへーラーの第1子である息子ながら、母親のヘーラーからは冷遇され続ける。

 ゼウスが前妻のテミスとの間に立派な子供を産んだのに対し、焦ったヘーラーは正妻としての名誉を挽回するために単性生殖で子供を産んだ。これがヘパイストスである。しかしヘパイストスは両足が曲がった醜い子であったため、怒ったヘーラーが生まれたばかりの子を天から海に投げ落とした。これを海の女神に拾われ9年間育てられた後、天に帰った。まったく、困った親もいたもんだ。

 ヘパイストスは母から冷遇され続けたが、ある日、大変豪華で美しい椅子を作って母親に送った。これに感激したヘーラーが座った途端、体を拘束され動けなくなった。その後、ディオニュソスがヘパイストスを酔わせて天に連れてゆき、解放させたという。この親にしてこの子あり、を地で行く話だ。

 神話というものは論理的ではないので、色々と矛盾することがある。ギリシア神話でそれが結構激しいのは、伝わる話が断片的であったり、編纂者によって集めた元の話が違っていたりするからだろう。

 母親であるヘーラーから疎まれ、他の神々からもバカになれがちなヘパイストスだが、ゼウスの盾や雷、アポロンとアルテミスの矢、アキレウスの武具一式、青銅の巨人タロス、ヘラクレスの青銅の鉦等は、ヘパイストスが作って神々に提供したものだ。

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ムッシュの歴史散歩 第八十三回 デメテル 2024年3月4日

 (上の写真は左がルカニア メタポントゥムのStater銀貨 330-300BC デメテルと麦の穂、右がギリシアの10Drachmai 1930年 デメテルと麦の穂)

 デメテル或いはデーメーテールは豊穣神であり大地の女神である。後にローマではケレスと同一視される。このケレスが更に時代が下って、フランスのセレスとなる(Δημητηρ→Ceres→Cérès)。

 クロノス(ゼウスの父)とレア(大地の女神)の娘でゼウスの姉である。デメテルには子供が多い。ゼウスとの間にコレ(後の冥府の王妃ペルセポネ)、弟ポセイドンとの間に女神デスポイナと名馬アリオン、イアシオンとの間にプルートスとピロメロスを産んだ(イアシオンは嫉妬したゼウスの稲妻に撃たれた)。

 デメテルは怒ると飢餓をもたらす。テッサリアのエリュクシトーンが、デメテルの聖地の森の木を根こそぎ伐採した時には、彼に飢餓をもたらし、食べても食べても飽き足らず、しまいには自らを貪らせ死に追いやった。

 デメテル信仰は歴史が古く、紀元前16世紀前後にはデメテルの祭りであるエレウシスの秘儀が始まっていた。つまりギリシア土着の農耕民族の大地の女神であった。これを遊牧民族が征服したことを反映して、ゼウスに屈するデメテルという話が出来上がったらしい。

 デメテルの娘コレ(ペルセポネ)が、ゼウスに拐かされ冥界の王ハデスに連れ去られると、デメテルはゼウスに抗議し、天界を捨て地上を彷徨う。これにより大地は荒廃した。結局、ゼウスが折れコレ(ペルセポネ)を帰還させると、デメテルが喜んで大地が再び潤った。これは先の遊牧民族がデメテル信仰を迫害したため、農耕民族が各地を転々としながらデメテル信仰を続け、これを完全に無くすことを諦めた遊牧民族が自身の信仰と融合させたことを物語っている、と言われている。

 帰還したコレ(ペルセポネ)は冥府でザクロの実を口にした。冥府の食物を口にしたものは冥府に住まなければならない。これにデメテルが猛抗議をしたため、ゼウスと神々は1年を、食べたザクロの実の数で割り、1/3又は1/2を冥府で、残りをデメテルの元で暮らすこととし、デメテルはペルセポネが冥府にいる間は実りをもたらさないこととした。これが季節の起源とされる。

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ムッシュの歴史散歩 第八十二回 アルテミス 2024年2月26日

 (上の写真は左がシラクサ Tetradrachm銀貨 巻き髪のアルテミス・アレトゥーサ、右がパンフィリア Tetradrachm銀貨 アルテミス/アルテミスと鹿)

 アルテミスはゼウスとレトの娘で、アポロンとの双子とされ、オリュンポス十二神の一柱とされているが、元々はギリシアの神ではないらしい。先住民族の原始宗教から取り入れられたらしい。

 アルテミスは狩猟や貞潔の女神で、ローマ時代のセレネと同一視され月の女神とされたり、ヘカテと同一視され闇の女神とも考えられた。弓を持ち獣を引き連れた森の神として描かれることが多く、矢をそそぐ女神として、遠矢射る神としての弟アポロンとともに疫病と死をもたらす神でもある。また人身御供を要求する神であって、ギリシア各地に人身御供の痕跡が残されている。

 アルテミスはオリオンと仲良くなるが、オリオンを嫌うアポロンの策略にあって、自らの矢でオリオンを射殺してしまう。アルテミスはゼウスにオリオンの復活を訴えるが、ゼウスは認めず、代わりにオリオンを天に挙げ星座にすることでアルテミスを慰めた。一方でアポロンが蠍にオリオンを襲わせたということから、さそり座が天に登るとオリオン座は逃げるように西に沈むという。

 またトロイア戦争でアルテミスが支援したトロイアが滅亡した時や、へーラーに自分の弓で殴られた時等、父ゼウスに泣きつくという小娘のようなところもある。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その106 2023年12月20日

先日(12月12日・火)、師走の半ばを前に暖かい日が続いていました。夜来の雨が上がると陽射しに恵まれ、お昼前に気温は11度にもなりました。この時期としては破格の暖かさです。
軽井沢町は、町内各地でクリスマス関連の催しが行われます。軽井沢駅南口駅前エリア、旧道エリア及び中軽井沢駅及び星野エリア、中軽井沢星野エリアでは、高原教会「星降る森のクリスマス」が開催されます。期間は12月3日(日)〜25日(日)開催時間19:00〜21:30、入場は予約制です。詳細は、軽井沢高原教会・星降る森のクリスマスでお調べ下さい。
イルミネーションも大変美しく、各々の場所で楽しい時間を過ごせます。代表的な場所を記します。軽井沢プリンスショッピングプラザ【ガーデンモール芝生の広場(12月19日・火 点灯時間17:00〜22:00)入場無料】、旧軽井沢ロータリー付近(入場無料)、ホテルインディゴ軽井沢(ホテル内の庭園含む・入場無料)、中軽井沢駅駅前広場(入場無料)、星野地区では、高原教会、ハルニレテラス等々で展開しています。トンボの湯前広場のクリスマスツリーも綺麗です。勿論、観覧無料です。
このところ早朝は濃霧に見舞われます。浅間山も霧の中で雄々しい姿を見る事は、なかなか出来ません。今月下旬には最低気温がマイナス二桁になる予報も出ています。寒さを嫌がるより今の暖かさに感謝すべきですね〜。
他方、12月14日は、1702年(元禄15年・旧暦)のこの日、赤穂浪士47人が本所・松坂町の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちをした日本人にとって忘れ難い一日でございます。彼等は「義士」と呼ばれ現在に至るも多くの方達から尊敬を集めています。
東京都港区高輪の泉岳寺(曹洞宗・切腹して果てた47人が葬られています)、兵庫県明石市の花岳寺(カガクジ・曹洞宗・浅野家菩提寺)では、義士祭が行われます。
【播磨赤穂藩藩主・浅野内匠頭長矩(タクミノカミナガノリ)が、高家(江戸城内の式典の礼儀作法を教育する役目)の吉良上野介義央(キラコウズケノスケヨシヒサ)に、城内・松の廊下で切り掛かる刃傷事件を起こし、即日切腹を申し付けられ、播州赤穂浅野家は改易となりました。
吉良上野介には全くお咎めは無く、当時の常識(喧嘩両成敗)では受け入れられない処置と、一般民衆の間でも不満轟轟でした。
改易となった赤穂藩は、再興を願って家老・大石内蔵助が中心になり、幕府の翻意を求め種々の提案を提出し懸命に努めましたが再興は叶わず全ての道が閉ざされました。全ての道を閉ざされた結果、浅野家を浪人した47人が、公儀(江戸幕府)に対して「不公平打破」を旗印に実力行使に移りました。本懐を遂げたものの世の中を騒がせたとして、公議は全員に切腹を命じ、全員が亡き主人の元に旅立ちました。遺体は泉岳寺に葬られました】
歌舞伎に於いては、演目を「仮名手本忠臣蔵」として拍手喝采を受け続け、現在に至っている義太夫狂言です。幕府から咎められないよう主人公(リーダー)の大石内蔵助を大星由良之助と言う名前で登場させます。時の為政者に気を遣っている様子が分かります。

追伸 クリスマスが近づいている事もあり、寒い日も暖かい日も多くのお客樣で賑わう軽井沢でございます。軽井沢でのクリスマスが記憶に残りますよう祈っています。
今朝(12月18日・月)の気温は、マイナス9.1度と今冬最低を記録しました。予想最高気温は、プラス2度止まりです。
あの北海道・旭川市の気温より低い軽井沢です。

山陰地方の百貨店事情に続き、山陽地方の百貨店事情に廻ります。山陽、中国地方から近畿地方に移って行こうと存じます。
先ずは山口県に入ります。県庁所在地は山口市、百貨店は、下関市に下関大丸百貨店がございます。1977年の開業で、全館改装を実施し営業環境を整えながら、現在営業中でございます。北九州市小倉に本店を置く井筒屋さんの子会社、井筒屋山口店がございます。広島に本店を置く福屋さんも、岩国市麻里布町で福屋岩国店を運営しています。大手百貨店の子会社や県外資本の百貨店が展開しており、他県同様この地においても各百貨店間で営業上の闘いがあり出店、閉店を繰り返し、現在に至っています。中国地方の一大消費地広島を隣接県に置く山口県、小売業界の厳しさを改めて考えさせられました。

次号に続く

写真左(軽井沢高原教会)、写真右(大丸下関)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その105 2023年12月13日

師走に入り“らしい”気温が続き、天候は安定したかと安心していると、今日(12月8日・金)の朝は、マイナス4.2度でしたが最高気温は13度以上になる予報が出ています。明日は、もっと暖かくなるようです。自然災害が心配される程の気温の不安定さです。何事も無いよう祈っています。
他方、12月8日は忘てはならない一日です。1941年(昭和16年)12月8日(日本時間)、日本軍が、ハワイ真珠湾を奇襲攻撃し太平洋戦争に突入して行きました。結果はご案内の通りです。何とも皮肉な話ですが、敗戦に依って自由と民主主義を得る事が出来、その果実を日々享受している私達でございます。
クリスマスが近づき、街の雰囲気はテンションが一段と上がってまいりましたが、コロナ前に比べ何となく華やかさに欠けているように感じるのは私だけでしょうか?

時の経過は誠に早く、レトロコインオークションも節目の10回目を迎える事が出来ました。偏に皆様のお陰でございます。心から御礼申し上げます。
本日(12月9日・土)は快晴に恵まれ、気温も20度を超え、この時期としては信じられない小春日和に恵まれました。多くのお客様が足を運んで下さり、盛況のうちに幕を閉じる事が出来ました。オークションに参加下さった全ての皆様に心から御礼申し上げます。

百貨店の落日に付いて北海道から東北、中部、信越、山陰と私見ながら述べさせて頂きました。山陰が終わったところで山陽に廻り、近畿へと上がってまいります。その後、九州に入り終了としたく存じます。

次号に続く

写真右(パールハーバー)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その104 2023年12月6日

前号に於きましては、北陸三県(富山県、石川県、福井県)の百貨店事情を述べさせて頂きました。従前の競争相手に加え新手(通販業種ほか)との闘いに疲れ、店を閉じる選択をした店舗も有ったりで熾烈な闘いを強いられる百貨店の姿がございました。

今号では、山陰地方(鳥取県、島根県)に付いて述べたいと存じます。

鳥取県下、米子高島屋は、2020年3月に全株式をジョイアーバンに譲渡、JU米子高島屋として営業を継続、鳥取駅前の丸由百貨店【まるゆう・旧鳥取大丸の屋号を2022年(令和4年)丸由百貨店に改める】が営業しています。岡山市に本店を置く天満屋の米子新町天満屋が営業しております。他方、大手百貨店が重荷になりつつあった地方店舗から手を引いて行った苦渋に満ちた姿が垣間見えます。
島根県下では現在、松江駅前に一畑百貨店が県下唯一の百貨店として営業しておりますが、残念ながら来年(2024年1月)65年間の歴史に終止符を打つ事になりました。松江城を始め出雲大社や宍道湖で有名な島根県下に百貨店が無くなるのは何とも寂しゅうございます。
「コロナにとどめを刺された!」と表現した方がおりました。本当に残念です。
その昔、新宿に本店のある百貨店さんの商品部から一畑百貨店さんを紹介され足を運びました。数日に亘る打ち合わせが終わり取引は成立、出店の運びとなりました。小売業にとって、一日一日が勝負でございます。綺麗事でなく日銭の多少が勝負なのです。日銭を支えるのは顧客の獲得とレベルの高い商材、そして最も大切なのは素敵で的確な会話が出来る販売員が用意出来れば鬼に金棒です。先ずは優秀な販売員を送り込み、現地採用の販売員を日々の業務の中で手前共の販売ノウハウを徹底的に教え込みます。これは所謂、初期投資です。成果が得られたと判断できるまで教育係は居続けます。成績を上げられる販売員を用意出来るか否かが会社の生死を分けます。小売業に於いて「生き残る会社」には優秀な販売員が必要不可欠です。これは正に鉄則でございます。

次号に続く

写真左(出雲大社)、写真右(一畑百貨店)は、Wikipediaより

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ムッシュの歴史散歩 第八十一回 アレース 2024年2月19日

 (上の写真は、左がブルティウム同盟のAE27銅貨(面がアレース)、右がタルソスのStater銀貨(背がアレース))

 アレース(又はアレス)は戦いの神である。同じ戦いの神でも、アテーナーが栄誉や計略の神であるのに対し、アレースは戦いの狂乱と破壊の神である。ローマ神話ではマルスと同一視され、火星を表す。

 アレースは、戦いの神でありながら人間でもあるディオメデスに負け、ヘラクレスには半死半生の目に遭わされ、巨人の兄弟アロアダイには青銅の壺に13ヶ月押し込められる…と、全くいい話がない。それはギリシア人から抗戦的な神格が不評であったこと、アレースがギリシアにとって野蛮の地トラキアで崇拝されたためだと言われる。

 アレースは、ヘパイストスの妻アプロディーテを愛人とし、ポボス(フォボス、敗走)、デイモス(恐怖)兄弟、娘ハルモニア(調和)、アマゾン他の蛮族の父となる。また、アレースの引き起こした戦争によって冥界の住人が増えたことから、冥界の王ハデスとも交友がある。

 ギリシア神話の男神の中でも一二を争うイケメンで、本当の姿は200メートルを超える高身長だ。

 ゼウスに唯一勝った怪物テューポーンが、ゼウスの王権を奪うため攻めてきた時には、神々は変身してエジプトに逃げたのだが、この時アポロンは鷹に、ヘルメスはコウノトリに、アレースは魚に、アルテミスは猫に、ディオニュソスはヤギに、ヘラクレスは子鹿に、ヘパイストスは雄牛に、レトはネズミに変身した。

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横浜ランチレポート17 とんかつ馬車道さくら 本店 2024年2月14日

本日ご紹介するお店は「とんかつ馬車道さくら 本店」です。

ちょっと足を伸ばして馬車道まで歩いていくと、行列が出来ているお店を発見!待つのは躊躇するタイプのれと美ですが、不思議と気になったので待ってみることに。ペコペコ状態からの10分は長かったですが、無事入店。ランチは、曜日毎の日替わりメニューから「揚げ物3種盛」or「4種盛」のどちらか、また他には「ロースかつ定食」をはじめ各種定食も選べます。色々なカツを楽しみたい方には、日替わりメニューがオススメですよ(^o^)
ご飯、しじみ汁、キャベツはおかわり自由!そんな最強な条件のもと、れと美はロースかつを一口頬張りその柔らかさに一旦停止(笑) メンチカツはジュワッと肉汁が出るほどで、笑顔で食べ進んだ幸せなひと時でした!しじみ汁で胃を整え、次は何曜日に食べに行こうか今から楽しみなれと美でした(>。<)
楽しいランチタイムを☆

ランチタイム:11:00〜16:00
予算:990円〜
定休日:なし
所在地:横浜市中区相生町4-67 レジディア横濱馬車道1F(弊社から徒歩15分)
電話:045-264-9239

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その103 2023年11月28日

夜明けからの数時間、雲や霧に覆われ浅間山の姿が見えない機会が多くなり始めました。冬が近付いている証です。目まぐるしく浅間山の姿が変わります。今朝(11月24日・金)の浅間山は、台風接近を思わすように、猛スピードで雲が流れていました。
特筆すべきは最低気温が9.9度と、この時期にしては有り得ない暖かさでした。自然災害をもたらす様な事態を招かないよう祈るばかりです。
他方、昨日(勤労感謝の日・休日)、昼前に散歩に出てハルニレテラス、村民食堂に立ち寄り、コーヒーブレイクを楽しみ、帰宅しました。
ハルニレテラスから村民食堂へ繋がる小径は、湯川が木々を縫って流れる姿も美しく、インバウンドの方達が旅の記憶を留める為にスマホが大活躍していました。
紅葉は終わり観光資源が枯渇している、この時期に沢山の人で賑わう様子は活気が満ち溢れ、軽井沢の人気を肌で感じます。
賑わいの中心はインバウンドの皆さん達でございます。星野地区に足を運んで下さっているお客様の、正確には分かりませんが40〜50%近くが、インバウンドの皆様と存じます。京都や大阪、江戸よりは少ない比率と存じますが流石の軽井沢です。昔から多くの外国人に支えられた軽井沢でございます。当時とは違った意味で、楽しんで頂ける環境が整い、東京から新幹線で約1時間で到着する環境も足を延ばして下さる要因の一つかもしれません。
老婆心ながら一年中、沢山のお客様が足を運んで下さる軽井沢ですが、お客様が常に納得してお過ごし頂けるよう、新しい環境作りが求められているものと存じます。企業や行政だけでなく住民を含めて考えなければならない問題と存じます。
さて、今朝(11月26日・日)の最低気温は、マイナス3.2度、冬の軽井沢が始まりました。

さて、前号では新潟県下百貨店の興亡に付いて述べました。今号では、新潟の隣接圏、富山県、石川県、福井県の北陸3県下の百貨店に付いて述べたいと思います。
富山県下では、金沢に本社を置く大和百貨店の支店が中心地、富山市総曲輪(そうがわ)に1923年(大正12年)開店以来、建て替えや総曲輪内での移動を経て、現在も富山県唯一の百貨店として健在です。一時、西武百貨店さんも出店しておりましたが、撤退されました。
石川県下の百貨店としては、金沢市片町から香林坊に移転しても大和百貨店が輝いています。県民の誇りでもあり素晴らしい百貨店でございます。
三越金沢店は、1930年(昭和5年)開店も、1935年(昭和10年)閉店致しました。その他、丸越百貨店(現エムザ)も既に百貨店形態から専門店形式に変わっております。金沢でも百貨店の生き残りは熾烈を極め、現在、大和百貨店が県下唯一の百貨店として誇り高く営業を続けております。大和百貨店は、金沢と富山の2店舗体制で運営されております。
さて、福井県下の百貨店事情ですが、福井西武が県下唯一の百貨店として営業中です。
1948年(昭和23年6月28日・16:13)現坂井市(旧丸岡町)を震源にマグニチュード7.1の大地震が発生、当時の表現で烈震、最大震度6、この地として未曾有の被害を被りました。当時、大名町に金沢を本店とする大和百貨店が出店しておりましたが、鉄筋コンクリート7階建ての建物は、大きく傾き、倒壊寸前となりました。犠牲者数は3769人と、1995年の阪神大震災が起きるまで最多の犠牲者数になりました。現在、隣の鯖江市はメガネで、福井市は恐竜の町として、人気が高くなりつつあり期待を繋いでおります。福井地震から75年が経ちました。決して忘れてはならない記憶です。
この地は戦国時代、北の庄と言われ浅倉一族が統治しておりました。浅井氏と手を握り、織田信長に敵対、結果は滅亡!その後、秀吉が織田信長亡き後の後継者を選ぶ戦いに於いて柴田勝家が居城としていた北の庄城で一戦を交え勝利したものの、勝家の奥方は信長の妹お市、憧れの姫君を失う事になりました。織田信長の血に対する憧れは消えず、浅井長政とお市の方の娘(長女)茶々を、後に側室として迎えました。後に淀君となり豊臣の滅亡を招く。他方、秀吉の飽くなき思いに驚くと同時に、この地のお土産には何故か何時も絹を連想させるツルツルピカピカな生地の羽二重餅を選んだ事が記憶に残っています。

次号に続く

写真左(丸越百貨店)、写真右(羽二重餅)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その102 2023年11月21日

雨が翌日からの寒さを呼び込む季節になり始めました、間も無く本格的な冬が始まります。今日(11月18日・土)の午後は、初雪が予報されています。拙宅も薪ストーブの準備【乾燥した薪を1シーズン分有るか確認する。昨年使用したストーブのメンテナンスの確認を行う】を全て済ませ、ストーブの本年の火入をいつにするか思案しています。現在はエアコンで充分な暖を取れていますので思案する時間は残されています。
今年は暑過ぎた夏の所為でしょうか、栽培中の「椎茸」は不作でしたが、つい数日前に椎茸のカバー(暑さ除けの不織布)を外してみると、何と沢山、椎茸が成っていました。数日後お客様のお腹に収まりました。「美味しい!スーパーで買ったみたい」これはお褒めの言葉と受け取りました。お土産に持ち帰った方からは「椎茸を直に収穫し、持ち帰り料理に供するとは何と贅沢な事でしょうか...」過分なお褒めも頂きました。椎茸のお陰で我家の株が上り椎茸様様です。
今年の予報は暖冬であったように記憶しておりますが、19日(日)は夜来の雪が朝で上がったものの寒い午前中でした。本年の初雪でした。
午後に気温が二桁を超えましたので雪は見事に消えました。体感としては、寒い冬にも感じます。寒さ厳しい軽井沢の冬を楽しみたいと願っております。
他方、軽井沢町は本年8月1日を以って町制施行100周年を迎えました。次の100年が注目されています。町民のスローガンは「次の100年も誇りたい!」。引き続き多くの皆様が足を運びたいと思って下さる町でありたいと...

前号では、長野県下の百貨店に付いて述べました。今回は、隣接県の新潟県下の百貨店に付いて述べさせて頂きます。
1982年(昭和57年)11月15日、上越新幹線が大宮駅〜新潟駅間(現在は、東京駅〜新潟駅間)で開通。約2時間で結びます。
時の経過は早く本年で開通40周年を迎えました。
この路線は、日本列島の中央分水嶺である三国山脈を横断する為「大清水トンネル」など多くの区間がトンネルです。豪雪地帯である新潟県内を中心にスプリンクラーによる融雪装置を備え、新潟県内の駅はプラットホーム全体が屋根で覆われるなど雪害対策が講じられています。
日帰りで荷物を持たずに楽しめるスキーが一世風靡したのも上越新幹線のおかげでした。
この豪雪地帯に新幹線が開通する為には政治家・田中角栄氏の「力」が存分に発揮されました。この件に関しましては別途、述べさせて頂く機会が有ればと存じます。
常に雪と共に有った北陸の地方都市が、上越新幹線の開通に伴い一躍、表舞台に出てまいります。雪に影響されず観光客や買い物客が街に溢れ風景が一変したのです。新潟県の人口は現在2120千人、新潟市人口は現在771千人、依って百貨店は新潟市内での展開に限られました。
現在は、新潟三越伊勢丹が唯一の百貨店でございます。
1907年(明治40年)古町に小林呉服店としてスタートした新潟三越、いろいろな資本の変更が行われ1980年(昭和55年)、正式に新潟三越となりました。1970年代の古町は、大和百貨店(本社・金沢)、イチムラデパート(高島屋グループ)、長崎屋、緑屋、等々、其々が繁盛を極めていた時代です。上越新幹線が開通し万代地区が開発されるとお客様の足は新しい商業集積(新潟伊勢丹含む)に向かい、古町地区の大型店は、次々撤退して行きました。古町地区に残った新潟三越は、伊勢丹と三越が経営統合した事から2020年3月22日、113年間の歴史に終止符を打ちました。
万代地区で展開中の新潟三越伊勢丹【1980年(昭和55年2月21日)開店】が新潟県、唯一の百貨店になりました。栄枯盛衰は世の習いとは言うものの、凄まじい資本の戦いが行われ残ったのが1店舗だけとは、いやはや涙も出てまいりません。
余談になりますが、新潟伊勢丹から取引依頼を頂き、上越新幹線で2時間足らずの出張に出ました。それまでの新潟県のイメージは、豪雪、コシヒカリ、佐渡島【金山と朱鷺(トキ)】、この程度でございました。新幹線が流通に新しい風を届けたのが「日本列島改造論」の第一歩で有ったように記憶しております。長時間に亘る打ち合わせを終了後、夕食をご馳走になりました。行形亭(イキナリヤ)さんと言う、300年を越す老舗に案内して下さいました。この店の女将が実に心の広い方で「この地に、このような大きな土地を手に入れる事が出来たのは、直ぐそばに刑務所が在ったからです。刑務所との境の小路に「地獄極楽小路」と名前が付いています。服役中の囚人が、夜毎の宴会の嬌声や三味の音を、どのような思いで聞いたのかと思うと...」、嬌声を上げるお客様でなく刑務所の中で嬌声を聞く囚人ばかりが脳裏に映ります。
各地の百貨店の変遷は予想以上に凄まじく新潟も同様でした。深く大きな溜息が出ます。

次号に続く

写真右(地獄極楽小路)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その101 2023年11月14日

立冬を過ぎた軽井沢の朝は暦通り冬を感じる寒さですが、今年は特別なのでしょうか。昼間の気温は高く過ごし易く誠に有難く存じます。
庭の小さな畑も昨日、お仕舞いにしました。昨年の畑仕舞いは、10月下旬でしたので10日〜14日、遅くなっているようです。
5月中旬、苗を近所のJAで購入してから始まった今年の畑は、猛暑が大きく成長に影響したようですが何とか無事に終える事が出来ました。
大袈裟な表現で誠に恐縮ですが、八百万の神に感謝する気持ちでいっぱいです。畑を本職にしている皆さんは「涼しい軽井沢だから、この程度の影響で済んだけど、他の地域では再起不能に立ち至った農家もあるようだ」と自然災害(猛暑)の怖さを語っておられました。
「一雨くると一気に本格的な冬になるのでは」との意見も、土地の古老の間には複数あり何とも心配です。
「暖冬の折に大雪が降る事が多いのよ〜」心配な情報ばかりが集まってまいります。軽井沢も2014年(平成26年)2月15日の朝、公式発表で98cmの積雪が有りました。当時、拙宅の雪の深さは、軽く1mを超えており、正式発表の98cmは少なすぎる感を強くしておりました。自衛隊の災害出動を頂き14日間程度で旧に復しました。他方、自宅の前の道をスキーを履いてスコップを担いで滑っていく人がいるのを見て、軽井沢町でも大雪に見舞われる事も有ると改めて認識した次第です。
噂話ですが、積雪が1mを超えると豪雪地帯に編入されるらしく不都合な事が多くなるようで、何とか1m未満で済ませたのでは?と言った穿った見方も多数有りました。
この冬は暖冬であったと記憶しています。今冬が、そうならないよう祈っています。
今朝(11月14日・火)は、マイナス4.2度まで冷え込みました。庭は、霜で真っ白です。
いよいよですね〜覚悟、覚悟!

愛知県下の百貨店の事情は、前号でお話しさせて頂きました。どこの地域でも同様ですが、競争相手が多く、それも次々と出現すると言った厳しさで現状維持する事すら出来ず、閉店に追い込まれた百貨店も多く問題山積です。
名古屋から中央西線の特急で松本への所要時間は3時間前後で到着です。百貨店は昔も今も、井上百貨店さんが頑張っておられます。
井上百貨店さんは1885年(明治18年)創業、現在に至る。本店以外にギフトショップを複数展開、東筑摩郡山形村にショッピングセンター「アイシティー」を展開、この本店以外のギフトショップや山形村のショッピングセンターが大活躍、郊外型ショッピングモール(イオン)や通販事業者と鎬を削りながら本店の支えになっているそうです。
松本駅前の松本パルコは2025年(令和6年)2月閉店予定。1984年(昭和59年)8月の開店を考えますと41年間の営業でした。
松本から中央西線(篠ノ井線)特急しなの号で1時間少々、長野県の県庁所在地長野市に到着します。駅前に長野東急百貨店がございます。
1958年(昭和33年)11月10日開店、長野市唯一の百貨店です。東急グループを作り上げた後藤慶太氏が長野県小県郡出身であったことが長野県の県庁所在地である長野市に百貨店を開業する運びになったと伺っております。

蛇足ながら、現在、月に1回、軽井沢から信州大学医学部附属病院に通院しております。軽井沢から新幹線で長野、中央西線特急しなの号に乗り換え松本へまいります。この路線は本当に日本の中央を繋いでおり私は松本で下車するのですが、名古屋に向かう特急しなの号の後ろ姿に拍手を送りたくなる自分に気付きます。

次号に続く

写真右(特急しなの)は、Wikipediaより

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レトロかきこ Instagramはじめました 2024年2月8日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪
このたび、Instagram公式アカウントを開設しました!

“コインのある暮らし”をテーマに、皆さまの毎日がより楽しくなるようなお知らせをお届けしていきます。
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早速、近隣のホットな情報です!
2/10(土)中国のお正月「春節」です♪
大晦日にあたる2/9(金)深夜24時少し前より、横浜中華街、山下町公園(中華街内・関帝廟通り沿い小公園)にて、カウントダウンイベントが予定されています。
新年を祝う獅子舞と盛大な爆竹を体験できますよ!関帝廟で中国式の初詣も♪(^^)

横浜中華街 “横浜春節祭” 2月1日(土)~2月24日(土)
獅子舞や爆竹、華やかな衣装のパレード、中国伝統芸能の表演、幻想的なランタンオブジェ、中国式福引き“紅包”、春節らしい中華料理など盛り沢山!

横浜春節祭 横浜中華街ウェブサイト

ぜひこの機会に、レトロコインご来店と合わせてお楽しみ下さい♪(*゚▽゚*)

【来店予約・お問合わせ】
営業時間 毎週月曜〜土曜日 11:00~16:00。日曜祝日は定休日とさせて頂いております。
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旭日50銭銀貨 大正6年 PCGS-MS66 今週の映えコイン 2月7日

今週の映えコインは「旭日50銭銀貨 大正6年 PCGS-MS66」です。

先日、横浜では今年初の体感出来る積雪がありました。数センチ積もるだけで交通機関が麻痺してしまいニュースにもなる程ですが、弊社のある山下町では積雪は珍しく、ここ数十年の間ですっかり雪の降る回数が減ったなぁと感じるれと美です。

さて、今回ご紹介するコインもPCGS社により「MS66」のランクがついており、鑑定枚数538枚中の29番目のハイランク品です。旭日50銭銀貨の最終発行年で残存数多く、同銘柄の中ではトップの鑑定枚数です。コインを見る時、コインを傾け様々な角度から愉しむものですが、本コインは輝きや時代色が鮮やかに変化し、それにもってこいの状態です。特に表面は円周部のみ薄いトーンがかかり内側の平地部分は原色の美しい輝きを放つ、見れば見るほどコントラストがステキな状態です。是非直接ご検討頂きたいオススメの逸品です。

このコインが製作された大正6年、6月30日には、漫画家、下川凹天(しもかわ へこてん)の短編アニメーション映画『塙凹内名刀之巻』(はなわへこないめいとうのまき)が公開されました。現存するアニメーションとしては日本最古の作品です。侍の凹内は、古物商の店先で買った刀の切れ味を試すため、辻斬りをしようと按摩の後ろに近づきましたが、逆に返り討ちにあってしまいます。気を取り直して、今度は走ってきた飛脚を襲おうとしましたが、殴られたり、踏みつけられてしまい、「人殺し~」と叫びます。気づけば、買ったばかりの刀は、折れ曲がっていたので、侍は刀を捨ててしまいました。刀はやはり"なまくら"だったのでした。この作品は『なまくら刀』とも呼ばれています。

写真右(塙凹内名刀之巻)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その100 2023年11月7日

軽井沢の朝の冷え込みは大変厳しいのですが、昼間は、この時期にしては考えられない程、暖かい日が続いています。本年最後の三連休【11月3日(金)〜5日(日)】は、暖かさにも誘われた多くの人出で賑わうものと思います。
庭の灯台躑躅(ドウダンツツジ)が大きな気温差からでしょうか、正に灯台のように明るく輝いています。本当に美しく見入ってしまいます。
対照的にダリアは白く輝いています。朝の寒さの中、凛として本当に素敵です。
朝靄や朝霧が多いこの時期ですが、この自然現象を散歩しながら楽しむ方達が多く見受けられます。健康増進が図れると仰る方が多くおいででございます。
拙宅からハルニレテラスに通じる坂道(歩道が整備されていて安心して散策を楽しめます)が見えます。紅葉もたっぷり楽しめます。
朝霧に煙った中を楽しそうに散策する方達を時々見受けます。霧の効果でしょうか、話し声がすぐそばで聞こえたり致します。本当に楽しそうです。
前述の三連休は予想通り大賑わいでした。軽井沢の台所と言われる「スーパーツルヤ」さんは、数千台と言われる駐車場が朝から満杯で入場出来ない多くのお客様が他のスーパーマーケットやコンビニへ流れていると噂されています。凄まじい人気と利用者数です。
軽井沢は落ち葉の絨毯が完成に近づいてまいりました。紅葉は最終段階を迎えています。残り惜しい気持ちで一杯ですが、標高の低い地域の紅葉が始まっています。しなの鉄道を利用して15分の処に「懐古園」、25分の処に「上田城」が有ります。紅葉が進み間も無く真っ盛りだそうです。
懐古園内及び周辺には、蕎麦の名店が沢山ございます。新蕎麦の時期でもございます。頭の中で新蕎麦の香りが蘇ります。蕎麦と日本酒は相性抜群です。加えて、もうすぐ新酒も出てまいります。併せてお楽しみください。

さて、愛知県の百貨店に目を転じてみましょう。多くは名古屋市内(名古屋駅地区及び栄地区)に集中しています。
愛知県の東端、豊橋市のJR豊橋駅付近に大丸松坂屋百貨店豊橋店、ほの国百貨店(前身は豊橋丸栄百貨店)は2020年(令和2年)3月15日閉店。JR名古屋駅周辺には全国展開をしている大手百貨店の支店が鎬を削っています。
JR名古屋高島屋【2000年(平成12年)3月15日開店・JR東海と高島屋との合弁事業・JR桜通口すぐ)】、名古屋名鉄百貨店本店【1954年(昭和29年)開店・JR広小路口徒歩数分】、JR名古屋駅前広小路口再開発の決定で時期未定ですが閉店を決定、支店の一宮名鉄百貨店は、2024年(令和6年)1月31日を以って閉店予定。
栄地区 大丸松坂屋百貨店本店【1910年(明治43年)2月開店】、名古屋三越【1980年(昭和55年)開店】、丸栄百貨店【1943年(昭和18年)創業、2018年(平成30年)6月30日閉店】、名古屋地区では、松坂屋、三越、名鉄、丸栄の4百貨店を頭文字のアルファベットから4Mと称し、名古屋市民はもとより愛知県民の多くに愛されてまいりしたが、残念ながら丸栄百貨店は平成30年に閉店、4Mの牙城が崩れました。

他方、鉄道網(新幹線含む)が整備されるに従って、城下町で発展した地域や門前町として発展した地域は、百貨店に足を運ぶお客様の環境の変化に対応する事が出来ず今に至ったものと推察しております。
車社会が進み沢山の車が駐車できる場所に城下町や門前町は恵まれず、郊外型のモールを始めとする商業集積に商いの優位を奪われた事も衰退への理由の一つと思います。百貨店が、この苦境からの脱出する妙手は有るのでしょうか?外商等で顧客と濃密な繋がりを持つ百貨店の巻き返しを期待するばかりです。

次号では、JR中央西線で名古屋と繫る松本へ、長野へ足を運びます。

写真右(ほの国百貨店)は、Wikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その99 2023年10月31日

軽井沢は、間も無く紅葉真っ盛りの季節を迎えます。木々の葉が日々、朱に染まってまいりました。長倉神社(平安時代の記録書『延喜儀式』に記載されている由緒ある神社です)の裏手に位置する長倉公園も誠に美しく染まっています。この素晴らしい環境の中を、これから七五三を祝う多くのお子さん達で賑わうものと思います。黄色い歓声が加わりますから、更に美しさと賑わいが増すものと存じます。いや〜楽しみですね〜。

どこまでも澄み切った青空が来たるべき冬を知らせています。その前に、長野県各地からワインの出来上がりを伝えるメールや豊穣を祝う祭りが開かれます。ワイン生産量は、全国で山梨県に次いで、第2位の長野県でございます。
◎ 日本アルプスワインバレー【松本市、安曇野市、大野市、池田町、山形村、朝日村、その他 ナイアガラコンコード種、生食用のデラウエア、巨峰も使ってワイン醸造に取り組んでまいりましたが、現在はヨーロッパ種の葡萄も使って生産しています】
◎ 桔梗ヶ原ワインバレー【塩尻市桔梗ヶ原を中心に葡萄栽培が盛ん ナイアガラコンコード(赤ワイン用)、メルロー(赤ワイン用)、その他】
◎ 千曲川ワインバレー【小諸市、東御市、長野市 メルロー(赤)、シャルドネ(白)、カベルネ・ソービニヨン(赤)、ピノ・ノワール(赤)】
◎ 天竜川ワインバレー【中央アルプスと南アルプスに囲まれた盆地、メルロー(赤)、シャルドネ(白)、山葡萄系のヤマソービニヨン(赤)、その他】
この四大地域で、葡萄の栽培、ワインの製造に取り組んでいます。長野県下で栽培される葡萄の種類は様々ですが、最も多いのが赤ワイン用のコンコード(アメリカ原産ラブラスカ種を起源とし甘口で飲み易い)、次いで白ワイン用のナイアガラ(コンコードとアメリカ原産キャッサディー種の交配により作り出しました)、竜眼(白ワイン・ヨーロッパから中国を経由して日本に伝わり善光寺付近で栽培されていたところから善光寺葡萄とも呼ばれる)、信濃リースリング(白ワイン・小諸マンズワインが作り上げた独自の品種)、浅間メルロー(赤)・信濃リースリング(白)同様、小諸マンズワインが作り上げました。
軽井沢に住まいしていますと、この時期、身近な小諸市や東御市に出掛けて行く機会がついつい多くなり、ワインとチーズを楽しむ機会に恵まれています。土曜(28日)、日曜(29日)の2日間、しなの鉄道「中軽井沢駅」駅前広場で千曲川ワインバレーのイベントが開催されましたので、土曜日に足を運びました。ワイン、チーズを始め美味しい産品が数多く並び、活気溢れるイベントでした。それぞれが大変美味しく、ちょっと試飲が過ぎました。

先月号の神奈川県下の百貨店の頁で、平塚駅前の梅屋百貨店さんの記載を失念しました。改めて記させて頂きます。
梅屋百貨店さんは、1963年(昭和38年)開店、2011年(平成23年)百貨店部分を閉店、改装(耐震促進法に則った改修工事を行う)後、新たに専門店のみの「ユーユー梅屋」として開店、専門店として再出発しましたが、湘南に唯一残った百貨店は姿を消しました。
神奈川県の隣県、静岡県下の百貨店は現在、静岡松坂屋(JR静岡駅前)、遠鉄百貨店(JR浜松駅前・遠州鉄道新浜松駅横)の2店舗が営業しております。
数十年前のJR沼津駅前は、多くの買い物客が行き交う大変な賑わいの地区でした。沼津西武百貨店【JR沼津駅前1957年(昭和32年)開店「沼津で東京の買い物を!」をキャッチフレーズに多くのお客様で賑わいましたが、2013年(平成25年)1月閉店致しました】、JR静岡駅を中心に複数の百貨店が鎬を削る活気あふれた商業地域でしたが時代の流れに抗しきれず現在の姿に立ち至りました。
静岡伊勢丹(JR静岡駅前呉服町)は、2022年(令和4年)6月30日閉店致しました。浜松松菱百貨店【1937年(昭和12年)開店、2001年(平成13年)11月閉店】、他に浜松西武百貨店【1971年(昭和46年)鍛冶町に開店、1997年(平成9年)11月閉店】、丸井浜松店【1974年(昭和49年)開店、1994年(平成6年)閉店】、複数の百貨店が鎬を削った浜松地区でございます。
この地区は、楽器(ピアノ、電子楽器)ではヤマハ、カワイ、ローランドが世界に有名を馳せ、オートバイでは、ホンダ、ヤマハ、スズキ、軽自動車でもスズキ、木工機械では日本初の木工機械製造に成功しており日本の工業発展の礎を築いた地域でもございます。他に浜名湖のうなぎ養殖、浜名湖のアサリ、遠州灘のトラフグ、シラス、三ヶ日のみかん、お茶の生産も活発に行われており、車窓から防霜用の扇風機が林立している姿は風物詩にもなっております。
静岡から愛知に入りますと、百貨店の趣が変わります。地図上でも日本の東と西を分ける地区になっており、誠に興味深い地域でございます。
NHKTV「どうする家康!」の次回放送(11月5日日曜)は、「天下分け目」愛知県から岐阜県に入り、東海道新幹線・岐阜羽島駅を過ぎるとすぐに関ヶ原です。423年前、武士が天下を二分して争った「関ヶ原」、地図上でも日本の半ばの地域に見えます。
他方、百貨店業界の興亡は顧客のニーズの変遷と大きく関わっており合わせて興味が広がります。

次号に続く

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その98 2023年10月24日

軽井沢星野地区(ホテルブレストンコート、ハルニレテラス、村民食堂、トンボの湯、野鳥の森、その他)は、紅葉が進む中、沢山のお客様で朝から大変賑わっていました。店外のテーブルは各店共にお客様でいっぱいでした。夕方前から雨の予報が出ていますが、お客様は増えるばかりです。各ショップの前には入店を待つお客様達が列を作っていました。入店を待つお客様が楽しく待てる何か方法はないのかなと、大混雑するであろう土日を前に誠に心配です。明日からは気温が下がる予報で、日曜日の最低気温はマイナスが予報されています。
朝採れの野菜や果物(多くは葡萄やリンゴ、時々、柿その他)にもお客さまの歓声が溢れていました。何処を歩いても落葉樹から舞い落ちる落ち葉が誠に美しく、散策に彩りを添えてくれます。
低温が心配された10月22日(日)ですが、最低気温はマイナス0.5度程度と寒くはございますが予想の範囲内で問題無く過ごせました。
沓掛テラス(しなの鉄道中軽井沢駅2階・ユーティリティースペース)では、ピアノとバイオリンのデュオがミニコンサート(11:00からと13:30からの2回公演・1回約60分)が行われ、満員(70名程度)の観客で拍手喝采でした。入場料は無料です。
11:00のコンサートを楽しんでから、紅葉の進む森を両側に挟み未だ積雪のない浅間山を目の前にしながら散歩の足を進めました。
このミニコンサートは初夏から秋にかけて日曜日ごと(不定期)に開催され、いろいろなデュオを楽しめます。
他方、旧軽井沢地区の観光名所雲場池(スワンレイク・このところ白鳥を見る機会に恵まれません)は沢山の観光客で賑わっていました。近所の駐車場にはどこも満車の札が掛かっていました。

此処数号、横浜市内のアメリカ(米軍基地及び施設)に付いて述べてまいりました。そろそろ本題に戻ります。横浜市の伊勢佐木町商店街にあった2百貨店(野澤屋&松屋)は形態を変えながら存在していましたが、最終的に松坂屋という名前を最後に2008年(平成22年)閉店致しました。
横浜駅周辺では、横浜駅西口の横浜高島屋と、東口のそごう百貨店を残すのみとなりました。
神奈川県下の百貨店は、川崎市JR川崎駅東口駅前に、さいか屋百貨店(2015年5月閉店、跡地には2019年8月8日・大丸松坂屋を傘下に持つJフロントリテイリングがパルコ系の「ゼロゲート」を開店)、岡田屋百貨店(後に横浜駅西口に形態を変え岡田屋モアーズとして移転)、京浜急行上大岡駅に京急百貨店上大岡店、さいか屋横須賀店・藤沢店、小田急百貨店藤沢店と細々ながら営業を続けています。
郊外型のスーパーやイオンモール、店舗を持たない通販業界も虎視眈々と拡大を進めております。新しい小売業の形態は、今後どのような変遷を示して行くのか注目しております。
特筆すべきは、横浜元町商店街です。JR石川町駅、みなとみらい線元町中華街駅、大動脈を上手く利用し、みなとみらい地区や横浜中華街と手を繋ぎ、集客作戦を講じながら更なる高みを目指しているようです。今やファッショナブルな商店街が生き残っているのは「横浜元町商店街」が全国で唯一と存じます。日米修好通商条約(安政5年・1858年)が結ばれ、外国人の生活を支える為に時の幕府の命令で作られた商店街が、数々の歴史を刻みながら発展している姿に心から感動している次第です。

次号に続く

写真左(トンボの湯)、写真右(中軽井沢駅)は、いずれもWikipediaより

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ムッシュの歴史散歩 第八十回 アポロン 2024年2月5日

 (上の写真は、左がカリアの太守 Didrachm銀貨 アポロン七分面/ゼウス立像、右がアイオリス、ミュリナ Tetradrachm銀貨 アポロン頭像/アポロン立像)

 アポロン(アポローン)はゼウスとレトの息子であり、アルテミスの双子の弟であり、オリンポス十二神にも名を連ねています。牧畜、予言、音楽、詩歌文藝の神であり、太陽神でもあります。予言の神としてはデルポイの神殿において神託を授けました。また疫病の神であると同時に医術の神として、極めて理性的です。一方で、人間を疫病で虐殺したり、音楽の腕を競う賭けでマルシュアースを生きたまま全身の皮膚を剥いで殺す、といった残忍さも持ち合わせています。

 アポロンはギリシアの神とされながら、『イーリアス』では常に小アジアのトロイア側に加担し、母親のレートーも小アジアの大地の女神であり、アポロンも母に付き従う植物神を核としているところから、様々な神格の集合体と見られています。また誕生後、ギリシアに現れる前には北方に暮らしていたとされるところから、北海と地中海を結ぶ「琥珀の道」との関わりも考えられるようです。

 アポロンといえばデルポイの神託が有名です。デルポイは古代ギリシア世界では最大の権威を持つ聖地で、神託を受けたギリシア人たちの捧げ物で繁栄しました。かのアレクサンダー大王でさえ、東方遠征中に敵兵の武具を寄贈したといいます。このデルポイは元々ガイアの聖地だったものを、番人の大蛇ピュートーンを射殺して奪ったものだといいます。この他、生誕地とされるデロス島やミレトス近郊のディデュマも、アポロンの聖地とされています。

 アポロンを称える祭りはピューティアの大祭といい、4年に一度、オリンピックと被らないように開かれました。音楽や演劇、詩や散文の朗読競技が行われましたが、のちには運動競技や戦車による競争も加わっていきました。したがって全ギリシアから参加者や見物人が集まり、国際親善の場ともなりました。優勝者にはアポロンの聖樹である月桂樹の冠(月桂冠)が贈られました。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その97 2023年10月17日

天気予報では晴れマークが出ていても、なかなか太陽が出てくれません。霧が出たりもします。これが、この時期の高原特有の気象なのかも知れません。先日は、別荘地内で迷子になるという失態を演じましたが、この歳にして良い経験でした。「別荘地内の道など...」と、たかを括っていた事が事故に繋がりかねないと改めて分かった次第です。
軽井沢には多くの有名別荘地がございます。旧軽井沢地区(雲場池地区、旧道地区、その他)、中軽井沢北部地区(星野地区、千ヶ滝地区その他)、中軽井沢南部地区(南が丘地区その他)、南軽井沢地区(レークニュウタウン他)、西軽井沢地区、以外にも複数の別荘地がございます。
他方、今年は熊出没情報も例年に比べ多いように思います。栗を始めドングリも不作のようで、冬眠時期が迫る現在、彼方此方を餌探しに奔走している熊の姿が脳裏をよぎります。「浅間大橋」のそばにも出没しており、心配が募ります。熊さん達の食糧不足も大変心配です。どの別荘地を散策しても、栗やドングリが歩道に落ちています。熊さん達が自分のテレトリー以外で食糧を見付ければ、人間の生活圏に入って来るのは止むを得ないものと存じます。共存するには動物への思いやりも肝要です。中軽井沢地区では、ピッキオさん(星野リゾート内・星野エリア)が、熊の動きを把握していると承知していますが、人間同様、お腹が空き過ぎるとコントロールも難しくなるようです。拙宅は、三井の森別荘地が至近でハルニレテラス(星野エリア)まで徒歩10分位の場所ですが、朝夕の散歩の折は熊への心配もしなければと思っています。
徐々に紅葉が進み始めました。熊や猪の出没はあるものの本当に美しい季節が始まりました。
軽井沢町の行政(役場)や代表的な医療施設(軽井沢病院・町営)は、しなの鉄道「中軽井沢駅」(北陸新幹線・軽井沢駅から、しなの鉄道線に乗り換え、小諸に向かって次の駅・所要時間約5分)から徒歩5〜6分の所にございます。
他方、旧軽井沢地区は、中軽井沢地区に比べ湿度が高く永住には不向きと土地を探している折、知り合いから教えられました。寝具を置いたまま別荘を離れ数日間が経過しますと戻った折には、寝具は水分を吸ってビチョビチョになり処分しなければならなかった事も度々だったようです。
従って夏季滞在期間中は、貸布団屋さんを利用するのがベターと考えられていたようです。日本を代表する観光地で有り、憧れの別荘地の一つですのに沢山の貸布団屋さんとは...なかなか腑に落ちませんでしたが、異常な多湿が根本問題とわかり、貸布団屋さんの存在理由が分った次第です。
現在は、湿気取り用の家電(ダイキン・カライエ等々)が発達しており、押し入れやクローゼットに数多く設置すれば問題ないものと存じますが、永住目的の方達は、中軽井沢地区の旧軽井沢地区に比べ、低い湿度と高齢者には必要不可欠の病院や行政が身近にある事に惹かれる方も沢山居られます。斯く言う手前も、その一人でございます。行政からの連絡も密で、既に7回目のコロナワクチン接種も済み、インフルエンザワクチン(有料・高齢者は1,000円)の接種も今月中には終わります。細かい気遣いに感謝しております。

神奈川県下には、現在も沖縄に次いで2番目に多い米軍基地がございます。横浜市、横須賀市、逗子市、相模原市、座間市、綾瀬市、大和市に種々の米軍基地及び施設がございます。どの基地や施設も返還日時は決まっておりません。
50年以上前になりますが、横浜市中区山下町には上級将校専用の将校クラブが何軒かございました。看板とは異なり一般人も入店できるクラブも複数ございました。太陽が沈むと、ネオン管を始め見たことも無い沢山の美しい看板が輝き、これを見るだけでもアメリカを直に感じて興奮しておりました。未成年でしたが本牧のPXを思い出し、米ドルや軍票を手に入れて異国の門を叩きました。小さく見えるお店でもフルバンドが入りJAZZやブルースを演奏し踊れるスペースも用意されておりました。小さな面積を有効に使ってフルバンドを入れる為、壁にバンドマンが座れる場所を作るなど工夫の跡が見られました。【照明が暗いので、バンドの位置の不自然さに気付くお客様はいないようでした】

大和市と綾瀬市に跨る広大な敷地には厚木飛行場が有り、現在も米海軍が自衛隊と共同使用しております。航空母艦艦載機は日本に近づくと母艦を離れ厚木飛行場に飛来します。夜になると相鉄線・相模大塚駅に近い基地周辺のバーやレストランは生きている事に感謝する米兵で満席になり、30軒もあるどの店も満員続出で店舗外にも溢れ出ていました。問題を起こす米兵や泥酔している米兵を諌めたり逮捕したりする為に定期的に見回りに来るSP(SECURITY POLICE)の腕章(紺色)を巻いた憲兵は、誠にカッコ良かったのを覚えています。相鉄線・大和駅周辺にも米兵に依って栄えた飲食店(レストラン&バー)が多数あり大変賑わっておりました。
横須賀市に目を転じますと、軍港としての歴史が深く、加えて米海軍が現在同様、太平洋の中核として位置付けていた為、沢山の米兵で溢れておりました。ドブ板通り始め、複数の商店街には各種レストランが有り、艦船の入港時には多くの水兵さんが闊歩していました。他方、相模原市には米軍、座間キャンプがございます。米陸軍第一軍団前方司令部が置かれ、在日米陸軍の中枢部としての役割を果たしております。国連軍後方司令部も陸上自衛隊も駐屯しております。
根岸の森林公園【旧根岸競馬場・1866年日本初の常設洋式競馬場として開場、1943年閉場・1969年(昭和44年)アメリカの接収解除、その後、馬場を全面撤去の上、公園として整備)】周辺には異国情緒が漂います。松任谷由実さんの歌で有名な、カフェレストラン「ドルフィン」は、この地にございます。
私が森林公園に足を運んでいた当時、公園は造成工事の最中で完成した所から随時、開場しておりました。私と事業を共にしていた友人が突然、亡くなり失意の日々を送っており、毎日、工事中の森林公園を散歩する事で憂さを晴らしておりました。私の心を癒やす大切な公園でした。
森林公園の一部に「馬の博物館」がございます。入り口近くに幻の名馬トキノミノルの銅像があり、馬との触れ合いが出来る設備も用意されています。アクセスは、横浜市営バス「滝の上」下車すぐ、JR根岸駅下車・市営バス桜木町行き約7分、その他、沢山の路線バスがございます。
公園と道を挟んだ所に在る鉄筋4階建ての建物の一室を借り、住まいしておりました。この建物は、カナリアを日本に紹介した外国人がオーナーでした。外国人の生活用に設計されており、当時の日本人としては驚くほど便利な仕様で作られておりました。此処で生まれた子供達も現在50代、40代になりました。私が歳を取る訳です。

次号に続く

写真左(横須賀米軍基地「バークレー・フィールド」運動場での演奏風景)、写真右(根岸競馬場)は、いずれもWikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その96 2023年10月10日

10月6日(金)は、最低気温が3.6度まで下がりました。急な冬の接近で身体がついて行きません。
一昨日、コロナワクチン7回目の接種を受けました。副反応が厳しく未だ平熱に戻りません。女房殿も一緒に受けましたが、健康を維持しており、ご婦人の強さを改めて思い知らされた次第です。接種会場にはマスクをした高齢者の皆さんが沢山訪れていて、軽井沢町の高齢化を改めて肌で感じた次第です。インフルエンザの予約は、来週始まりますので忘れ無いように努めます。ワクチン接種後、副反応が現われる前に、プリンスショッピングモールに足を伸ばしました。沢山の県外車が駐車場を占めており、相変わらずの人気です。他方、人気観光地の雲場池は、紅葉には若干早かったのですが、美しく静かな雰囲気を保っていました。
7日(土)は、トンボの湯前庭で行われているイベント(絵本販売)を見に、散歩に出ました。村民食堂のコーヒーを頂き、一息ついて帰路につきました。途中、いつも気になっていた道筋を使って帰ろうと一念発起して蕨尾橋を渡りました。体調も戻っていない中で懸命に歩きましたが、完全に迷子になりました。途中で別荘地管理のジープに出会い難を逃れました。誠にラッキーでした。この日の歩数は何と12000歩を超え、体の節々が悲鳴を上げていました。別荘地内の道路は複雑と聞いていましたが、本当に舐めてはいけません。大いに反省した次第です。
歩き過ぎの一夜が明け心配された副反応も落ち着きましたので、中軽井沢駅の2階で行われたハープとチェロのデュオが奏でるミニコンサート(無料)を楽しみました。同時に開催されているマルシェで昼食の具を購入し帰宅、タイの方が作ったガパオライスを頂きました。居ながらにしてタイ料理を味わいました。何処に足を運んでも沢山のお客様で賑わっており、紅葉が進むこれからの観光シーズンがチョット心配です。

さて、敗戦直後の横浜は、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー アメリカ陸軍元帥の宿舎に、ニューグランドホテルが選ばれた事から、横浜は連合軍の上級士官を始め多くの将官用の宿舎が建設され、日本の中の外国の様相を呈して行きました。
日米修好通商条約【1858年締結・片務条約(不平等条約)】が結ばれて以来、外国人居留地に住む外国人の数が増え、日常生活を支えるインフラが整っていた事で横浜が連合国軍将官の駐在基地として選ばれた理由の一つと伺っています。
駐在将官家族の日常生活での買い物は、本牧のPX【Post Exchange・購買部(スーパーマーケット)】や「元町商店街」が選ばれていたようです。山下公園沿いの道を本牧方向へ進み、小港を過ぎると山手警察署があり、突き当たりが本牧のPXでした。

横浜市内に沢山の路線が有った市電ですが、1972年(昭和47年)に全線廃線になりました。
私の中学高校生時代、市電元町駅から麦田駅行きに乗りますと、トンネルを抜け一駅で終点麦田駅でした。そこは正に、アメリカでした。
学校の関係でしょうか、多くの友人が、元町始め山手や本牧に住まいしており、下校の折など随分と足を運びました。
当時のPXは私達にとって夢のワンダーランドでした。今で言えばディズニーランドのような存在でした。PXの自由さは、よりアメリカを身近に感じさせました。軍票かドルを見せると、未成年であろうとなかろうと、入場出来ました。ボーリング場(人力式)を始め、数々のアクティビティーが有ったように記憶しております。レストラン(スタンドのような簡単なお店も含む)も安価で、楽しかった思い出ばかりですが、働いている方達は殆どが日本人かアジア人が多く、マネージャーは中国人(台湾含む)が多かったように記憶しています。此処も当時は貴重な働ける場所でした。
PXにテナントを出している電気屋さんの倅が同級生でしたので、彼の誘いで学校の帰りに足を運びました。親には内緒にしていました。
レストランで食事をし音楽に接し帰ります。勿論、彼が持ってきた軍票で支払います。このPXから大きな影響を受けました。それまで電車の中で目にする連合軍の兵隊さん達に良い印象を持つ事はありませんでしたが、次第に変わって行きました。
神奈川県には、横須賀海軍施設、厚木飛行場(米軍、航空自衛隊共用)、キャンプ座間、相模総合補給厰、その他施設が、未だ数多く存在しています。いつ返還されるのでしょうか? 

次号に続く

写真左(横浜市電車両)、写真右(電車運転系統図 横浜市交通局)は、いずれもWikipediaより

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その95 2023年10月3日

軽井沢は連日、難しい天気(本年は、気温が高かったり低かったり雨が降ったり止んだり晴れたり曇ったりと天気予報を信じられないような日々が続いています)が続いており、体調を崩す高齢者が大変多く見受けられます。加えて、インフルエンザの流行が例年より早くワクチンの用意も儘ならないようです。斯く言う手前もワクチン投与の連絡を待つ一人です。待望の連絡が町役場からメールが届きました。今月11日から予約が始まるそうです。他方、コロナの7回目接種を明日4日(水)午後、受けます。副反応が小さいよう祈っています。
今朝(10月3日火曜)は、5度まで下がり秋を越して初冬を感じます。

前号に続き、横浜の変遷を思い出しておきたいと存じます。一寒村であった横浜村は日米和親条約が締結された場所として歴史の表舞台に顔を出し始めました。1853年(嘉永6年)、米国のペリー提督が黒船を率いて神奈川県・浦賀に来航、江戸幕府に米国大統領の親書を添え開港と通商を求めました。返答に窮した江戸幕府は回答を1年後に延ばし、その場を繕いました。上席者に依る鳩首会談(結論を得られず参加者全員が鳩のように首を出したり引っ込めたりする姿を表す)を重ね、対応を協議しましたが、あっという間に時間は過ぎ1年後の1854年(安政元年)、日米和親条約【下田、函館、2港の開港、薪、水を始めとして食料や必需品の供給、下田への領事駐在の承認、遭難船の救助、等々】が締結されました。初代下田総領事は、タウンゼント・ハリス氏、総領事館は下田の玉泉寺に置かれました。
その後、米国の公館は、横浜外国人居留地、東京築地の外国人居留地を経て現在の赤坂(米国大使館・現大使は、ラーム、エマニュエル氏)へと移ってまいります。
横浜外国人居留地の名残としてJR線「関内駅」がございます。外国人居留地に於きましては外国人が移動出来る範囲を定め、「関」を設け、関の内だけの移動を許しました。これが「関内駅」の由来でございます。日米和親条約時、横浜村の名主は石川徳右衛門、JR線「石川町駅」が命名された所以となっております。
JR石川町駅から徒歩1〜2分の所に「横浜元町商店街」がございます。前述の横浜居留地に住まいする外国人の日常生活を支援する為に時の幕府の命令で作られた商店街でございます。代官所が街の裏側に設けられていました。現在も代官坂の名称が残っております。
家具の修理屋さんを始め食料品、日本最初のパン屋(イングランドの名称で売られているイギリスパン・食パンです)さん等々、当時の日本人にとっては珍しいものを扱っている商店も多かったようです。商店街に並行して流れる大岡川を渡れば、中国以外では世界中で最も大きな中国人町がございます。中国各地の料理(北京料理、四川料理、上海料理、広東料理、台湾料理)の全てが味わえる素晴らしい中華街でございます。
中華料理屋さんが、大小合わせて500店舗以上で美味しさを競っております。
何故、中華街ができるに至ったかと申しますと、1858年(安政5年)日米修好条約が締結され多くの欧米人が横浜外国人居留地に住まいするようになりますと日本語の出来る通訳が必要になり米国に住まいする中国人が重用されたと伺っております。現在の中華街は横浜外国人居留地内にございます。この日米修好条約(通称ハリス条約・米国日本総領事のタウンゼント、ハリスが米国代表として日本との交渉にあたった)は当時の日本は条約等には無知であった為、内容が片務でしたのに議論に負けて締結してしまいました。勿論、米国有利な内容でした。改正には大変な努力を要しました。世界に目を向けると現在でも経済力の大きな国が、そうでない国に対して結んだ片務的とも思われる約束に依って莫大な利益を上げている現実に眼を疑う事がございます。

皆様に、大変お世話になっておりますレトロコイン本社は、横浜市中区山下町のシルクセンター内にございます。重複説明になり誠に恐縮に存じますがお許し下さい。このシルクセンターは、その昔、外国人居留地内に建てられた「英一番館」の跡地でございます。「英一番館」は、英国の「ジャディーマセソン商会」の建物でした。ジャディーマセソン商会は、大陸では阿片販売の大手であった事から幕府は、阿片の取り扱いを禁じて一般的な輸入業者としてのみの営業を認めました。後に長崎グラバー亭で有名な、トーマスグラバーは、当時、ジャディーマセソン商会の社員でした。幕府は阿片戦争で疲弊した中国の状態をきちんと把握しておりました。
「英弐番館」は、デント商会、武器商人でした。武器の取り扱いは富国強兵を進めていた時の政府に都合良く認められました。

シルクセンターの前に山下公園がございます。ご案内の通り、1923年(大正12年)9月1日に発生した巨大地震(関東大震災)の横浜市内の瓦礫を集めて造成した場所が現在の「山下公園」でございます。公園が無い折は、直ぐに海であったようです。海側から向かって一番右端が「英一番館」「英弐番館」...といったような並びであり船も商館に直接、乗り付けていたようです。桟橋も造られ現在では、
「大桟橋」が大人気の観光地として賑わっております。
1859年(安政6年)開港以来、開港100年を記念して、貿易、観光の振興、生糸及び絹製品貿易の発展を目的に「英一番館」の跡地に
シルクセンターが造られました。シルクセンターをバックに正面を見ますと煉瓦造りの古い建物がございます。2階に「スカンディア」の看板がご覧になれます。北欧(デンマーク)料理がメインでございます。老舗の風格と落ち着きが横浜を肌で感じられる素敵なレストランでございます。横浜で北欧料理、何とも結構です。横浜の現在に繋がる私的(ニューグランドホテル他)、公的建物(税関、生糸検査場、その他)多数が現存しており、失われる前に散策のついでにでも足を運んで頂ければ幸いです。

次号では敗戦後の横浜について記します。

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旧5円金貨 明治3年 有輪 PCGS-MS66 今週の映えコイン 1月31日

今週の映えコインは「旧5円金貨 明治3年 PCGS-MS66」です。

あっという間に1月も終わり、年々1年が早く感じるようになってきた、れと美です(汗)
横浜は割と天候が安定していますが、早咲きで有名な「河津桜」にとってはまだ開花はお預けのようです。神奈川県の三浦海岸駅周辺では京浜急行線の線路沿いに河津桜と菜の花の競演を見ることが出来ます!開花した際には足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
れと美の独り言はさておき...

今回ご紹介するのは、旧5円金貨 明治3年の有輪です。本コインは、PCGS社により「MS66」のハイランクがついており、鑑定枚数95枚中の6番目となっています。原色光沢が見映え抜群の竜図面もさながら、ちょうどよいサイズ感に精緻に彫られた錦の御旗は、美術品の域にあると言っても過言ではありません。一部裏写りもある面白い個体となっています。価値ある逸品を是非お手元に。

この金貨が製作された明治3年、日本橋では、人力車、馬車、自転車など様々な乗り物が行き交っています。
「人力車」の発明には諸説ありますが、和泉要助・鈴木徳次郎・高山幸助の3名があげられます。和泉らは、明治3年東京府(現・東京都)に、人力車の製造及び営業の許可を願い出て、日本橋で営業を始めました。小回りがきき、手軽な近距離交通手段として、人力車は爆発的に広まりました。翌年には東京府下で1万輌以上に増加したそうです。

写真右は、錦朝楼芳虎,孟斎芳虎『東京日本橋風景』(蔦屋吉蔵,明治3年). 国立国会図書館デジタルコレクションより

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レトロかきこ PCGS公式受付センター 2024年1月30日

こんにちは!
レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪
先週土曜に開催しました「古民家で愉しむレトロコイン展」には、多くの皆さまにご来場頂き、誠にありがとうございました!

いつもグレーディングサービスをご利用頂きまして、ありがとうございます。

2024年1月、株式会社レトロコインは、PCGS社より、日本で2番目となる「公式受付センター」を拝命いたしましたことを、ここに報告させて頂きます。

今後も、皆さまのコレクションの充実、大切なコインの状態保全ができますよう、グレーディングサービスのご提供に、誠心誠意、努めさせて頂く所存です。
改めましてどうぞよろしくお願い申し上げます。

今後キャンペーン等、色々な企画を計画中です。決まりましたらホームページにてお知らせします♪

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ムッシュの歴史散歩 第七十九回 アフロディーテ 2024年1月29日

 (上の写真は、左がカリアのヘキササリオン銅貨(左に手を広げたアフロディーテ正面立像:ネットより)、右がアフロディジアスのスターテル銀貨(アフロディーテ座像/アテナ・パルテノス立像:SEABYカタログより))

 アフロディーテ(アプロディテー)は、愛と美と性を司る女神です。泡(アプロス)から生まれたのでこの名がついた、というのはヘシオドスの『神統記』によるものです。侍女に三美神カリス(アグライア(輝き)、エウプロシュネー(喜び)、タレイア(花盛り))が付き従っています。

 アフロディーテは気が強く、ヘーラーやアテーナと美しさを競ってトロイア戦争の火種となり、アドニスの養育権をペルセポネと争ったりしています。

 さてアフロディーテはアドニスの美しさに惹かれ庇護したものの、猪に殺されたので嘆き悲しみ、自らの血を大地に注いだところ、そこから芽生えた花がアネモネと言われる。このアドニスを祭るアドニス祭は特にシリアで行われたことから、東方起源と言われ、アフロディーテもまた東方からの外来の女神であるとされる。また、繁殖と豊穣を司る神として、自ら恋愛をする一方、神々や人々の情欲を掻き立てて恋愛をさせることに精を出す。愛の神エロース(キューピッド)はアフロディーテとアレースの間にできた子供とも言われる。

 アフロディーテはローマ神話ではウェヌス、英語で言うヴィーナスとなる。元々、この豊穣多産の神は東方のイシュタル同様、金星の女神あったため、その名がついたという。

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レトロかきこ 古民家で愉しむレトロコイン展 2024年1月25日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪
久々の更新となり申し訳ございません!早く遅れを取り戻せるよう、頑張ってまいりますので、本年もどうぞよろしくお願いします(*^o^*)

一つ目のお知らせ!
明日1月26日(金)
いよいよ新入荷品のアップを予定しております!
更新時間は未定ですので、、、🌕
神出鬼没の出た時勝負ですー!!
お楽しみに☆

二つ目のお知らせ!
今週土曜のイベントのお知らせです!

   古民家で愉しむ「レトロコイン展」2024冬
        会場 上野桜木あたり ざしき
        時間 1月27日土曜日 11:00~16:00
        オークション即席下見会、オークション出品物お預かり

やまぐち美術さんとのコラボレーションで始まった当催事は、このたびで22回目となります。(今回、出張のため、やまぐち美術さんの出展はお休みです)

当会場では、ウェブサイトでご案内している商品、および、当日までの新入荷品の展示即売、そして"リアル気まぐれ市"も開催!また、終日「なんでも相談会(ご予約制)」を行います。お手持ちのコインをご持参頂き、担当者が詳しくご案内させて頂きます。PCGS、NGCなどスラブコイン全般についてのあらゆるご相談、繊細なコインの管理方法など、専門用語から申込方法、売買相場まで喜んで承ります。

・グレーディングサービスのご相談・ご依頼

事前に、電話かメールにて、コインの内容や枚数、ご相談内容をお知らせ下さい。
恐れ入りますが、多数の場合や特殊なお品を含む場合、会場での対応が難しいことがあり、お預かりしてのご案内とさせて頂くこともございます。ご予約のない方は、お待ち頂く場合がございます。
なお、商品をご覧になるなど、ご相談以外のお客様は、特にご予約の必要はございません。どうぞお気軽にご来場下さいませ。

会場は、JR「日暮里駅」、東京メトロ「根津駅」「千駄木駅」より徒歩10分程度。どうぞこの機会に、どこか懐かしい谷根千の町並みを愉しむ、冬のお散歩にお出かけ下さい。詳しくは、下記のウェブサイトをご覧下さい(アクセスマップもあります)。

八畳のお座敷からは、古民家、季節を感じさせる小さな鉢植え、木々、井戸、通りすがりの猫など、日本の懐かしい風景が見られます。ときどき吹いてくる風に乗って、並びのお店から焼きたてパンやコーヒーの香り、焼き鳥の香ばしい醤油のイイにおいがしてきます。お腹が空いたら、すぐに食べに行けちゃうのも楽しみの一つです(o^^o) 暮らしにより近い場所で、コインや古美術品との出会いをお愉しみ頂けましたら幸いです。

当日、東京の晴れの予報となっております。冷え込む日が続きますので、寒さ対策の上お気をつけてお越しください。皆様方とお目にかかれますことを楽しみにしております。

なお、この期間、本ウェブサイト掲載品を一挙催事会場にて展示即売いたします。誠に恐れ入りますが、オンラインでご注文可能な品でも、催事会場にて売り切れとなってしまうこともありますので、ご注意下さいませ。

会場のウェブサイトはこちら (https://uenosakuragiatari.jp/)

【感染症防止策について】
清潔安全に、お楽しみ頂けますよう、下記の取り組みを行いますので、ご協力をお願いいたします。 
・発熱等、体調不良時のご来場はご遠慮ください。
・ご来場の際は、入口にある備付けのアルコールで手指の消毒をお願いいたします。
・混雑時には、お待ち頂く場合もございます。

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ムッシュの歴史散歩 第七十八回 アテーナー 2024年1月15日

 (上の写真は、左がアテネのテトラドラクマ銀貨、右がペルガモン王国アッタロス1世のテトラドラクマ銀貨)

 さて、オリュンポス十二神の中でも有名な女神といえば、アテーナーである。現在のギリシアの首都アテネの守護神であり、アテーナイ地方が崇拝の中心であるが、元々は都市そのものの守護女神として崇拝されていたらしく、アテネ以外の都市でも、街の中心の丘の上にアテーナー神殿が作られていた。アテーナーは知恵、芸術、工芸、戦略を司る女神である。従って、コインや絵画等ではヘルメットを被った肖像が多く、知恵の象徴フクロウを伴うことが多い。

 アテーナーはゼウスの頭から、武装した姿で生まれたと言われる。ゼウスの祖父母、天の神ウラノスと大地の神ガイアの間にできた子供達が神の一族ティターンで、その末っ子クロノスが父ウラノスを打ち滅ぼし、二代目の支配者となったが、クロノスは父母の預言によって、自分もまたその子供他に打ち滅ぼされるとされたため、生まれてくる子供たちをことごとく飲み込むが、ゼウスだけがこれを逃れ、成長して兄弟姉妹を復活させクロノスを打ち果たす。これによりゼウスが三代目の支配者となる。しかしゼウスもまた祖父母によってクロノスと同じ預言を言い渡される。そこでゼウスは妻メーティスが身籠ると、お腹の子供ごとメーティスを飲み込んでしまう。ところがゼウスはやがて激しい頭痛に悩まされたため、プロメテウスに斧で己が頭を割らせる。そこから甲冑を纏った成人のアテーナーが出てきたという。これによって、ゼウスの娘は、形上、ゼウスの妻からではなくゼウスから生まれたことになるので、メーティスから生まれた子供に打ち果たされるという予言は回避され、ゼウスの支配は安泰となる。アテーナーはゼウスの最もお気に入りの娘である。

 さて、そんなアテーナーは神話の中でどんな活躍をしたか。戦いの神であるアテーナーは、様々な戦いでかなり派手な戦いをしている。ギガントマキアー(ガイアとゼウスの戦い)ではエンケラドスにシチリア島を投げつけ圧死させたり、トロイア戦争ではギリシア側についたアテーナーが槍をアレースの下腹部に突き刺して追い払い、アプロディーテの胸に拳を叩きつけてアレースと共に撃ち落とし、巨大な木馬を場内に運び込んだことに反対した神官ラオコーンの両目を潰し、2匹の大蛇を呼び寄せてラオコーンとその二人の息子を噛み殺させた。

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ムッシュの歴史散歩 第七十七回 クリスマスとサンタクロース 2023年12月25日

 (上の写真は、左がマン島2Pounds2023年クリスマス、右がキリバス50Dollars2011年クリスマス島)

 今日はクリスマスです。昨日(24日)はイブ、クリスマス前夜です。クリスマスはみなさんご存知の通り、降誕祭、すなわちキリストが生まれた日です。「クリスマス」という言葉は、”Christ”+”mass”つまり「キリストのミサ」のことです。実際には、キリストが生まれた日は確定されていませんが、この日は冬至と重なるため、古くからある祭りと一緒になったのかもしれません。日本では柚子湯に入りますね。また、この日は受胎告知のあった3月25日(春分の日)から丁度9ヶ月目に当たります。天文的には一年で最も昼が短い日となります。ここから昼が長くなり始めるので、太陽の復活となります。

 キリスト教ではクリスマス(降誕祭)よりもイースター(復活祭)の方が重要な行事となっています。

 さて、そのクリスマスにやってくるのがサンタクロースです。一般的イメージは、24日イブの深夜、赤い帽子、赤い服を着て、トナカイの引くソリに乗ってやってきて、子供達にプレゼントを配って歩くおじいさんです。サンタクロースは本当に存在する(した?)のでしょうか?

 サンタクロースのモデルは、ローマ帝国時代の小アジアの都市ミラの司教聖ニコラオスだと言われています。無実の罪に問われた死刑囚を救ったという伝説があります。また、貧しさから娘を身売りしようとした家族の家に金貨を投げ入れて、身売りを避けられた、という伝説もあります。この時投げ入れた金貨が、暖炉に下げられた靴下に入った、ということから、クリスマスには靴下を飾るようになったとか…

 この聖ニコラオス、即ちセント・ニコラオスが後にサンタクロースとなったのだそうです。因みにフランス語ではクリスマスはノエル(Noël)、サンタクロースはペール・ノエル(Père Noël)と言われます。Noëlはラテン語のNatal、すなわち「誕生」から派生しました。また、ドイツ語ではサンタクロースはヴァイナハツマン(Weihnachtsmann)と呼ばれ、「聖なる夜の人」となります。

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ムッシュの歴史散歩 第七十六回 ゼウスとヘーラー 2023年12月18日

 (上の写真は、左がPaphlagonia Tetrobol circa 340 BC Zeus / Hera、右がKingdom of Macedon Alexander III Tetradrachm King / Zeus seated)

 古代ギリシアは日本同様、多神教だった。古代ローマもギリシアの神々を引き継ぎ、更に多くの神々を生み出した多神教だった。日本では神々の住まうところは高天ヶ原という空想上の神の国だが、ギリシアでは実際に存在する山、オリュンポス山の頂上となっている。ここに集う12柱の神々がギリシア神話の中心であり頂点の神々である。そのトップ、神々の王がゼウスという男神である(ローマではユピテル、ジュピターと呼ばれる)。

 ゼウスはクロノスとレアーという神々の息子であり、全知全能の神である。キュクロプスの作った雷霆(いかずち)を持つ。この雷霆は一撃で全世界を焼き尽くす力を持つとされる。そんな全知全能の神はまた、ちょー女たらしである。多数の女神、半神、人間と交わり、子供を多数作った。正妻は姉のヘーラーであるけれど、浮気は止まない。ヘーラーは嫉妬深く、度々、浮気相手に恐ろしく苛烈な罰を与える。

 多神教の神々は、極めて人間的である。一神教では神は絶対であり、人間は神に無条件で従うか、契約を結ぶが、多神教の神々はそれぞれの赴くままに存在するので、機嫌が悪いと災いをもたらし、機嫌が良いと恵みをもたらす。そうした神々の所業が神話となって残っているのだが、その多くは当時の出来事、災害といったことを、神になぞらえて語られたものだ。火山の噴火や大地震は神々の怒りであり、大豊作は神々のお恵みだ。結局、現代のように科学が進歩していなかった古代において、目に見えないもの(細菌や有毒ガス、地球内部の構造、宇宙空間等)を理解するために神々を生み出したのだ。

 古代ギリシアで作られたコインには神々が描かれている。コインに権威を持たせようとしたのか、どうかは判らないが、人間が描かれたのはマケドニア王国のアレクサンドロス大王が最初とされる。それすら、若きレラクレスとして描かれている。しかし、それ以降、徐々に人間の肖像がコインに描かれるようになる。コインが広く流通するにつれ、権力者の顔を民衆に知らせるための“ブロマイド”となっていくのだ。

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レトロかきこ 決算謝恩セール 2023年12月14日

9日に開催されました「レトロコインオークション」多数のお客様にご参加頂き、誠にありがとうございます。現在、ご落札品の発送作業をスタッフ総出で頑張っております。ご丁寧に到着のご連絡を頂きましたお客様、重ねて御礼申し上げます。お気に入り頂けましたら、何より嬉しく光栄に存じます。

来週よりレトロコインonlineでは、“決算謝恩セール”を開催いたします。
一年の締めくくりに! 
頑張ったご自分へのご褒美に(^O^) ぜひっ♪♪♪

第一弾 ポイント10倍 12月25日(月)~27日(水)
第二弾 特価商品掲載 12月28日(木)~29日(金)
第三弾 会場セール! 12月30日(土)下記詳細をご覧ください。

『レトロコイン展 in Yokohama ★決算謝恩セール★』
日付 12月30日(土)
時間 11:30 ~16:30
会場 シルクセンター10階 海側・町側の2会場にて。

入場無料、年末恒例の展示即売セール、なんでも相談会も開催。
話題の金貨、プラチナ貨も入荷!日本貨幣(スラブコイン)を中心に多数展示即売させて頂きます。

グレーディング相談についてのみ、ご予約制にて承ります。数が多かったり、お調べにお時間頂く物は、お預かりの上、後日回答させて頂く場合がございます。
グレーディングご依頼の受付、ご出品物のお預かりも喜んで承ります。
ご予約の方は、メールor電話にてご連絡ください。お待ちしております。

レトロコイン展の後は、17時から山下公園で行われる「イルミーヌ・ヨコハマ2023〜横浜の未来が輝く〜」をぜひご覧ください。
日本でライトアップを広めたパイオニアである石井幹子氏とパリを拠点に活動する石井リーサ明理氏、母と娘のコラボレーションで、山下公園・おまつり広場を幻想的な明かりで彩ります。
ラインアート作品と音による横浜の冬の演出、この機会にぜひお楽しみ下さい。
山下公園 入場無料 
12月30日(土)17:00〜21:05、12月31日(日)17:00〜25:00(大晦日のカウントダウンイベントの別枠として検討中)

詳細はこちらから (https://illumine.yokohama/)

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軽井沢だより からのオークションだより 2023年12月5日

霜月も残り二日間を残すのみとなりました。今朝(11月29日)の最低気温は、マイナス0.1度と僅かにマイナス気温でした。我が家は依然としてエアコン対応で過ごしています。昨年は、11月の半ば前にはストーブ(薪)に火を入れました。
例年に比べ寒いんだか暖かいんだか良く分かりませんが、師走(12月)に入れば、寒さが勢いを増しストーブに火を入れる事になるものと存じます。ここ数日、風が強く季節風が冬到来を知らせています。

このところ持病での通院が続き散歩に出る機会がございませんでしたが、久しぶりに散歩に出るとハルニレテラスは、いつもに比べ若干、賑わいに隙間を感じました。この時期、ホテルブレストンコートはメンテナンスの為、11月30日まで休館中で、12月1日から始まるクリスマスイルミネーションの準備に沢山の方達がテキパキと動いておりました。
師走の軽井沢は、クリスマスを含めて、お客様が増える特別の季節でございます。賑わいは町に活気を与えます。軽井沢駅前のプリンスショッピングプラザも色々なサービスを以って来街客を持て成す準備をしているようで楽しみは増すばかりです。
他方、新幹線の軽井沢駅ホームは、上り(東京方面行き)も下り(長野、金沢方面行き)も終日、賑わっています。駅のそばにあるレンタカー会社も忙しさに追われているとの事、来街客のニーズに合った対応が出来ているようです。東京に居ても金沢に居ても仕事を終えてスーツのまま北陸新幹線に乗車し軽井沢へ。プリンスホテルスキー場(16本のコースがあります)では、レンタルウエアーやレンタル用具の用意も万全で、如何様な対応も出来るようでございます。プリンスホテルスキー場は、11月1日、既にオープンしております。
他にも名実共に横綱級のゴルフコースが沢山ございます。色々な目的に合わせた楽しみ方が出来る環境が整っている軽井沢でございます。
師走に入り12月2日(土)は、最低気温マイナス5.8度、3日(日)は、マイナス4.9度、4日(月)は、マイナス3.4度と、師走らしい気温になっています。

追伸 私事ですが、12月1日(金)、今冬初めてストーブ(薪)に火を入れました。気温がマイナス5度まで下がり、浅間山は真っ白になり、離れ山は霧氷で花が咲いたようになりました。冬でなければ見られない絶景です。

さて、2023年12月9日(土)みなとみらいパシフィコ横浜で「第10回レトロコインオークション」が開催されます。既に名古屋、大阪、上野桜木あたりで開催された下見会は誠に盛況で心から御礼申し上げます。

今回の下見会を通して、皆様からご指名の多かった注目ロットを下記にご紹介させて頂きます。

 Lot.230 1000円銀貨 昭和39年 東京オリンピック記念 PCGS-MS66PL
 Lot.15 旧1円銀貨 明治3年 普通円・無輪 PCGS-MS66(表紙)
 Lot.32 新1円銀貨(小型) 明治24年 PCGS-MS64
 Lot.59 貿易銀 明治9年 PCGS-MS64
 Lot.78 旭日50銭銀貨 大正元年 PCGS-MS66
 Lot.86 小型50銭銀貨 昭和7年 PCGS-MS64PL

事前入札(FAX、郵便)の締め切りは、明後日12月8日(木)正午12時まででございます。上記を参考に、ご入札を頂けましたら幸いです。
それでは、12月9日(土)当日が、ご参加の皆様にとって充実した素晴らしい一日になりますよう心より願っております。

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ムッシュの歴史散歩 第七十五回 オークション(競売、セリ) 2023年12月4日

 (上の写真は、左が英アン女王の5Guineas金貨1709年、右が安南の明命通寶3チェン金貨)

 オークションの起源は古代バビロニアまで遡ることができるという。古代バビロニアでは妻を得るためのオークションが年に一度、どの村でも開かれていたという記述が、ヘロドトスの『歴史』の中に見えるという。

 古代ローマでは家財の他、戦利品や捕虜が競売されたという。その為、チャンスを逃さぬよう商人が軍隊について行ったとか。西暦193年には皇帝の地位が、近衛兵によって競売に出されたという。

 一方、東洋ではオークションに関する記述は殆ど見かけない。

 イギリスでは1595年に最初のオークションが開かれたという。17世紀には一般化し、18世紀には新世界にまで広まった。この時代、最も利益が大きかったのは奴隷貿易だだそうだ。また、18世紀後半にはクリスティーズとサザビーズが設立され、美術品を中心として家具や宝石のオークションが、ヨーロッパで盛んに行われるようになった。

 アメリカでは独立当初から資本財や在庫品を現金化するためにオークションが用いられた。英仏は黒人奴隷をアフリカから連れ出し、代わりに工業製品をアフリカに輸出する。その奴隷をアメリカに輸出し、奴隷が砂糖や綿花を作って、これを本国に輸入するという「三角貿易」で商工業が発展する。

 今では世界中でオークションが行われている。それは美術品や家財だけではなく、農産物、債権、通貨、油田の発掘権や会社、土地、電波の周波数帯、等々、あらゆるものがオークションにかけられる。それは買い手自身に値段をつけさせるという公平性による。

 他方、談合等によって、買い手同士が予め落札価格を決めておいて、あたかも競り合ったかのように価格を操作する等の不正も増えている。この場合、安すぎても利益がないので、予想価格ギリギリを狙う。実際には予想価格が公表されていなくても、なぜかそこに落ち着いている。この談合もまた歴史は古い。これが趣味の世界であればまだしも、公共のもので談合が行われれば、当然、その損害は国民に降りかかってくる。

 我々が扱う古いお金も、昔からオークションにかけられている。欧州では古代ローマで古代ギリシアのコインが収集されていたというから、おそらくオークションもあったのではないだろうか。

 野生動物では、古いものにノスタルジーを感じるものは、殆どいない。象などは死んだ仲間の骨を懐かしそうに慈しむそうだが、人間は直接関係したこともない古いものに魅力を感じたりする。また、美しいものに惹かれたりする。しかもそれを手元に置きたい、という所有欲にも駆られたりする。それこそが人間の特徴とも言える、他の動物との違いかもしれない。

 そして、あるものを欲する人間が複数いた時、売り手が値段を上げていくのはエゲツない、欲深かな商売に見えるが、書いて自身に値段をつけさせ競わせれば、売り手も周りの人々も罪悪感を持たずに済む。買い手も自身で納得して買うのだから、幸せ空間である。みんなが幸せになる、それがオークションなのかもしれない。

 さて、今回、レトロコインオークションはキリの良い第10回。今回最も参考価格が高い品は、Lot 291の英国5ギニー金貨1709年アン女王PCGS-AU50で七百万円。そして2番目は、Lot305安南の明命通寶3チェン金貨PCGS-AU58で四百万円。共に“AU”だからこの値段。もっと状態が良ければ、普通じゃ手が出ない価格になってしまいます。みなさん、自らの意思でお値段をつけてみませんか?

最新のお知らせはこちらです。レトロコインオークションVol.10はこちらです。

ムッシュの歴史散歩 第七十四回 古代世界3 2023年11月13日

 (上の写真は、左が西ローマ帝国の初代正帝マクシミアヌスのAntoninianus銀貨 、右が東ローマ帝国ユスティニアヌス1世のSolidus金貨)

 古代という世界は、現代とは遠い世界だと思われがちですが、意外に身近に存在していたりします。

 建築や美術における装飾等は古代の紋様にその範をとっているものが多いし、最前から話しているコインもそうだし、文学にしろ、音楽にしろ、案外、人間というものは昔から変わっていないらしい。

 しかも、古代から遠く離れたと思った時、なぜか古代に帰ろうとしたりする。歴史上名高いのは、レオナルド・ダ・ヴィンチの活躍した、中世ルネサンスだ。新古典主義と訳されるように、正に古代の文化を新しい形で復活させようとした芸術活動だ。所謂、キリスト教が世界を支配する「暗黒時代」に対して、人間の自由な意志、尊厳を復活させようという運動であり、その源泉には、ヨーロッパはローマ帝国の後継者だという意識からきている、とも言われる。事実、神聖ローマ帝国を中心とするヨーロッパの人々は、長い間、ローマ帝国市民という意識のもと、政府官僚ともローマ帝国政府の官僚と認識していた。

 ローマ帝国が東と西に分裂し、皇帝が東と西に併立したときも、人々は分裂とは考えず、巨大化した帝国の西を統治する西の皇帝、東を統治する東の皇帝が分担統治する、と考え、国自体は東西合わせて「ローマ帝国」としていた。西ローマ帝国が滅亡したときも、形式上、西ローマ皇帝が廃位され、皇帝の権威を東に返上したことになっている。その時、東の皇帝は、西に統治者を置く必要は無くなった、としたのみで、西ローマ帝国が滅亡したとはしていない。西ローマ帝国の正帝が廃位された後、そこに成立したゲルマン人の国々も東ローマ帝国の皇帝の宗主権を仰ぎ、西ローマ帝国の地方長官の如く振る舞い、そこに住む市民も自分達を「ローマ人」と呼んでいた。

 これは日本の歴史とも重なり合う。武士の世の中になっても、征夷大将軍になるのはあくまで天皇から任命されるものであり、征夷大将軍は天皇から政を代行するよう命じられているのである。実際の力は無くなっても権威だけ保たれているのである。こうすることによって、無用な混乱を避け、市民からの反発を回避するという、うまいやり方の一つと言えるだろう。

 いわば古代を引きずった政治文化は神聖ローマ帝国とともに、東ローマ帝国とともに消えていったが、政治以外のところでは今でも生きているといえる。

 おやぁ?当初はルネサンスの話だったのに、遠く離れてしまった。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その94 2023年9月26日

この秋は、自然が例年と異なっているように感じます。拙宅の庭では、開花時期が7月と記憶していた「ダリア」が9月半ばに開花しました。
芝桜や山吹も現在、少しずつですが咲いています。既に春には素敵な花を咲かせてくれたにも拘わらずです。やはり開花時期が若干、異なっているように感じています。学問的裏付けは何もございませんが、目や耳で感じています。
今朝(9月21日木曜日)は、18度台で朝を迎え最高気温は25度が予報されています。日曜日には12度、月曜日は11度まで下がる予報が出ています。結果は、月曜日は8.6度まで下がりました。散歩には薄手のセーターを着て、丁度良い気温でした。
拙宅の近くを散策する方が多く見受けられるようになっています。何方を目指しているのかお尋ねすると「野鳥の森」とお答え下さった方が多く、「野鳥の森散策の後、村民食堂かハルニレテラスで食事して時間があれば旧道に向かいます」との事、既に山々の変化が始まっている現在、「野鳥の森」で自然を味わい、軽井沢の美味しい食事を楽しみ、時間が余れば旧道に足を運び、あのテニスコートを始め、多くの文化遺産を見てみるのも、心が安らぐ素敵な時間になるものと存じます。先日、上皇様ご夫妻がお越しになり、テニスコートで昔を懐かしんでおられました。
さて、ハルニレテラスのナガイファームでジェラートを頂いた折、入口横のラックで販売されていた西洋梨マルゲリット・マリーラを購入しました。大きく熟した西洋梨で、誠に美味でした。お店の近くの農場で出来る果物や野菜は誠に美味しく、ジェラートのついでで野菜や果物達に叱られるかも知れませんが、欲しいものが目に入れば頂戴する事にしています。 

前号では、東京に於ける百貨店さんの現状を私見ながら述べさせて頂きました。時代の魁のように突っ走って来て、ふと立ち止まり振り返ってみたら、トップの座は他の業界に奪われ存続の危機すら迫っているような立ち位置にあると思います。百貨店の今後の対応を注目しております。
他方、トップの座を奪った業界も他の業界に追われています。生活のスタイルが変わると、全く知らなかった業界が支持を集め、それまで生活のリーダーと思っていた業界を凌駕してしまいます。分かり易く申し上げますと、百貨店業界を凌駕したセブン&アイやイオングループが店舗を持たない通販業界(Amazonその他)の追撃に怯えているのではと感じる手前でございます。果たして、消費者の支持は何れに・・・

ここで横浜の百貨店の盛衰について述べてみたいと存じます。私は現在70代半ばを超えました。生まれは横浜、住まいは横浜から私鉄で15分位の所でした。小学生の頃、母の買い物について行くのが楽しみでした。横浜駅で東横線か国鉄(現在のJR線)に乗り換え、桜木町で下車、野毛を通って伊勢佐木町に向かいます。別の行き方は、横浜から京浜急行で日之出町下車、徒歩15分で伊勢佐木町商店街に到着です。何故か分かりませんが、母は国鉄に乗り換えるのを常としていました。当時、横浜駅西口は整備中で、今では想像もつかない荒れ野原でした。東口に少々商業集積がございましたが、伊勢佐木町と比肩出来るような内容ではございませんでした。東口には、今や横浜を代表する企業の一つになった崎陽軒さんが既に営業されておりました。
当時、伊勢佐木町には「野澤屋」さんと「松屋」さんの2百貨店が、繁盛を極めていました。平日も土曜、日曜も連日お客様で大混雑でした。
その後、時代の波は野澤屋さん、松屋さんに味方せず、名古屋の栄に本店を持ち、東京・銀座にも支店を持つ大型百貨店松坂屋さんに吸収され、横浜松坂屋として営業を続けましたが、2008年(平成20年)10月26日、閉店致しました。音楽グループ「ゆず」が、日曜日の22:00から横浜松坂屋さん前の路上で行ったライブで、全国に名を馳せたのが記憶に残っております。
1989(平成元年)には、みなとみらい地区の開発が進み、日本中にアピールすべく「横浜博覧会」が開催されました。同年に、横浜美術館が開館、1991年にはインターコンチネンタルホテルやレトロコインのオークションでお馴染みのパシフィコ横浜会議場が開業、この新しい流れも伊勢佐木町商店街を苦境に追いやった一因と存じます。他方、商店街を構成する個別の店舗は現在も奮闘中と承知しております。

伊勢佐木町商店街で或る次期、隆盛を極めた百貨店を廃業に追い込んだ他の要因に「地の利」の変化が有るのではと存じます。
横浜駅西口に、1959年10月1日、巨大百貨店横浜高島屋さんが開店し、周辺環境(地下街等々)の整備が進み交通の利便性にも富んだ横浜駅(国鉄、東横線、京浜急行、相鉄線、連絡駅)西口が、急速に力を付けて行きました。横浜高島屋さんは現地法人から高島屋横浜店に業態変更し、現在に至っております。単独店舗として日本中の百貨店の中で10位以内の成績を上げている巨大百貨店です。【現地法人の折は横浜市に税金を納めますが、業態変更以降は本社のある大阪市に納めるようになります。行政の現地法人に対する好意は、この辺りに有るのではと感じています】
東口の再開発で出店した横浜そごう百貨店さんは現在も営業中ですが、セブン&アイ・ホールディングスの傘下ですので、西武百貨店池袋本店と同様、今後の行方が心配されます。

2006年には横浜そごうさんの横に、長距離エスカレーターで結んだ横浜ベイクオーター【専門店(ファッション、インテリア、キッズ、ペットその他)&レストラン、カフェ 30店舗以上】が開業、多くのお客様が港を見ながらの買い物や散策を楽しんでおいででございます。
途中に港内遊覧船【シーバス・山下公園行き(所要時間15分)片道1,000円】の発着所があり、横浜ならではの短かくも楽しい船旅を目的に多くのお客様で賑わっています。東口を離れると、進行方向左側に「瑞穂埠頭」を含む米軍施設が目に入ってまいります。星条旗を掲げた米軍の船舶が停泊していますのでお分かり頂けるものと存じます。この地区は未だに米軍に接収されており敗戦を肌で感じる地域でございます。
この瑞穂埠頭の米軍施設ノースドック入り口前に「スターダスト」というバーがございます。ベトナム戦争に向かう兵士達が恋人との別れを前に最後の楽しい時間を過ごしたバーでございます。映画やTVの撮影にも使われましたからご存じの方もおいでと存じます。確認をとっておりませんが現在も営業されているようです。勿論、注文時に1杯ずつ払うキャッシュオン方式です。

次号では、横浜の歴史を少々・・・

写真右(マツザカヤ)は、Wikipediaより引用

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ムッシュの歴史散歩 第七十三回 古代世界2 2023年9月25日

 (上の写真は、左が神々の神ゼウスの顔が描かれたメタポンティオンのNomos銀貨、右が世界最初のオリンピック記念コインと言われる、レスリングが描かれたアスペンドスのStater銀貨)

 古代世界でまず、広い地域に進出し、交易を盛んに行ったのはギリシア人だ。ギリシア人は巨大国家を造らず、小さくまとまった都市国家によって発展した。現代でも折に触れて問題になるけれど、巨大国家で大きな政府が良いのか、小さくてもまとまった国の小さな政府が良いのか。

 巨大国家は武力も経済力も圧倒的ではあるけれど、内部に分裂の危機を孕んでいる。歴史を見ればわかるように、領土をどんどん広げた巨大帝国は、ある時点で内部崩壊し、歴史の波間に消えていく。

 一方で小さな国家は、強固にまとまっているけれど、それなりの影響力しか持たないので、結局は巨大な勢力に飲み込まれてしまう。それでも生き残った小さな国家は、その周辺の巨大国家の対立の中で、緩衝材として「存在させられた」側面が大きい。世界のバランスが崩れれば、あっという間に消えてしまう。

 それでも古代ギリシア人達は都市国家という形態を維持し続けた。勢力争いはどこにもあるので、ギリシア人の都市国家同士も相争っていたが、相手を圧倒するため、利益を共有するため…と様々な理由で、都市国家同士が同盟を結んだり、裏切ったりを繰り返していた。しかしギリシア人は不思議なことに、「ギリシア人」というアイデンティティだけは常に持っていて、巨大な外敵、例えばペルシア帝国とか、ヒッタイトとかが攻めてくると、あっという間に一つにまとまって戦い、勝利と独立を手にしていた。また、有名な話だけれど、4年に一度のオリンピックは、先頭をしている都市国家同士でも、その期間だけは戦闘を停止して、オリンピックに参加していたという。これも「ギリシア人」というアイデンティティとオリンポスの神々への崇敬によるものと思われる。

 そうした崇高な精神を以て、クーベルタン男爵が復活させた現代オリンピックは、いわば「地球人」というアイデンティティの下、戦いをやめて参加すべし、という精神はどこかへ捨てられたらしい。 因みに、古代ギリシアのオリンピックはスポーツだけではなく、演劇や音楽等も競われていた。そうした中の優秀なものが、ギリシア悲劇として現代にも残っている。

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レトロかきこ 古民家で愉しむレトロコイン展 2023年9月21日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪
今週、土曜のイベントのお知らせです。

   古民家で愉しむ「レトロコイン展」2023秋
        会場 上野桜木あたり ざしき
        時間 9月23日土曜日(秋分の日) 11:00~16:00

        古美術品の展示販売あります
        オークション即席下見会、オークション出品物お預かり

やまぐち美術さんとのコラボレーションで始まった当催事は、このたび20回目を迎えることとなりました。
一重に皆様方のご支援の賜物と感謝申し上げます。

当会場では、ウェブサイトでご案内している商品、および、当日までの新入荷品の展示即売、そして"リアル気まぐれ市"も開催!また、終日「なんでも相談会(ご予約制)」を行います。お手持ちのコインをご持参頂き、担当者が詳しくご案内させて頂きます。PCGS、NGCなどスラブコイン全般についてのあらゆるご相談、繊細なコインの管理方法など、専門用語から申込方法、売買相場まで喜んで承ります。

・グレーディングサービスのご相談・ご依頼

事前に、電話かメールにて、コインの内容や枚数、ご相談内容をお知らせ下さい。
恐れ入りますが、多数の場合や特殊なお品を含む場合、会場での対応が難しいことがあり、お預かりしてのご案内とさせて頂くこともございます。ご予約のない方は、お待ち頂く場合がございます。
なお、商品をご覧になるなど、ご相談以外のお客様は、特にご予約の必要はございません。どうぞお気軽にご来場下さいませ。

また、今回も引き続き、やまぐち美術による厳選品も展示即売させて頂きます。もちろんご入場無料です。

会場は、JR「日暮里駅」、東京メトロ「根津駅」「千駄木駅」より徒歩10分程度。どうぞこの機会に、どこか懐かしい谷根千の町並みを愉しむ、秋のお散歩にお出かけ下さい。詳しくは、下記のウェブサイトをご覧下さい(アクセスマップもあります)。

八畳のお座敷からは、古民家、季節を感じさせる小さな鉢植え、木々、井戸、通りすがりの猫など、日本の懐かしい風景が見られます。ときどき吹いてくる風に乗って、並びのお店から焼きたてパンやコーヒーの香り、焼き鳥の香ばしい醤油のイイにおいがしてきます。お腹が空いたら、すぐに食べに行けちゃうのも楽しみの一つです(o^^o) 暮らしにより近い場所で、コインや古美術品との出会いをお愉しみ頂けましたら幸いです。

当日は、お彼岸の中日にあたり、近隣駐車場が朝から大変混雑することが予想されております。お気をつけてお越しください。皆様方とお目にかかれますことを楽しみにしております。

なお、この期間、本ウェブサイト掲載品を一挙催事会場にて展示即売いたします。誠に恐れ入りますが、オンラインでご注文可能な品でも、催事会場にて売り切れとなってしまうこともありますので、ご注意下さいませ。

会場のウェブサイトはこちら (https://uenosakuragiatari.jp/)

【感染症防止策について】
清潔安全に、お楽しみ頂けますよう、下記の取り組みを行いますので、ご協力をお願いいたします。 
・発熱等、体調不良時のご来場はご遠慮ください。
・ご来場の際は、入口にある備付けのアルコールで手指の消毒をお願いいたします。
・混雑時には、お待ちいただく場合もございます。

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横浜ランチレポート16 コーヒーの大学院 ルミエール・ド・パリ 2023年9月20日

本日ご紹介するお店は「コーヒーの大学院 ルミエール・ド・パリ」です。

猛暑だった夏もやっと落ち着いてきましたね。体の力を抜いてホッと一息つく時のコーヒーは最高ですよ!風味や味わいも重要ですが、飲む時の雰囲気も合わさるともっと贅沢なチルタイムを満喫出来そう(^o^)今回ご紹介するお店はその名も「コーヒーの大学院」。今から約半世紀前の1974年にオープンし、当時のままの外観と内装を保った店内はまるでタイムスリップしたかのような昭和レトロな雰囲気。そんな中、れと美は特製手作りハンバーグを注文!待っている間もシックな雰囲気の店内を凝視(^m^) テーブルに置いてあるレトロなランプやコーヒー豆の在庫数に圧倒されてしまいました。さて、ランチはというと、最近ではあまりない、やや酸味の効いた贅沢ソースと共にふんわりしたハンバーグは大人の味。コーヒーセットにしたれと美は、食後にサイフォンで淹れられているコーヒーをぼんやり眺めたりとゆったり癒されたランチタイムとなりました(>。<) ハンバーグ以外にもスペシャルビーフカレーやミートスパゲッティーなど喫茶店定番のメニューを選ぶことができ、+300円で一般的な量の2倍のコーヒー豆を使用した濃厚で深みのあるコーヒーも頂けちゃいます!各種ケーキも用意されているので、観光中のひと休みしたい時に立ち寄るのもオススメです!
楽しいランチタイムを☆

ランチタイム:11:00〜14:00
予算:800円〜
定休日:日曜日
所在地:横浜市中区相生町1-18(弊社から徒歩10分)
電話:045-641-7750

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その93 2023年9月19日

先週半ばは、最低気温が17度台まで下がりました。秋を肌で感じる気温ですが、昼頃には暑い夏に戻りました。それでも、モミジの葉は先が紅くなり始めた種類も有り、秋接近を感じます。ヒヨドリは洋種山牛蒡(ヨウシュヤマゴボウ)の果実を突ついています。因みに洋種山牛蒡は鳥達には無害ですが、人間には極めて毒性が強く死に至る事も有る有害な実でございます。姿が葡萄のようで美味しそうですので、要注意です。山法師(ヤマボウシ)も大きな実を付けており、鳥達の食欲を賄っています。
軽井沢の素敵な季節が始まりました。トレッキングを始め、自然に接する機会を楽しむ季節でもございます。既に小振りのリュックを背負った方達が散見されるようになり始めました。森の小径を散策しながら秋を楽しむのは誠に結構と存じます。

東京各地の百貨店は、規模の大小に関わらず苦戦を強いられているようです。既に追われる側でなく追う側になっているのです。苦戦の要因は定かではございませんが間違い無く有る筈です。懸命に探ってみたいと存じます。
生活密着産業と申し上げれば良いのでしょうか、セブン&アイ・ホールディングス、イオングループ、その他コンビニエンスストアー(ローソン他)を始め、通販(アマゾン他)、ユニクロに代表される安価大量販売企業、等々、想像を越える新業態が、消費者の購入意欲を唆るような展開を続けており今後の広がりが予想もつきません。
品物を手に取らなければ購入しないのが普通であった時代が長く続いておりましたが、近年、革命的な変化(ラジオ→テレビ→パソコン、
固定電話→ポケットベル→携帯電話→スマホ等々)が短時間の内に起こり、パソコンや携帯の画面に表示される写真を見て購入を決めるのが当然になりつつある年代が拡大しつつございます。斯く言う私の生活の中にもAmazonのロゴが描かれた段ボールが増えているように感じます。
発注、翌日配送されるシステムを作り上げた企業努力には頭が下がりますが、この便利さは中毒になります。品物が手に届くのが早いのです。
翌日にはオーダーした品物を自宅で手に取る事が出来るのです。「あっという間に到着」と感じます。
モータリゼーションの変化に依って郊外型の商業集積に優位が訪れ、都市型百貨店は苦戦を強いられていますが、その優位だった筈の郊外型商業集積は、アマゾンに代表される通販業界に追われているように感じます。
正に群雄割拠です。それぞれ異なった商業集積が鎬を削っています。パソコンや携帯電話の画面を見て購入決定をする人達が、わざわざ電車に乗ったり車を運転して百貨店や郊外型商業集積に足を運ぶでしょうか?時間の無駄と感じるのでは?
百貨店・郊外型商業集積vs通販業界の様相を呈してきているように感じます。加えて安価大量販売業界も参戦中です。

2022年百貨店売上高 5兆1401億円 
1位 伊勢丹新宿本店(3276億円・対前年129.2%)
2位 阪急本店(2610億円・対前年130.1%)
3位 西武池袋本店(1768億円・対前年114.8%)
4位 JR名古屋高島屋(1724億円・対前年121.7%)
5位 高島屋日本橋店(1430億円・対前年115.3%)
6位 三越日本橋本店(1384億円・対前年120.9%)
7位 高島屋大阪店(1319億円・対前年120.7%)
8位 高島屋横浜店(1318億円・対前年111.1%)
9位 松坂屋名古屋店(1177億円・対前年113.2%)
10位 あべのハルカス近鉄本店(1136億円・対前年123.1%)

東京地区4店舗、大阪地区3店舗、名古屋地区2店舗、横浜地区1店舗でした。
高島屋グループ4店舗、三越伊勢丹グループ2店舗、阪急グループ1店舗、西武グループ1店舗、松坂屋大丸グループ1店舗、近鉄百貨店1店舗

売上高で見れば、他の業界から大きく差をつけられてしまった百貨店業界ですが「いざとなれば百貨店」、「大切な方への贈り物には百貨店」というニーズに支えられ回復を目指しているように感じます。百貨店外商部の取り扱い高が占める構成比が高くなっていると伺っています。
顧客との濃密な関係が百貨店を支えており、他の業界とは一味異なっています。他の業界とは一味違った、お客様との距離感を改めて深掘りする事が魔法の剣になるのではと思うのですが・・・

次号に続く

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レトロかきこ れと子の夏旅(5) 2023年9月14日

高い二階建て家屋の板壁が連なる細い路地に、お散歩心を掻き立てられたれと子は、どんどん歩みを進めます。趣きのあるレトロな古民家カフェで“宿根木さんぽ“のシメにと、佐渡産スイカ100%ジュースを味わったのでした。

さて、今日は、佐渡島の絶景スポット“尖閣湾”へ!
宿から車で45分ほどで到着。駐車場からお土産屋さんがある建物に入ると、入場券売り場が。料金表に“海中透視船”の文字を見つけ、面白そう!!(*≧∀≦*) と飛びつくも、今日は波が高くて運休とのこと。
あーあ、残念!(◞‸◟) テンション急降下。。

入場料を払って、トボトボ道を進んで行くと、
ザザー、ザザザザー。波音が。 
(〃ω〃)おおっ、いい音。

音は聞こえど姿は見えず。。こっちかなー?と
生い茂る木の間に入ります。奥を覗き込んでみると、真下に小さな入江が見えました。
白波が打ち寄せています。プライベートビーチ!?
それにしても妙に小さく見えるなぁ。ミニビーチ!

ザザザザー。
音のする方へ視線をあげると、全面絶壁ーーー!!!((((;゚Д゚)))))))
ザブンザブン波砕けてるっ。。

…てことは、こちらも崖の上!?( ;∀;)
どーりで、小さく見えるわけだ。

ここで石碑を発見。
尖閣湾は、姫津から北狄(キタエビス)までの約3kmの海岸に広がる5つの小湾の総称で、世界一の絶景と称されるノルウェーのハルダンケル峡湾の景観に勝るとも劣らない海岸美として「尖閣湾」と命名されたとのこと。昭和46年に海中公園に指定され、平成8年には“日本渚百選にも選定されているそうです。

“渚”って、静かで優しいイメージがあったので、荒々しい絶壁、荒波も許容範囲って意外でした!さらに先を行くと、松竹映画「君の名は」のロケ地の文字が!
映画を見た事はないけれど、ストールの“真知子巻き”は知ってます。(*´-`)
佐渡島が舞台になっていたんですね。最初に放送された1952年のラジオドラマでは、番組が始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える、といわれるほど人気だったそうです!

さて、歩行者通路以外は、ゴツゴツした岩が剥き出しています。
険しい岬では、自然が生み出した危険美に圧倒されっぱなしです。
水平線、崖と高い波しぶき、音が印象的でした。

どこからか、一羽のカモメが飛んできて、慣れた感じで崖に止まりました。
強風を受けて目を細めながら、じっと海を見つめています。
絵になるカモメをカメラにおさめ、お次は山へと向かうれと子なのでした♪

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横浜ランチレポート15 トラットリア ミオポスタ 2023年9月13日

本日ご紹介するお店は「トラットリア ミオポスタ」です。

たまに、いつもと違う道を歩いてみたくなることってありませんか!? それは新しい何かに遭遇出来るチャンス!ということで、初めて歩いた道でたまたま出会ったイタリアンのお店のご紹介です!

山下公園と中華街との間にある細い道を歩いていると、イタリア国旗を発見。そこまで目立つ外観ではなかったので、危うく通り過ぎてしまうところでした(汗)数段階段を登り中へ入ると、物静かなシェフの案内で席につき、れと美は、ナスのアラビアータをオーダー!日替わりで、パスタランチ、ピッツァランチ、パニーノランチ(全5種類)から選ぶことが出来ます。数量限定メニューもあるので早い者勝ち(^m^)前菜のサラダを食べつつ待っていると、良い香りのパスタ登場。素材の味を楽しめるトマトベースのシンプルな仕上がりで、ニンニクをバッチリ効かせた大満足な逸品!〆のコーヒーも戴きホッとするひと時でした。
マスク着用で楽しいランチタイムを☆

ランチタイム:11:30〜14:30(ラストオーダー14:00)
予算:1,000円〜
定休日:木曜日
所在地:横浜市中区山下町74-6 ロクマルビル1F(弊社から徒歩6分)
電話:045-633-2139

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その92 2023年9月12日

空は今にも泣き出しそうです。9月6日(水)は、雨に支配されそうな一日になりそうです。散歩にも出られず気鬱な一日になりそうです。
幸い雨は降らずに保(モ)っているので、予想よりも超大きく広がった白萩の花を整理する事にしました。美しい白色の花をつけておりますが、枝は太く立派でハサミでは切れずノコギリで切り倒します。まるで木の幹のようです。一株の白萩に15本の立派な枝を切り取るのに30分を要しました。この時期の人気者、コスモスも彼方此方で見事に咲いておりますが、前夜の一時間あたり80ミリの猛烈な雨に打たれ、倒れてしまったコスモスの整理に掛かります。心痛む作業になります。この日の晩、NHKの番組「新日本風土記」で、軽井沢の歴史が放送されました。
貴重な資料が含まれており心から頷く場面や知り合いが出演していたりで楽しい時間を過ごさせて頂きました。NHKに感謝申し上げます。
9月7日(木)早朝(06:00)から、秋を迎える準備(庭の草むしりが中心です)に取り掛かりました。いつも同様、家内と二人での共同作業です。
一段落し徒歩10分位の所に在る「ハルニレテラス」に足を運びました。盛夏同様、多くのお客様で賑わっていました。地の利(北陸新幹線で東京から約70分)が齎(モタラ)す効果と存じます。
勿論、長い年月を掛けて多くの方達が築き上げた軽井沢が、現在を生きる多くの皆様に支持されているのは、先人の慧眼に救われた思いを強くしております。誠に感謝に耐えません。引き続き繁盛が続く事を願って止みません。

前号では北海道に続き、東北六県に於ける百貨店の盛衰に付いて記して参りましたが、いよいよ関東地区、今回は、東京に入ります。群雄割拠の東京です。早速、取り掛かります。

現在の都内百貨店地図は下記の通りです。
◎日本橋三越本店 ◎銀座三越 ◎日本橋高島屋 ◎新宿高島屋 ◎玉川高島屋SC ◎立川高島屋SC ◎大丸東京店 ◎松屋銀座 
◎松屋浅草 ◎松坂屋上野店 ◎伊勢丹新宿店 ◎伊勢丹立川店 ◎京王百貨店新宿店 ◎小田急百貨店新宿店 ◎小田急百貨店町田店 
◎東武百貨店池袋本店 ◎西武百貨店池袋本店 ◎和光本館(銀座4丁目・設立1881年・セイコーホールディングス)
その他営業形態の違った商業集積 ○GINZA SIX(元銀座松坂屋・業態変更) ○渋谷ヒカリエShinQs(東急百系) ○丸井(22店舗)
○アトレ(JR系・4店舗)○銀座ロフト(100店舗)○ルミネ(JR系・15店舗)○東急ハンズ(48店舗)○丸井(22店舗)
○パルコ(18店舗)

これだけ多くの百貨店が鎬を削っています。これだけ多くの百貨店が顧客のニーズに沿うべく頑張っています。どれだけ頑張ってもニーズに沿えない事態が起きているのでしょうか?それが苦戦の要因でしょうか? 
先ずもって現在はすっかり変わってしまった有楽町駅前に付いて語ってみたいと存じます。百貨店が苦戦している要因の一つでも掴めればと思います。
昔も今も銀座に足を運ぶ際、大きく分けると現在と同様、新橋駅から歩く道と有楽町駅から歩く道がございます。有楽町駅からは、日本劇場【通称日劇(1933年12月24日〜1981年2月15日閉館)、詳細は譲りますが、映画や芝居を始め数々の思い出を作ったウエスタンカーニバル(1958年〜1977年が開催され一世風靡した。ミッキーカーチス、平尾昌晃、山下敬二郎の3人がロカビリー三人男と言われました。ミッキーカーチス氏は現在も健在で活躍されております)や日劇ダンシングチームは多くのファンに愛されました】の前を通り、銀座に向かいます。後にSONYビルや世界の有名ブランドを冠したビルが林立する夢の小路になりました。
日劇閉館後の跡地は有楽町マリオンとして1984年10月6日開館、2館体制で、西武百貨店さんと阪急百貨店さんが入居し、シネコンと併せた新しい商業集積になりました。スタート時には元気を感じさせた西武百貨店さんでしたが、2010年12月に閉店、その跡地には、2011年10月28日、ルミネ(JR系)がオープンし現在に至っております。阪急百貨店さんは、一足早く同年、10月14日、阪急MEN’S TOKYOとし専門店としてオープンしております。有楽町の駅前であり日本一の銀座通りが徒歩5分の所に在る地区であっても百貨店としての営業が成り立たない現実に暗澹たる思いにかられました。消費者の購入もモチベーションが複雑に変化しており、正に混沌とした状態は正解が見えない業界になっているようです。これまでの通説(一定以上の通行客数があれば百貨店ビジネスは成立する)は通用しませんでした。

伊勢丹さんは三越さんと合併、東急さんは伊勢丹さんと人事交流の関係を持ち、大丸さんと松坂屋さんも合併、前号で著述の通り西武さんとそごうさんは共にセブン&アイ・ホールディングスの傘下入り、と言うように合従連衡が続いております。これは何を意味するのでしょうか?
資本力の戦いが始まり、業種間の軋轢は熾烈を極めております。単独資本で展開中は、高島屋さん、松屋さん、鉄道をバックに小田急百貨店さん、京王百貨店さん、東武百貨店さんです。
セブン&アイ・ホールディングス及びイオンホールディングスさんは、スーパーマーケット、コンビニを始め金融機関を含めてあらゆる分野に進出し、前述の百貨店業界を凌駕しているように見える現在ですが、今後がどうなるのか注目しております。

通販業界やネットショップの躍進も凄まじい伸びを示しており、百貨店とは全く異なった販売方法も支持されている証でもございますので、徐々に見てみたいと思っていますし興味を唆られています。因みにアマゾンの昨年度実績は3兆2千億円とか・・・

次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第七十二回 古代世界 2023年9月11日

 (上の写真は、左が世界最初の金貨リディアのスターテルエレクトラム貨、右がアテネのテトラドラクマ銀貨、フクロウが小首を傾げる珍しいタイプ)

 人類の歴史を振り返ってみると、大方、出身地はアフリカらしい。そんなに遡っても貨幣は出てこない。

 おおよそ、人類最古の貨幣はギリシアで製造されたと言われる。ギリシアと言っても、所謂ギリシア本土ではなく、エーゲ海を挟んだ対岸、現在のトルコ共和国に属する小アジアのリディア王国といわれている。この地で発見され、製造されたと言われる僅か14g程度の自然金の丸い塊。スターテル(Stater)エレクトラム貨(Electorum)だ。単なる自然金の塊であれば貨幣かどうかわからないが、そこにはライオンの上半身の刻印と長方形の打刻が、両面に対となって打たれており、幾つも発見された。しかも同じ地域だけではなく、各地の古代ギリシア都市の遺跡から発見されたことから、この時代の人々は各都市を移動し、交易を行い、この金貨を使用していたことがわかったのだ。

 それ以前は、物々交換で交易をおこなっていたと思われる。古代エジプト王国等は滅亡直前まで、コインを使った形跡はなく、砂金や玉で商売をしていたらしい。

 コインが発明された理由はほぼ明確で、物々交換経済では、交換すべきものを遠くまで運ぶのが煩わしいので、小さく軽い代わりのものを考えた結果であった。しかしそれにはお互いにその価値を認められるものでなければならない。そこで金銀等の希少金属が選ばれた。また、真贋も権威あるものから認められていなければならない。そこで、国家や国王によって、決まった刻印が打たれたもの、となった。

 一方、ギリシア本土では金はあまり産出されず銀が多く出たため、銀貨が多く作られた。かの有名なアテネとフクロウのテトラドラクマ(Tetradrachm)銀貨もその一つだ。品質が保証されているのであれば、こんな便利なものを利用しなければ損、とばかりにみんなが使うようになり、貨幣経済が世界へ広がっていく。そうなると当然の如く、贋金造りも行われる。真贋をはっきりさせるために、刻印の模様を細かくしたり、コインそのものを究極まで薄くしたり、様々な試みがなされるけれど、結局、贋金造りとの戦いは今でも続いている。

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レトロかきこ れと子の夏旅(4) 2023年9月7日

ベテラン船頭さんのたらい舟で、東映映画さながらのリアル波砕けを体験!(≧∀≦)
旅のキーワードの一つ“冒険”を叶えました。れと子の旅は続きます。

たらい舟から地上に上がると、まだ波の余韻で身体がふわふわ。(*´-`)
心地よ~く揺れつつ、まち歩きスタートです♪
たらい舟の“はんぎり乗り場”から、海岸通りを渡った所に駐車場、案内所があり、その奥に「宿根木(しゅくねぎ)」の集落が見えています。廻船業で発展した集落で、小木港の南西に位置し、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。

見るからに密集しているのですが、それもそのはず、約1ヘクタールに110棟の建造物が建ち並ぶという高密度!
当初、平屋建てだった家屋は、人が集まることができる座敷を増やそうと、舟もちなどの実力者が2階建へと改修し、次第に村内に広まったそうです。潮風から建物を守るために“包み板”という縦板張りの外装になっています。板壁の作りからは、素朴で質素な印象を受けますが、公開されている家屋の内部を覗いてみれば、なんと、漆がふんだんに使われ、艶々と輝く豪華な空間!!(*⁰▿⁰*)そのギャップに思わず目を見張りました。

屋根も独特です。木の板に石が乗っている屋根が見られます。これは、薄く割った木の板を何枚も重ね合わせ、石をのせた“石置き木羽葺き(こばぶき)”というスタイルです。海風に飛ばされないよう石を置いていたものの、海風にけっこう飛ばされていたようで、2、3年毎に張り替えが必要だったそう。海に出ている男性に代わり女性が作業していたということで、屋根を見上げてみると…高い!(°▽°)高所作業が得意な女性なんて滅多にいませんし、危なすぎてよくできたものだ…と尊敬します。自分が屋根に登ることを想像したら、足がすくんでしまいました。女性陣の要望から昭和30年代を境に、瓦屋根へと変わっていったそうです。よかったよかった!昔のことなのに我が事のような嬉しさ(*≧∀≦*)

板壁の高い家屋に囲まれ、入り組んだ路地は、まるで迷路のよう。水路があり、野菜の洗い場として使われていた場所や、郵便局、塩の看板が目印の三角家も宿根木のシンボル的家屋として残っています。集落には、現在もお住まいの方がいらっしゃり、戸口の横でそっと咲く花が素敵だったり、脈々と続いている暮らしの息遣いが感じられます。思わず足をとめて見入ってしまうような所がいくつもありました。この先には何があるんだろう?ここは進んでも良いのかな?と、きょろきょろしながら進んでいくと、急に開けた場所に出て、森の香りが。「宿根木公會堂」と大きな文字で書かれた建物が草むらにどっしり立っています。大正時代の建物で、見ている方が見下ろされてるような迫力に歴史の匂いがしてきます。奥には、白山神社が凛と佇んでいました。石作りの鳥居の造形の美しさに、思わず見惚れていると、社殿の裏山から鳥居を駆け抜ける風がひんやりと神聖な空気を運んできました。神様へのご挨拶をすませ、さっきとは別ルートで折り返します。
おや、コーヒーのいい香りがしてきます。香りのする方へと吸い寄せられるように進んでいくと、カフェの立看板がありました♪

コーヒーへのこだわりが感じられるメニューの次には“佐渡産スイカ100%生搾りジュース”という目を引くメニューが!さっそくテイクアウトで注文👍
出来上がりまで、店内で待たせて頂くことに。お洒落な作りの古民家カフェです。出来上がりまでウッキウキ♪
ちょうどカフェのお客さんが帰ったところで、奥まで見通せます。お座敷席もあるんだー。ひろーい!ちかづくと、あれっ?座敷の奥に大きなスイカがふたつ。並んでいるとなんだか可愛い(^-^)
お店の方に伺うと、これが今注文したジュースの佐渡産スイカとのこと。それにしても、佐渡産のスイカがこんなに大きいとは!デンスケを超えたのでは??
「お待たせしましたー!」とスイカジュースが渡されました。さっそく一口。冷たく冷えた濃厚なスイカの甘みが広がります(๑>◡<๑)

喉が乾いていた事もあり、ゴクゴクあっという間に飲んじゃいましたε-(´∀`; )
あー、もう少しゆっくり飲めば良かったなー…なんて思ったくらい、美味!おすすめのジュースです◎

お散歩の締めに最高の癒しタイムを過ごし、宿へと戻るれと子でした。(≧∀≦)

次回も旅は続きます!

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1円アルミ貨 昭和30年 PCGS-MS64 今週の映えコイン 9月6日

今週の映えコインは「1円アルミ貨 昭和30年 PCGS-MS64」です。

現行コインの最古参は、5円黄銅貨の昭和23年、もし流通していても瞬く間に回収されるだろう、ある意味超レア品です。その次が、旧10円青銅貨昭和26年、あの有名な?!ギザ十ですね。
本日ご紹介するのは、3番目に発行の昭和30年1円アルミ貨です。本コインはPCGS社により「MS64」のランクがついており、鑑定枚数203枚中の41番目。バッグマークは極めて少なく、昭和30年の空気感が凝縮されたような味わい豊かな梨地の製作。1円アルミ貨は、発行から68年、ずっと変わらぬデザインで現在も健在そのものですが、その約70年にも迫る年月の中で技術の進歩著しく、プルーフのようにクリアな平地部分と若木とのコントラストはまるで別のコインのようです。
れと美もこれまでにない視点から何かを研鑽できたらと思っている今日この頃です。

このコインが発行された昭和30(1955)年、「三種の神器」が、流行語に選ばれました。この時の「三種の神器」とは、“電気冷蔵庫、電気洗濯機、白黒テレビ”のことです。高度経済成長期、人々にとって生活を便利にする家電製品は、まさに憧れの的でした。

映画「ALWAYS 三丁目の夕日」では、この昭和30年代の東京・下町を舞台に、力強く生きる人々の暮らしが描かれています。ぜひチェックしてみてくださいね(^^)

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その91 2023年9月5日

朝夕は次第に気持ちの良い気温になりつつございます。日中は最高気温が27〜28度まで上がりますが、何分、高原の強烈な紫外線に曝されますので、私の周辺で庭仕事に精出す皆さん、特に男性の肌は、赤銅色に輝いています。女性の作業は、完全防備(長袖、長ズボン、手袋、虫除けネットの付いた大き目の麦わら帽子&、UVカット用ローションを塗りたくります)で臨んでいても僅かな時間しか作業しなくても、日焼けしてしまいます。高原の紫外線の強さは強烈です。
私は、特大の麦わら帽子を最大の武器に紫外線と闘います。身体中、UVカットローションを塗布して、07:00過ぎに作業開始、09:00前には作業終了、シャワーに飛び込み暫時休息、このまま寝てしまう事も屡々(シバシバ)です。目覚めてからの時間の長い事と言ったら・・・  
涼しさが戻ってくる夕方、水遣りをして作業は終わります。簡単な作業ですが小一時間かかります。この小一時間でも日焼けしてしまいます。 

夜分に旧道(昔からの商店街)へ出掛けました。多くのお客様が、行く夏を楽しんでおいででした。素敵な浴衣を楽しんでいる方が複数見られ浴衣の人気に驚かされました。
半世紀以上前になりますが、軽井沢の旧道商店街は東京や横浜の名店が夏季に出店しており、避暑に足を運んだお客様の需要を賄っていました。
銀座松屋百貨店さんを筆頭に枚挙にいとまがございませんでした。現在の旧道商店街とは随分と趣が異っておりました。
道を折れ2〜3分も歩めば、ユニオンチャーチが在り、道を挟んで先日もお越しになった上皇陛下、上皇后陛下が出逢われた軽井沢会のテニスコートがございます。道なりに進めば、現在は抜本的建て直し工事中の万平ホテルがございます。来年の夏には再開と伺っております。
令和元年12月から耐震補強を含めた大規模補修中の重要文化財旧三笠ホテル【設計施工、共に日本人の手による純西洋式ホテル、明治38(1905)年竣工、明治39(1906)年営業開始)】も来年春には再開予定です。

前号では北海道内百貨店の盛衰と現状に付いて記しました。誠に厳しく残酷な現実に言葉も有りませんでした。目を東北地域に転じます。

◎ 青森県では古くは、カネ長武田百貨店、松木屋百貨店さんがございましたが、カネ長武田さんは、さくら野百貨店さんのルーツの一つになり松木屋さんは閉店されました。現在、青森市に、さくら野百貨店青森本店、弘前店、八戸店、北上店、で営業展開をしております。
他方、郊外型のイオングループが、青森店、青森東店、浪岡店、マックスバリュー浪打店、イオンタウン青森浜田、その他地域でも複数店舗展開中です。

◎ 岩手県では盛岡市に川徳百貨店(パルクアベニュー・カワトク)が健在です。宮古店を持ち、県外資本(宮城県藤崎百貨店)が盛岡と一関で展開しております。
イオングループは盛岡市6店舗、北上市2店舗、一関市1店舗、陸前高田市1店舗、釜石市2店舗を展開中。

◎ 宮城県では仙台に藤崎百貨店、仙台三越百貨店、藤崎古川店、藤崎石巻店、藤崎気仙沼店、藤崎白石店、三越大河原店、三越富沢店、三越石巻店が展開中です。
イオングループは仙台市を始め各地で20店舗近くが展開中です。

◎ 秋田県では西武秋田店、藤崎秋田店が営業展開しております。
イオングループは秋田市8店舗、能代市2店舗、横手市2店舗、大館市2店舗、男鹿市1店舗、由利本荘市3店舗、潟上市1店舗、大仙市5店舗で展開中。

◎ 山形県では県内唯一の大沼デパート(百貨店)が2020年1月閉店し百貨店はゼロになりました。
イオングループは県下で20店舗ほどで展開中。

◎ 福島県下では、郡山市に、うすい百貨店、三越いわき店、藤崎福島店、藤崎原町店が展開中。福島市では中合百貨店が廃業、山田百貨店がさくら野百貨店に加わり店名が消滅。
イオングループは、県下で約20店舗で展開中。東北6県でイオングループの展開店舗数は100店舗を超えています。消費者のモータリゼーションの変化が地方都市の百貨店が苦戦を強いられた最大要因の一つと存じます。
因みに、イオングループの、2022年2月〜2023年3月成績は、9兆1168億円と報告されております。

モータリゼーションの変化が、これまで消費者に取って利便性に問題があった郊外を、楽々駐車、ゆっくり買物が出来る場所に変え、当該地区の中心地にある百貨店から優位性を奪ったものと考えています。
他方、大都市の百貨店が安泰かと申しますと、ご案内の通り池袋西武百貨店の労働争議によるストライキが8月31日(木)に実施されました。
翌日、親会社のセブン&アイ・ホールディングスは外国資本に売却を決定、今後が注目されます。雇用が守られる事を祈ります。
ことほど作用に地方都市ばかりでなく大都市も心配になります。Amazonを始めとした通販業界も成長を続けています。小売業界は変わり続けています。
次号は東京に焦点を当ててみます。群雄割拠の東京は果たして・・・

次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第七十一回 富士山 2023年9月4日

 (上の写真は、左が昭和39年東京五輪記念千円銀貨、右が岩倉新500円紙幣)

 コロナが一応の終息を見せて、海外からの観光客が増えた。コロナ前の海外からの観光客というと、中国からの爆買いツアーが目立っていた。日本の薬や化粧品を大量に購入し、寿司屋で生魚を食べていた。それと同時に日本の土地も買っているという話も出ていた。中国以外の国から訪れた人たちも、日本の古都や地方の古い街を訪れて、その土地土地の料理や温泉で楽しんでいた。

 コロナ明けの現在、絶妙のタイミングで、日本政府が原発の処理水を浄化して海に放出したことで、中国政府がここぞとばかりに日本を非難したため、中国からの観光客は日本の鮮魚を食べず、日本の製品も不買で、何しに来るのだろう、と疑問を持たずにはいられない。

 まあ、それと関係があるのかないのか、海外からの観光客が富士山の弾丸登山をして、怪我をしたり、酸欠や寒さで倒れたりして、ニュースになったりしている。

 富士山は大昔から霊峰として、信仰を集めていたし、その美しさから日本の象徴となっている。海外にも高い山は多いけれど、海外の山は山脈であって、富士山のように独立した一つの山が、四方になだらかな斜面を持つ単独の山というのはなかなかない。そのため、外国人も一度登ってご来光を仰いでみたいらしい。

 日本一の山、富士山は昔からよく絵に描かれている。噴火の記録もあるけれど、江戸時代には浮世絵にもよく描かれている。有名なのは葛飾北斎の富嶽三十六景の神奈川沖浪裏や赤富士。また、歌川広重の東海道五十三次にも数多く描かれている。当時はかなり遠くからも富士山は見えたようで、現在、富士見とつく地名は、その当時富士山が見えた場所だと言われている。

 そんな富士山だから、コインや紙幣にも描かれている。パッと思いつくのは1964年の東京オリンピック記念千円銀貨。そして岩倉具視の500円紙幣、新渡戸稲造の5,000円紙幣、野口英世の1,000円紙幣にも描かれている。更に、次に発行される新シリーズの紙幣では、北里柴三郎の1,000円紙幣では正に「神奈川沖浪裏」が描かれている。

 富士山が初めて日本のお金に登場したのは、紙幣では昭和13年発行の政府紙幣50銭、所謂富士桜50銭、硬貨では昭和16年発行の富士1銭アルミ貨。どちらも戦時中であり、どこか神頼み的な感じだ。しかし戦後は平和の象徴として、敗戦によって失われた自信を取り戻した象徴のようである。

 上記以外で富士山が描かれた貨幣は、1970年大阪万博記念の100円白銅貨の赤富士、平成24年(2012)の国際通貨基金総会記念1,000円銀貨、新幹線開業50年記念の1,000円銀貨、地方自治の1,000円銀貨は静岡県と山梨県、未発行だったが1銭陶貨もある。また変わったところでは、ツバルの30ドル1Kg純銀貨に北斎の赤富士がカラーで描かれている。

 こうした一つのテーマで収集するというのも、また、一つの楽しみではなかろうか。

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レトロかきこ お礼「梨」 2023年8月31日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です♪
お客様から立派な梨を頂きました。いつもお気遣い頂き、ありがとうございます。
さっそく冷蔵庫に入れ楽しみに頂きました。
ほどよい甘さにシャリシャリの食感、溢れるみずみずしさ、至福の涼を頂きました。
重ねてお礼申し上げます。

梨を頂きながら、日本人は梨をいつから食しているのだろう?とふと疑問が湧いてきました。ルーツを追ってみたいと思います(╹◡╹)

なんと、、弥生時代後期の遺跡である“登呂遺跡”から、炭化した種子が見つかっているそうです。
当時、栽培は集落周辺に限られていたため、稲作と同じく大陸から伝来した模様。
長江流域で栽培される南方系の梨 “砂梨(シャーリー)”ではないかと考えられています。
シャリシャリする食感ともぴったりですね!

文献では『万葉集』の歌にも梨は登場しています。
『日本書紀』では、持統天皇が、五穀である稲、麦、粟、稗、豆の他に、桑、苧(からむし)※1、栗、蕪とともに栽培を奨励している記述もありました。「栗、梨を五穀の助けとする」とあることから、穀物が不作の際の救済穀物になり得ると認識されていたようです。梨は、水分が多く日持ちしないように思いますが、梨の種類によっては上手に保存できれば、半年ほどもつ物もあるのだそうです。

梨といえば、歌舞伎界をさす「梨園」という言葉がありますね。
これは、古代中国に遡ります。唐の玄宗皇帝は、舞踏や音楽の愛好家で、自らも舞など教えていました。その場所には、多くの梨が植えられていたそうで、芸能を学ぶ者を「梨園の弟子」と呼んだことことから、「梨園」と使われるようになったのだそうです。まさか古代にまで遡るとは思いもしませんでしたー。梨の歴史、奥深いですね!濃厚にタイムスリップ気分を味わったれと子でした(*≧∀≦*)

※1 苧(からむし)...布などを作るための植物繊維

写真右は、『江戸名所図会』(20)より(齋藤月岑 編/長谷川雪旦 画)、国立国会図書館デジタルコレクションより。

来週は、れと子の夏旅(4)を掲載させて頂きます。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その90 2023年8月29日

今夏は例年に無く暑い夏を迎えた軽井沢です。送り火を終え片付けが済んだ時には、シャツはびっしょり驚くほどの汗に塗(まみ)れました。
シャワーを浴び遅い夕食の席に着き、菩提寺に戻った方達の思い出話で時間が経つのを忘れましたが、冷房無しでは過ごせない一夕でした。
あれから2週間、今朝(8月28日・月)は、少し秋を感じました。早朝、30分程度の散歩をしても汗を掻きませんでした。気温は18度台まで下がっています。
散歩で会った犬達も涼しそうでした。やはり軽井沢に於いても異常気象の影響を身近に感じる事態になっているようです。
夏も最終局面に入っているものと思いますが、連日多くのお客様で賑わっている軽井沢でございます。
旧軽井沢地区も中軽井沢地区(ハルニレテラス、トンボの湯を始めとする星野地区)も盛況が続いています。
ここで一段と気温が下がると軽井沢が最も美しい季節に差し掛かります。誠に楽しみな季節が始まります。お召し物が周りの雰囲気に映えるご婦人達が張り切る季節でもございます。装いに気を配り季節をじっくり味わえる素敵な時間をお楽しみ頂ければ何よりです。
尤も猛暑が続くようですと夢のまた夢ですが・・・

さて、地方百貨店の苦悩と、この苦しい状態を打破する事が出来た地域が有ったでしょうか?
私が自社の営業拡大の舵取りをしていた頃は、この波を被る一時代前、全国各地で地方百貨店が輝いていた頃でした。
北から札幌【五番館(後の西武百貨店) 1906年(明治39年開店)、丸井今井百貨店 1916年(大正5年開店)、三越札幌店1932年(昭和7年開店)】、道内、全ての地域から買い物客が集まり札幌地区は活況を呈していました。
その後、【札幌東急百貨店1973年(昭和48年開店)、札幌そごう1978年(昭和53年開店)、大丸札幌店2003年(平成15年開店)】 同一地域内の他業種(スーパーを始めとする様々な商業集積)との戦いが顕著になり、百貨店全盛の時代は長く続きませんでした。
あっと言う間に閉店ラッシュと言うような事態に立ち至りました。

道内をチェックすると
札幌そごう百貨店2000年(平成12年)12月閉店、西武百貨店函館店2003年(平成15年)閉店 
丸井今井苫小牧店及び丸井今井小樽店2005年(平成17年)10月閉店 
丸井今井釧路店2006年(平成18年)8月閉店、きたみ東急百貨店2007年(平成19年)10月閉店 
丸井今井旭川店2009年(平成21年)7月閉店、西武百貨店札幌店2009年(平成21年)9月閉店
丸井今井室蘭店2010年(平成22年)1月閉店、西武旭川店2016年(平成28年)9月閉店 
帯広藤丸百貨店2023年(令和5年)1月閉店 
2000年以来、僅か23年の間に大小、11の百貨店が閉店致しました。郊外型ショッピングモールを始めとする新業態への消費者の移動に対する対応の遅れが致命的な結果となり閉店に至る要因の一つになったものと存じます。
今後10年を待たずに北海道新幹線が札幌まで延伸します。この黒船来航までの短い期間に対抗手段を講じられるか否かが札幌地区百貨店の存続を左右するのは明らかです。
現在、営業を続けている道内百貨店は、丸井今井函館店、丸井今井札幌本店、東急百貨店札幌店、大丸札幌店、札幌三越百貨店の僅か5店舗です。
この現実を見るに生き残った百貨店は、東京、大阪を軸にした巨大百貨店の資本力が散らつきます。地域に根付き生活に必要な商材を提供することで活気を維持する方向に進む事を願うばかりですが、消費者ニーズの変化が経済学者のそれを越えているように思えます。NET通販の利便性(本日発注、翌日配達)が多くの消費者の支持を得ており、購入品を手に取って確認したいと思う人達の数を遥かに凌駕しているのではと感じる次第です。
因みに大丸札幌店は大阪の大丸百貨店の支店、丸井今井函館店、丸井今井札幌本店、札幌三越百貨店は東京の三越伊勢丹の子会社です。残念ながら純粋な札幌資本は無くなりました。北海道新幹線の札幌開業が新たな商戦開始の号砲となります。

ご案内の通り、西武そごう百貨店労働組合は、8月31日(木)に西武池袋店でストライキを実施する予定と報じられました。両百貨店を傘下に持つセブン&アイ・ホールディングスの外国資本への売却の詳細が労働組合の考え方とは齟齬を来しているようです。実施されれば60年ぶり(1962年・大阪阪神百貨店がストライキを実施)の事態となります。
セブン&アイ・ホールディングスは企業主体が、コンビニエンスストアーのセブンイレブン、スーパーマーケット・イトーヨーカドー
売上高2020年2月期 約6兆6500億円

次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第七十回 血統 2023年8月28日

 (上の写真は、左がLouis d’or金貨 1786A ルイ16世、右が20Francs金貨 1806A ナポレオン1世)

 世界中に王国や帝国が存在していた時代がはるかに過ぎ、今や王国は数えるほどしか存在しない。

 日本も一応、天皇が存在しているが、政治的権力は持たず、専ら儀式や大きな行事の名誉総裁や、伝統文化の継承がその存在意義となっている。外国における元首もそうだが、中には未だに政治権力を持つ国もある。

 そんな中、既に国王や皇帝という地位は無くなっても、その子孫が存在し、王位継承権を主張する人たちがいる国もある。

 例えばフランス。フランス革命によってブルボン王朝が終わりを告げ、ナポレオンが皇帝となり、再びブルボン朝が復活し、オルレアン朝になり、共和国になり、再び帝国となり、そして共和国となる。そんな歴史の結果、ブルボン家の子孫、ボナパルト家の子孫、オルレアン家の子孫、それぞれが生き残っているので、それぞれが王位(皇位)継承権を主張している。

 直系ブルボン家を支持するレジティミストはシャルル10世が退位した1830年以降の全ての元首を否定しているし、ボナパルト家はナポレオン1世が失脚した1815年からナポレオン3世が帝位に着く1852年までと失脚後の1870年以降の全元首を否定している。又、オルレアン家を支持するオルレアニストはルイ・フィリップが失脚した1848年以降の全元首を否定している。ただし、フランス・ブルボン家直系は途絶えているので、現在のブルボン家当主はジャン4世(パリ伯ジャン・カール・ピエール・マリー・ドルレアン)だそうだ。王政支持者とブルボン一族は、毎年革命記念日にはミサを開いて、ルイ16世の処刑は間違いだったという宣言まで発している。

 一方、ナポレオンを支持するボナパルティストは、ボナパルト家の子孫を支持しているが、現状、ナポレオン7世は二人いる。一人は6世の長男シャルル・ナポレオン・ボナパルト、もう一人はその長男、ジャン・クリストフ・ナポレオン・ボナパルト。これは6世の遺書に後継者の名前が息子ではなく、孫が記されていたためで、骨肉の争い、というものではないという。

 こうした過去の元首の子孫が、名目上とはいえ、王位(帝位)継承権を主張し続けるというのは、日本ではあまり聞かない。ヨーロッパでは昔の貴族たちも脈々と名称、(名目上の)身分や権威を保ち続けている。実際、ブルボン家、オルレアン家、ボナパルト家の子孫は、そうした貴族の子女と結婚している場合が多い。

 日本は太平洋戦争の敗戦により、皇室以外の所謂特権階級が全て取り払われてしまったので、今更、その権威を求めることもない。勿論、藤原氏系の近衛、橘、一条、二条、三条、冷泉…といった公家の子孫、徳川、伊達、前田、毛利…といった大名の子孫も存在はしているけれど、過去の権力を主張すること、それを支持して活動する人もいない。

 国によって、教育によって、人の意識や歴史は大きく違ってくるものだ。

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レトロかきこ れと子の夏旅(3) 2023年8月24日

散歩中、涼みスポットを発見!お宿にチェックインしたれと子は、お部屋への移動中に願いの一つ“レトロ”を叶えたのでした。旅は続きます♪

お天気が悪くなる予報がある中、曇り空で迎えた2日目。
ボリューム満点の朝ご飯を完食し、しゅっぱーつ♪

向かった先は、佐渡市の最南端に位置する小木町。「宿根木」という重要文化財に指定された集落が入江沿いにあり、海では「たらい舟」の体験ができるそう。
たらい舟って、一寸法師が乗ってたあれかぁ、ひっくり返ったらどうしよう。。(・_・;
不安がよぎるも、冒険心が勝ってチャレンジすることに!

海に到着すると、たらい舟乗り場のノボリが勢いよくはためく奥で、ニコニコと笑顔でおじさんが手を振っています。他に待っている人もいなくて、すぐ体験できそうです。話を聞くと、おじさんが舟を漕いでくれるそう。海に出るギリギリのとこまで行くからスリル満点とのこと。早速乗ることにしました。料金を払うと、これ着てねーと、オレンジ色のライフジャケットを渡されました。海はけっこう波があって、浮いてるたらい舟が勢いよく揺れています。手繰り寄せられたたらい舟にドキドキしながら乗り込みました。たらい舟は“はんぎり”と呼ばれ、元々は漁師さんが海藻採取等に使った丸い船で、歴史があるのだそう。ひとつひとつ手作りで、今乗ってる舟も手作りとのこと。私が舟を手作りして日本海にでるなんてことは、この先の人生でも絶対にないでしょうし、凄い経験をさせてもらっているなと思い、気持ちが高揚しました。おじさんから紐がついた木の四角い箱を渡されました。箱には透明なガラス板がついています。これで、海の中を覗いてごらん!
流されないよう、腕に紐を通して海に浮かべると、とても綺麗に水中が見えました。透明度が高く青く見えます。つぶつぶした茶色い海藻がわさわさ揺らめいて流れていきます。その下にはゴツゴツとした岩が沢山見えました。昔、海底火山の噴火があり、溶岩が固まって岩になっているのだそうです。海の底だけでなく目の前に広がる岩もそのようです。宇宙を感じるような景色になってきました。おじさんの携帯がなりました。これから乗りたいというお客さんからの問い合わせだったそう。船頭さんをしながら接客もするなんて、マルチすぎるし面白い光景でした。そして、壮大な景色の中を進んでいきます。コースがいくつかあるらしいのですが、できるだけ先まで行けるコースをお願いしました。岩と岩の間が道のようになっています。おじさんは器用に一本の櫂で漕いでいきます。聞けば子供の頃から漕いでいるそう、熟練の技です!どんどん日本海の荒波が迫って来ます!まるで東映映画の最初にでてくる、岩に波が砕ける映像のようです。リアル波砕けを目の当たりにしているなんて、信じられない気持ちでした。本来なら人がいないような場所で目にする光景。こういう感動は初めてでした。おじさんの腕があったから見れた景色。とても貴重な体験をさせてもらえて、感謝でした!次は、宿根木の町を散策します!(^-^)

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10円青銅貨 昭和27年 PCGS-MS64RD 今週の映えコイン 8月23日

今週の映えコインは「10円青銅貨 昭和27年 PCGS-MS64RD」です。

今年の暑さは、ハンパありませんね(>。<)晴れ渡った青空を見て元気になるどころか日陰を探しながら動き、青空の奥にある雨雲に常にヒヤヒヤしながら「晴雨兼用」の傘を持ち歩いたり。コインにも優しい湿度の低いホッとできる安定した季節が早く来て欲しいものですね!

さて、本日ご紹介するコインは、PCGS社により「MS64RD」のランクがつけられ、鑑定総数378枚中112番目(RD)となっています。112位とだけ聞けば、ありきたりな感じがしますが、発行から71年、すぐに色が変わる青銅貨がまるで作りたての原色を維持する姿は、神秘的と言えるでしょう。年季の入った「ギザ十」を見つけるたびに、思わず「おっ!」と声が出てしまう、れと美にとっては、驚愕の一枚です。

この10円硬貨が発行された昭和27年4月22日、東京都内には、5円硬貨を使用する公衆電話機が試験的に設置されました。相手がでた後ボタンを押し、8秒以内に硬貨を右上の投入口より入れると通話できる仕組みでした。
戦後、紙幣を利用する公衆電話がありましたが、料金は自己申告制だったため、料金箱にはボタンなどが入れられ、きちんと支払う人は300人中およそ13人という有様でした。これは、硬貨の流通不足から料金投入口を紙幣用に急遽改造したため、回路としては料金投入と通話に関連のない作りで、このような不正が起きていたそう。この問題を解消するため、硬貨式自動公衆電話機が作られたそうです。なお、この年から10円硬貨が本格的に流通し始め、流通量の増加に伴い、翌年1月には10円硬貨が使用できる「4号自動式ボックス公衆電話機」として採用され、青電話の1号となりました。
写真の青電話は、新横浜にある「ラーメン博物館」の昭和の街並みの中に展示されている物で、受話器を持ったりダイヤルを回したりもでき、昭和レトロを体験したい方に人気のスポットになっています。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その89 2023年8月22日

誠に恐れ入りますが、更新期間が開いたため「軽井沢だより」は、前号より引き続き、年始の内容を掲載させて頂きます。

10年に一度クラスの猛烈寒気に見舞われている日本列島、全国各地で本日(令和5年1月24日・火)から明後日(26日・木)に掛けて、厳しい寒さや激しい降雪になるようです。
午後に入り14時過ぎから猛烈な雪が降り始めました。

明日は、外せぬ所用が有り、松本まで足を運ばねばなりません。
軽井沢〜長野(北陸新幹線)〜松本(中央西線)、目的地は、松本駅からはTAXIで10分程度掛かる場所にございます。
信州大学医学部附属病院です。この区間は降雪機会も多く、冬は気象情報が大変気になります。
幸い翌日、降雪は僅かで診療を受ける事ができました。手前の病に付きましては改めて記述致します。

さて、地方百貨店の存続は極めて難しく、新興勢力の量販店(スーパーマーケット)が提案する駐車場の大きな郊外型商業集積(モール)が、目論見通り、駐車場を探す心配が無く駐車代金の心配も無い施設が選ばれる所謂、必然であったものと思います。
地方百貨店の存続の道は、大都市に本支店を多数持つ大百貨店との連帯以外に生き残る道は無いように見えるのですが・・・

例えば、札幌には丸井今井百貨店、三越百貨店、大丸百貨店さんがございます。丸井今井百貨店さんが伊勢丹さんの傘下に入りましたので、既に三越さんと伊勢丹さんは合併しており、三越伊勢丹vs大丸の構図となり、多くのお客様が買い物を楽しめる構図になっております。加えて郊外型のモールも元気ですので、消費者にとっては楽しい買い物が出来る環境になっております。

次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第六十九回 通貨記号 2023年8月21日

 (上の写真は左がスペインの8Reales=1Peso=1Dollar銀貨、右がサモアの25Tala銀貨)

 つい最近、ネット通販で品物を購入したら日本円ではなく中国元だった、という話題がありました。どちらも通貨記号は“¥”だったので騙された、というのである。

 世界中に通貨の単位は非常に沢山存在するので、全ての通貨記号を完全に分けることはできないし、それぞれの国の内政問題であるから、他所の国が口を出すことはできない。

 例えば“$”は、現在はアメリカのドルを連想する人がほとんどだけれど、エスクード、台湾ドル、タラ、コルドバ、パアンガ、レアル、ペソもこの記号を使う。

 そもそもこの記号がどこから来たのか。元々はスペインの8レアル銀貨にこの通貨記号が使われていました。スペインが大航海時代を迎え、アメリカ大陸から東南アジアまで広く進出するとともに、スペイン銀貨も世界に広まり、正に世界通貨となりました。中央アメリカから南アメリカを広く手に入れたスペインは、各地で良質な銀が産出したので、スペインの8レアル銀貨は各国から信頼を得て、貿易決済に使われました。このスペインペソの記号が“$”になったのには、いくつかの説がある様です。

 スペインの紋章あるいは8Real銀貨の図柄(ピラーダラー)のヘラクレスの柱にリボンが巻き付いた意匠、ペソ( PeSo )の“P”と“S”の重ね文字、等々。

 スペインペソ(8レアル銀貨)の信頼度は非常に高く、17世紀まで世界通貨としての力を持っていました。

 この“$”を元として、世界のお金の記号が作られていきます。イギリスのポンドはフランスのリーブル、その元のラテン語のリブラ“Libra”(天秤)から“£”となります。

 更に時代が下がると、そうした語源等は関係なく、実際の文字や発音からアルファベット一文字に線を入れるという単純化が行われます。その結果、日本の“円”は“YEN”なので頭文字から“¥”となったわけですが、中国の貨幣単位も“元”は“YUAN”なので“¥”となったわけです。

 先にも書きました様に、ドルもペソもタラもパアンガもコルドバもみんな“$”です。それらを明確に区別するためには国名を表すアルファベットを添えるしかありません。例えばアメリカドルなら“US$”。台湾ドルなら“NT$”。だから日本円なら“JP¥”、中国元なら“CN¥”とでもするしかないですが、それは表示する人(国?)の(あるなら)良心に頼るしかないでしょうねえ。

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レトロかきこ れと子の夏旅(2) 2023年8月17日

れと子の夏旅。
横浜から車とフェリーで佐渡島入りを果たした、れと子。お昼ごはんは、お刺身定食で地魚を堪能。願いの一つ“海の幸”を早速叶えました。旅は続きます♪

あー、美味しかった!(๑>◡<๑)
天國さんを出たら、陽射しがすごい。日陰がないー。汗汗汗
駐車場の車は地獄みたいに暑いし、すぐには乗りたくないなぁー。。
覚悟が決まるまで(?)ちょっとお散歩することに👣

民家の先に立派な建物が見えてきました。
とても綺麗なモダンな図書館です。
窓の席にはけっこう人が座っているのが見えました。
勉強してる人やパソコンしてる人も。コンセント付きの席があるなんて便利♪
さっきまで誰にも道で合わなかったのに、ここには集まってるみたいです。
この辺りの涼みスポットなんですね!
私も入りたいけど、長居しちゃいそうだし、そろそろ行くかー、気合い気合い(^.^;)

灼熱の車へ戻り、いざ出発!はやくクーラー効いてぇ(>_<)
走りはじめると、長閑な向日葵と海の景色が見え、島にいる!って感じがしました。

お宿が近かったので、早めにチェックイン♪
この丘の上かな?スピンカーブを上り切ると無事に「夕日と湖の宿あおきや」さんへ到着♪
フロントで手続きを済ませ、お部屋へ向かいます。

ここで、レトロセンサー発動!・:*+.\(( °ω° ))/.:+
エレベーターの見た目がレトロです。期待が膨らみます。
中に入ると、案内プレートに刻まれた文字が昭和感たっぷり♪
開閉や階のボタンも懐かしさのある可愛らしいボタンです♪♪
どんな風に動くのかなー??
ガチャン、ゴーー!!    おぉーっ∑(゚Д゚)
ビックリして変な声が出ちゃいましたが、
エレベーターには、しっかり点検日の表示もあり、動きがレトロなだけで、安全でした♪

お部屋に到着すると、広々した和室!
目の前に「加茂湖」の景色が広がっています。すご〜い!
窓を開けると、網戸はなく、風がびゅーびゅー入ってきます。
クーラーみたい。涼し〜♪極楽〜( ´ ▽ ` )
下を覗くと、さっき登ってきたスピンカーブが見えました。
湖はとても広いのにスワンボートらしきものが1台。観光客いないのかな?
イカダのように平たい板がいくつも浮いているのが見えました。何だろう??

さて、翌日のコースはどうしようかな?っと地図とにらめっこ。
お部屋にはWi-Fiもあって、検索もスムーズ。
島を横断しても、下にいっても、車でだいたい1時間かかるのねー。なるほどー。
あ、さっき見た図書館が出てきました。
加茂湖が見えるスポットとして紹介されています。
窓際の席が人気あるわけですね!

そんなこんなで、お部屋に用意されたクッキーとお茶を頂いていると、いつのまにか夕暮れタイム。夕日と湖、美しすぎます!お宿のネーミング通りです(*≧∀≦*)

そしてお楽しみのお夕食タイム!
海の幸や佐渡島の名産品が並び、佐渡米も美味しすぎました。
海苔も普段食べてる海苔と違って、塩がきいてる。おいしい!
給仕の方が色々優しく教えて下さるので、湖に見えたイカダのようなものについて伺ってみました。牡蠣の養殖をしているのだそうです。謎がとけてスッキリー♪
湖というとボート遊びが浮かぶけれど、静かなわけです。

明日の冒険にそなえ、さらにモリモリ食べる、れと子なのでした(๑˃̵ᴗ˂̵)

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レトロかきこ れと子の夏旅(1) 2023年8月10日

本日は、れと子の夏旅!
レトロに過敏すぎるスタッフのれと子が、久しぶりに旅に出ました。
見たこと、感じたこと、おすすめしたいスポットなどを綴っています♪

昨年の夏休み。
久しぶりに旅に出られることになった私は、とりあえず、自分の心の声を聞いてみることにしました。
絶景、冒険、海の幸、レトロ、コイン♪ そんなキーワードが聞こえた気がしました。

とは言っても、全部の願いが叶う場所なんてあるだろうか?
ネットで検索すること30分。
出てきたのは『新潟県の佐渡島』。
さどがしま、さどしま、両方の読み方があるそうです。

昔、友達から佐渡島のお土産に、トキのキーホルダーをもらったことがありました。佐渡島=トキ。知っているのは、昔、島流しの場所だったことやトキがいることくらいでした。ネットの映像に出てきた佐渡島は、見事な海の絶景で、これはほんとに日本の景色なの?と思うくらい美しかったです。
この目で見てみたい!と佐渡島行きが決定しました!(๑・̑◡・̑๑)

まずは、島のスペックをチェック!
新潟県の西部に位置し、東京23区の1.4倍の面積。
人口はおよそ5万人。対馬暖流の影響で、夏は新潟市より気温が1〜2度低い。冬は雪が少なく、やや温暖。水揚げされる魚介類が豊富。山や平野があり、米や柿、りんご、洋梨など果物も栽培され、食の宝庫。鹿、イノシシ、猿、熊もいない。大自然を安心して楽しめる。東京から最短で3時間半で着ける。

スペック高すぎて、ビックリ〜パラダイス・:*+.\(( °ω° ))/.:+
ますます期待が膨らみます。

新潟港にある佐渡汽船のホームページからカーフェリーの空き状況が調べられ、事前に往復券の予約購入ができました。お盆の時期で混み合っていましたが、朝9時頃のフェリーが取れ、何とか宿もとれました。

すぐに荷物をまとめて出発です。
横浜から新潟港を目指す281kmのドライブ旅♪
夜明けには、367kmある日本一長い川、信濃川と御来光を拝むことができました!
新潟港に入っていくと、“佐渡汽船”の看板が。レトロな感じのロゴがカッコイイ!いよいよフェリーターミナルに到着です。ここまで5時間ほどかかりました。
乗船の列に車を並べ、ちょっと一眠り。と思いきや、朝日が眩しいやら暑いやらで断念しました。遠くに見えていた白い小船がみるみる大きくなって岸に着きました。『おけさ丸』への乗船アナウンスとともに、車の列がすすみ始めました。スムーズに駐車して、座席を探します。2等席の札を見つけて中に入ると、全面滑らかな絨毯の広間でした。え、椅子が無い…!?クーラーが良く効いていたからか、混んでいます。熟練風の方が、既にゴロっと横になって寝ています。
しばらく座っていたものの、船旅に心躍り、デッキに出てみることにしました。海鳥がたくさんフェリーについてきます。エビセンを投げてる人のところにすごいスピードでみんな集まってきました。ホバリングしながら見事にキャッチ。船内に入り、売店を覗いて席に戻ると、さっきより空いていました。ベテランさん風に、ごろ寝をしてみました。床下からディーゼルエンジンの特徴的な音が響いてきます。結構大きい音ですが、眠気が勝ったようで、気がついたら、到着のアナウンスが聞こえてきました。乗船からおよそ2時間半。お腹もペコペコです。両津港の近くの“天國”さんへ。少し混んでましたが、すぐに呼ばれました。迷わず、お刺身定食に。身が引き締まっていて甘みがあり、とても美味しかったです。地魚達にほっぺが蕩けたれと子でした。

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竜5銭 明治8年 PCGS-MS64 今週の映えコイン 8月9日

今週の映えコインは「竜5銭 明治8年 PCGS-MS64」です。

本コインはPCGS社により「MS64」のランクがついており、鑑定枚数657枚中の446番目となっています。少額コインになるほど、より細かい技が求められる近代銭の製造。竜5銭はその技術の集大成ともいうべき、緻密な極印制作が行われたものと思われます。直径はわずか15.15mm。1円銀貨の竜図は圧倒的に「映え」としてインパクト大ですが、ルーペを片手にじっくりと日本人ならではの緻密な作業を思い浮かべながら眺めるのも収集家にとって密な時間になると思います。裏面はPL様となっており、うっすらと時代色をまとっています。

「三田四国町一番地に住める佐倉菊蔵(さくらきくざう)不断(ふだん)から胆(きも)の座(すハ)りたる男(をのこ)なりしが 去(さ)る十四日の夜(よ)八時すぎ強盗(こうとう)三人おし入り其か二人ハ三尺余の長刀(ながかたな)を帯(おび)たるが襲(おそ)ひ寄(よ)りて 有(あ)り合ハせの金銀のこらず差出(さしいだ)すべしと大声(おおこゑ)におとしけるを 菊蔵(きくざう)やがて立て傍(かたわ)らに有(あり)し箪(たん)笥の引出(ひきだ)しを明(あけ)ると見(み)えしが突然(とつぜん)白刃(はくじん)をぬいて 賊(ぞく)の鼻先(はなさき)へ突(つき)つけけれバ賊ハその不意(ふい)なるにやおどろきけん周章して遁走(にげさり)しとぞ」

この5銭銀貨が発行された明治8年、『東京日々新聞』九百十一号の錦絵に書かれている記事です。三田四国町(みたしこくまち)は、現在の東京都港区芝二〜五丁目の一部にあたります。
地名の由来には、四国の大名衆のお屋敷があるから等諸説あるそうです。港区と言えば、高級住宅街として有名ですが、大名屋敷の集まる歴史的背景に納得です。強盗事件なんて怖いですが、備えあれば憂いなしですね!お盆休みにお出かけの方は、防犯対策をお忘れなく♪良い夏休みをお過ごしください(^-^)

写真右は、ケイ斎芳幾「東京日々新聞 九百十一号」明治8年(1875)1月、具足屋、国立国会図書館デジタルコレクションより。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その88 2023年8月8日

誠に恐れ入りますが、更新期間が開いたため「軽井沢だより」は、前号より引き続き、年始の内容を掲載させて頂きます。

10年に1度の猛烈寒波の襲来が4〜5日前からメディアで取り沙汰されておりますが、普段でも相当寒い軽井沢ですので少々の事では驚きはしないのですが、今日(令和5年1月20日)は「大寒」です。メディアの言う事に耳を傾け、降雪と寒さ対策をしておこうと思っています。
25日が「底」のようでございます。軽井沢の最低気温予想は、-15度とか・・・。
乾いた薪の補充、各種電池の確認、懐中電気の機能確認、エアコンのチェックと結構、時間を取られます。焦らず急がず、今日中に確認を終わらせておきたいと存じます。
 
昨日、本年の芥川賞、直木賞が決まりました。芥川賞(佐藤厚志さん・荒地の家族 井戸川射子さん・この世の喜び)、直木賞(小川晢さん・地図と拳 千早茜さん・しろがねの葉)、芥川賞・佐藤厚志さん、井戸川射子さん、お二人とも初ノミネートでの受賞です。
直木賞の小川晢さんは、2回目のノミネート、同じく千早茜さんは、3回目のノミネートで金星を射止めました。今後の作品が楽しみです。
 
さて、熊本・鶴屋百貨店さんとの打ち合わせを終えて、博多に向かいます。九州新幹線の全線開通は、まだ先でした。【博多〜鹿児島中央間の開通は、2011年3月12日】
在来線特急つばめ号に乗って博多に向かいます。所要時間は1時間30分位だったと記憶しております。新幹線の開通で博多〜熊本間は、約30分になり、利用者の利便性向上は計り知れません。当時、博多駅には、井筒屋百貨店(本店・北九州市小倉)さんが駅ビルを運営、天神地区には大丸百貨店、三越百貨店、岩田屋百貨店さんの3店舗が鎬を削っていました。
後に、三越さんと岩田屋さんが伊勢丹さんの傘下に入り、博多駅ビルで営業していた井筒屋さんは阪急百貨店さんに変わりました。時代の変遷の凄まじさを肌で感じた次第です。
手前が足を運んでいた頃は、まだのんびり感が残る福岡、博多地区でした。当時、伊勢丹さんの流通グループに加盟していた岩田屋さんに足を運び、商品部に挨拶をして訪問目的を説明、終了後、三越さんを訪問、こちらでも訪問意図を説明し再訪を約し、大丸さんに向かいます。
大丸さんでは大阪駅ビル(アクティー大阪)店(梅田大丸)の営業成績を説明し、取引開始依頼の内容をお伝えしました。さすがに時間が足らず、詳細の打ち合わせは次回に譲る事に致しました。夜分には北九州市小倉に入り、明日の井筒屋さんとの打ち合わせに備えます。
ホテルから徒歩5分のところに井筒屋百貨店さんがございます。地域一番店であり、全ての面で自信に溢れているように見えておりました。
当時は、井筒屋さんの裏側、紫川に架かる鴎外橋(文豪・森鴎外が陸軍第12師団軍医の頃、散歩の際、この橋を渡るのが好きだったそうです)を渡った近くに小倉玉屋百貨店さんがございました。高島屋さんの流通グループであったと記憶しております。包装紙が美しい薔薇の花であったことを鮮やかに記憶しております。
営業面積を含む営業規模は井筒屋さんに比べますと随分と小さく展開されていますが、顧客管理の見事さには驚かされました。外商顧客の数では井筒屋さんと肩を並べる時代も有ったとか・・・。
時代の流れでございましょう2002年12月に閉店されました。
小倉玉屋百貨店を率いた田中丸社長のコレクションは大変、有名でした。百貨店の一部に、ミュージアムが用意され度々、眼福を味わせて頂きました。
玉屋さんは、福岡県に2店舗【福岡市・会社設立1925年(大正14年)、北九州市小倉・会社設立1937年(昭和12年)】、佐賀県に1店舗【佐賀市・会社設立・1930年(昭和5年)】、長崎県【佐世保・会社設立1918年(大正7年)】に1店舗がございました。
それぞれが独立した店舗で田中丸一族の方が経営を担っておられました。
福岡玉屋さんは、1999年、閉店されました。佐世保玉屋さん、佐賀玉屋さんは現在も営業中でございます。
 
地方都市の老舗百貨店が生き残るには幾つかの方法が有ったものと存じますが、多くの地方百貨店さんが流入してくる県外資本の大波に飲み込まれたように見えました。
その店の長い顧客であっても、時代の波に乗った商材を優先し、駐車場も充分確保された新しくスタートした商業集積に1回は足を運んでみます。建物が新しいことに加え、様々な工夫が凝らされた店内は明るく美しく、買い物の楽しさを改めて存分に味あわせてくれます。
これまで足を運んでいたお店への訪問回数は徐々に減り1年もすれば一顧だにしなくなります。これが現実です。誠に厳しゅうございます。
人間関係で繫ぎ止めるには限りがございます。百貨店側が勉強と新規投資を怠れば、あっという間に看板の記憶だけを残して屍(シカバネ)を晒す事になります。
これが歴史の事実でございます。
 
次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第六十八回 エジプト 2023年8月7日

 (上の写真は左がネクタネボ2世のスターテル金貨、右がアテネのテトラドラクマ銀貨)

 悠久の歴史の上に成り立つ国エジプト。日本でも有名かつ人気の旅行先の一つです。

 この国を有名にした最大の功労者はなんと言ってもツタンカーメンでしょう。

 通称ツタンカーメンは、トゥト・アンク・アメン(アメン神に愛されし者)という名前ですが、元々はトゥト・アンク・アトン(アトン神に愛されし者)という名前でした。彼の父親アケナトン(アク・エン・アトン)は元々アメンへテプ4世だったのですが、宗教改革を起こし、多神教からアトン神一神教としたため、名前もアメン神からアトン神へと変更したのです。またこの時代はアマルナ時代と呼ばれ、それまでのエジプト美術が形式的であったものが写実的に変わり、アケナトンの顔は面長で、他のファラオとは全く印象が違います。一方、王妃のネフェルティティは絶世の美女と言われる美しい顔立ちです。 しかしこの宗教改革のためにこの時代は後世のファラオによって否定され、アケナトンとその家族の記録は殆どが消されてしまいました。

 アケナトン没後、その息子スメンクカウラが後を継ぎましたが、すぐに没し、その後を継いだのがツタンカーメンです。即位は8歳か9歳ということで、実権は神官アイと将軍ホルエムヘブに握られていました。古くからの神官や高官たちはアケナトンの宗教改革に反対していたため、アケナトン没後、アメン神を中心とする多神教に戻りました。その影響でファラオの名前もツタンカーメンに改名されたのです。

 しかしこの時代、エジプトの経済は物々交換で、砂金や宝石と品物を交換していました。

 その後、エジプトも周りの国々との戦いにより栄枯盛衰を繰り返し、紀元前400年頃になると巨大帝国の栄光も過去のものとなり、巨大帝国ペルシアから見ると地方の小国家扱いとなっていました。

 この頃は第30王朝と呼ばれる王朝ですが、これがエジプト人のファラオによる統治の最後の王朝となります。その最後のファラオは以前にもご紹介したネクタネボ2世です。彼の時代、ペルシアの事情もあって初めは穏やかで平和な時代でしたが、アケメネス朝ペルシアが本格的にエジプト征服に乗り出すとあっという間に占領され、ネクタネボ2世は南の上エジプトへと逃亡します。その後、しばらくは勢力を保っていた様ですが、やがて消息不明となってしまいます。

 ネクタネボ2世は、ペルシアに対抗するため、ギリシア人傭兵を雇いました。彼らにはお金で給料を払わなければなりません。そのため、歴史上唯一の象形文字が書かれた金貨を発行します。しかし、ギリシア人傭兵は通常、自分たちが使っているギリシアの銀貨で支払うことを要求したため、かの有名なアテナ神とフクロウが描かれたテトラドラクマ銀貨を鋳造しました。これらのコインは滅多に見ることはできません。

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オーストラリア ソブリン貨 1873M NGC-AU53 今週の映えコイン 8月2日

今週の映えコインは「オーストラリア 1873M NGC-AU53」です。

カミナリ⚡ ︎を安全な場所から眺めるのが好きなれと美ですが、8月1日関東を襲ったゲリラ豪雨にはさすがに恐怖すら感じました。そんな時は頑丈な建物に入り、ホッと一息つける場所でほんの少しの癒しタイムが見つけられたら良いですね、横浜の頑丈な建物、シルクセンターよりお届けいたします(^o^)v

さて、本コインは、NGC社により「AU53」のランクがついており、鑑定枚数107枚中の91番目となっています。状態こそ“極美品”ですが、人気のヴィクトリア・ヤングの肖像であり、金相場が依然として堅調な中の金貨、地金に近い価格と何かとお得感の強い、今オススメの金貨となります。

このコインが発行された1873年は明治6年、東京の街はどんな様子だったのでしょう?この番付表が当時の様子を教えてくれました♪

『明治前期の東京』図録解説p.8によれば「東京の商店街を繁華順に、江戸趣味の番付に編成したもの。日本橋界隈が中心で、銀座通りはまだ関脇。下位の順序は同一地方を雑然とならべている。行司は官庁街、芝居街、遊廓、芸者町。大伝馬町2丁目と室町3丁目とが勧進元。」だそうです。
先日のCCF会場となった日本橋が、当時は繁華街の代表格だったとは!賑やかな当時の街へ行ってみたくなりますね(^ ^)

なお、レトロコインオンラインでは、多数の日本貨幣はもちろんのこと、世界の金貨、プラチナ貨も、お手頃価格にて販売中です。是非、ご覧下さい (>。<)/

写真右は、東京都立中央図書館「東京町名競 明治六年新板」より。

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その87 2023年8月1日

誠に恐れ入りますが、更新期間が開いたため「軽井沢だより」は、前号より引き続き、年始の内容を掲載させて頂きます。

あっという間にお正月は終わりました。軽井沢の彼方此方は観光のお客様で大賑わいでした。
ここ2〜3日、暖かい日が続き、根雪になったものと思っていた雪や凍りついて滑り易くなっていた雪の成れの果ては、すっかり消えてなくなりました。春先のような気持ちの良い気候が続いています。外国人のお客様の中には半袖のTシャツで闊歩する姿も散見され、季節感が無くなりました。
庭では凍み上がった土は15センチ以上にもなり、歩き難いこと極まれりでございます。
花壇の柵も凍み上がり、支柱が彼方此方で倒れています。この修理をするのに2時間を要し、馴れない作業に疲労困憊でした。勿論、このように暖かい天気が続く訳もなく、再び来るであろう寒気に心配が募ります。
先日、散歩でハルニレテラスまで参りました。大人気店の川上庵(お蕎麦とお酒)は、メンテナンスの為、3月中旬まで休業のお知らせに、残念そうに踵を返す多くのお客様を見るに至り、「人気のお店は流石なものだ!」と独りごちておりました。
 
行動予定通り、肥後もっこすとの打ち合わせを始めました。長時間を厭わず徹底的に先様のお考えをお聞きした後、弊社の商材は自家需要より贈答品としてのご支持が多いことを口を酸っぱくして説明申し上げました。
インテリア、家庭用品の何(イズレ)であっても問題無い事を理解頂くことに時間を費やしました。京都の高島屋さんでは1階に店舗を構えている事も併せて、お伝え致しました。
 
からし蓮根は熊本の名物です。打ち合わせの後、食事を共にすると必ず頂く一品です。
何と言っても一番は、素晴らしく美味しい馬肉のお刺身です。ステーキでも誠に結構です。
生醤油に生姜をスって頂きます。馬肉で有名な長野県松本市では生姜でなくニンニクがたっぷり添えられます。両方とも誠に美味でございます。
お酒は米焼酎が愛されております。麦でなく芋でなく米を主張する方が多くおいででございました。流石、肥後もっこすですね〜 
「麦より芋より米が貴重に決まっているでしょう!その米を使った焼酎ですから美味しいのは当然です」と顔に描いてあるから驚きます。
他方、天草が近くですので、海の物も何でも素晴らしいのです。本当に素晴らしい立地です。
おっと、忘れておりました。熊本城が聳(ソビ)えております。正に城下町でございます。
徒歩10〜15分で上通り商店街や下通り商店街に到着します。しっかりしたアーケードで道幅が大変広く雨で濡れる心配なく、ゆったりと買い物が出来る環境が整っております。
この商店街のスケールの大きさは、愛媛県松山市の「大街道商店街」と匹敵するものと存じます。是非ともお運び下さいませ。
【2016年、熊本市は強い地震に見舞われました。2020年には人吉市が豪雨に見舞われました。未だ復興途上でございますが、ここでも肥後もっこすの頑張りを見せており完全復興も間なしと信じております】
 
次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第六十七回 プラチナの歴史 2023年7月31日

 (上の写真は左がオーストラリア1オンスプラチナ貨2020年、右がUSA1オンスプラチナ貨2020年。共に外国金貨即売ページで販売中!!)

 プラチナの誕生は20億年前の隕石の衝突により、プラチナ鉱床が出現したと言われています。

 最も古いプラチナの製品は古代エジプトのファラオの装身具と言われています。

 現存する最古のものは紀元前700年頃の高位神官だった女性シュペヌペットの、金とプラチナの象形文字で飾られた石棺と、その墓から発見された「テーベの小箱」と言われる化粧ケースで、片面が金、片面が象形文字を刻印したプラチナが使用されていていました。現在はパリのルーブル美術館にあるそうです。

 プラチナの産出地域は南米で、南米では古くから加工されていました。

 16世紀、スペインの南米進出でヨーロッパにも広く知られましたが、融点が高く(金1,064℃、銀961.8℃に対してプラチナは1,769℃)、加工の仕方がわからないため廃棄されていました。

 18世紀に入ってプラチナの研究が始まり、フランスのルイ16世が「プラチナは王にのみ相応しい貴金属である」と言ったことにより、価値が認められたと言われています。

 日本には江戸時代末期に、ロシア人が持ち込んだと言われています。明治に入り、懐中時計や軍需用に使われ、大正に入って宝飾用にも使われる様になりました。

 世界的に広めたのはカルティエの三代目ルイ・カルティエで、試行錯誤ののちガーランド・スタイル*という宝飾品として発売すると、たちまち王侯貴族の人気を集めることとなります。

 プラチナを好んで使うのは日本と韓国と言われています。それは、高度な加工技術が必要であり、国際的に安定した価値を認められる金と違い、工業用としての価値で取引されるからと言われています。

  *ガーランド・スタイル:プラチナをレース上の透かしたデザインに組み、ダイヤモンド等をあしらった正装用のジュエリー。

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レトロかきこ 明日はいよいよ、CCF 2023年7月27日

レトロに過敏すぎるスタッフのれと子です。
いよいよ明日、7月28日(金)からは、日本橋プラザでCCFが始まります!

今回、弊社レトロコインブースの見どころは
「金貨、プラチナ貨、ハイランク、格安品まで目うつりしちゃう~スラブ祭!」です♪
現在、注目度の高いコインの数々を、店主の厳し~目で、厳選中Σ(-᷅_-᷄๑)

他にも、レトロコインオンラインにはまだ未掲載の、出来たてほやほやスラブ新入荷品もでちゃいます!♪( ´▽`)

商品ラインナップの一部を下記にご案内させて頂きます。
旧5円金貨 明治5年 傾打エラー PCGS-MS66
旧1円金貨 明治4年 後期 財務省放出“美品B”
旧1円銀貨 明治3年 上半増貝 PCGS-MS64
新1円銀貨 明治18年 PCGS-MS63
新1円銀貨 明治35年 PCGS-MS64
新1円銀貨 明治36年 PCGS-MS63
大型50銭黄銅貨 昭和21年 光線入 PCGS-MS66
1000円銀貨 昭和39年 NGC-MS63PL
オーストラリア 100ドルプラチナ貨 2020年 FDC
香港 1000ドル金貨 1976 PCGS-PR68DCAM
イギリス 5ポンド銀貨 1999 ダイアナ NGC-PF69UltraCameo
ツバル 30ドルカラー銀貨 2010 北斎 NGC-PF70UltraCameo
銀行ロール各種

■28日金曜日の特別企画
11:00〜 先着5名様
PCGS収納ケースプレゼント
弊社ブースでお買い上げのお客様、先着5名様にプレゼント。
14:00〜17:00
グレーディング相談会
話題のスラブコインについて、表記の見方からグレーディングのポイント、お手持ちにコインについてグレーディングの向き不向きなど、個別に詳しくご案内いたします。

■29日土曜日の特別企画
11:00〜 先着5名様
PCGSネックストラッププレゼント
PCGSご依頼のお客様、先着5名様にプレゼント。

■30日日曜日の特別企画
13:00〜15:00
タイムセール
最終日だけのお愉しみ。セールコーナーの商品を現金特価1割引!とさせて頂きます。

夏の思い出の一枚がまだお決まりでない方は、この機会にぜひゲットして下さいね♪

さて、天気予報によりますと、明日は、予想最高気温が37℃、最低27℃と、とんでもなく暑くなりそうです。(>_<)
どうか熱中症対策をお忘れなく!
雷雨等、天候の急変にもお気をつけてお出かけください♪
皆さまのご来場をお待ちしております(*゚▽゚*)

2023 CCF(コイン・コレクション・フェア)
 場所 日本橋プラザ3階
 日時 7月28日(金)11:00~18:00
      29日(土)10:00~18:00
      30日(日)10:00~17:00
 場所 日本橋プラザ3階
 住所 東京都中央区日本橋2丁目3-4
 アクセス JR「東京駅」八重洲北口徒歩4分、東京メトロ銀座線・東西線・都営地下鉄「日本橋駅」B3出口徒歩1分
 ウェブ https://shushu.co.jp/event-site-2/

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オーストラリア 100ドルプラチナ貨 2021 FDC 今週の映えコイン 7月26日

今週の映えコインは「オーストラリア 100ドルプラチナ貨 2021 カンガルー」です。

口を開けば「暑い暑い」と言ってしまう、久々登場のれと美です♪先日、横浜市にて、これまた久々に「光化学スモッグ注意報」が発令されました。高温と無風が引き金となってしまうそうですが、40度に迫るほどの猛暑に身体が慣れるなんてことは一切有り得ませんね(汗)。皆様も水分補給とエアコンを使い、あと数ヶ月は気を付けましょう!

さて、巷では金地金が上がってきている!という話題を多く耳にするようになりました。確かに、地金はドル建てで5年ほど前から比べると1.5倍強ほどの上向きとなっていますo(>.<)o
投資も若い頃から始める方も多いようで、ゴールドのアクセサリーも人気ですよね!そんな中、今回ご紹介するのは、オーストラリアにあるパース造幣局発行の「カンガループラチナ貨」です。先日のムッシュの歴史散歩にもありましたが、プラチナは金よりも稀少性が高いのです。控えめな輝きを好む方には特にオススメです(^_^)
なんと言っても、このプラチナコイン、輝きとマット感の両方が取り入れられたデザインで、通常打ちですが、まるでマットプルーフのような仕上がりとなっています。やや小ぶりサイズの1オンスなので、置き場所にも困りません!美しさを兼ね備えた現物資産、プラチナ貨はいかがでしょうか!!

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軽井沢だより 追憶の中の軌跡 その86 2023年7月25日

誠に恐れ入りますが、更新期間が開いたため「軽井沢だより」は、前号より引き続き、年始の内容を掲載させて頂きます。前号までの内容もこちらよりお読み頂けます。お楽しみください。

昨年中は大変お世話になりました。皆様に於かれましては、コイン収集に於いて弊社をご利用賜り、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
本年が皆様にとって充実した素晴らしい一年になりますようお祈り申し上げます。弊社も皆様のご希望に沿うべく懸命に頑張る所存でございます。
引き続き、よろしくお願い申し上げます。
 
新しい年を迎え、軽井沢の気候は何とも悩ましく今冬一の冷え込み(マイナス10.2度)を記録したり、マイナス5〜8度を行ったり来たりと、寒い冬なのか暖かい冬なのか今の所、判断に迷っております。
他方、もしもの大雪に備えて、焚き物小屋からテラスに薪を移しております。床に薪を置いて、ブルーシートで包(クル)んでおきます。幸い、焚き物小屋の屋根よりテラスの屋根が大きいので、吹雪でも薪の上に積もる雪の量が少ないのです。それでも覆いが無ければ薪は湿ってしまいます。

元旦に近所の長倉神社(平安時代の書物、延喜式神明帳に記載されている神社)に初詣に参りました。例年より多くの参拝客で賑わっていました。
コロナ禍は収束しないどころか、亡くなる方は増えているようです。心配は続きます。皆様くれぐれもご用心ください。
有難いことに軽井沢への観光客は減る事なく続いているようです。幾つかの場所(プリンスアーケード、ハルニレテラスその他)では、その混雑ぶりに驚きましたが、どちら様も、きちんとマスク着用を忘れずに買い物や食事を楽しんでおられました。
 
改めて本年も皆様の収集内容の充実を計る一助になりますよう頑張る所存でございます。昨年同様、ご贔屓を賜りますようお願い申し上げます。
 
次号に続く

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ムッシュの歴史散歩 第六十六回 催事 2023年7月24日

 (上の写真は催事案内)

 今週末の28日(金)〜30日(日)の三日間、NIHONBASHI PLAZAでCCFが開かれます。全国から28社が集まるコインフェアです。

 さて、催事と言えば以前は百貨店でのイベントで、ある分野に特化した販売会や展示会を指すことが多かったが、今では英語のEVENTと同様、人が大勢集まって開かれる催しを指す様です。

  そもそも百貨店は明治中頃に出来上がった販売形態で、呉服屋から始まりました。江戸時代、大手呉服屋では大きな広間に客も店員も座って商談をする座売り形式だったものが、明治になり、西洋のデパート文化が入ってきて、商品展示用ショーケースを置いて通路を開け、入場料を取らず、買っても買わなくても自由に見ることができる、大きな建物の販売店となったものです。現代の百貨店とほぼ同じものが出来上がりました。売り場の構成も現代に通じるもので、最上階のすぐ下の階あたりに催事場が設けられ、期限を切って様々な催事が開かれます。

 さらに古い時代に遡ると、室町将軍の様に箱庭に自然の山河を再現しようとしてみたり、平安時代の朝廷は四方を山に囲まれた京都から、あたかもテレビ画面を見るが如く、全国を見て治めていたのですから。

 先にも言った様に、一箇所でなんでも見られるというのは便利なもので、CCFでも多くのコイン屋さんが持っているコインを見て、比較して、お気に入りの品を入手できる絶好のチャンスです。厳しい暑さが続いていますが、しっかり暑さ対策をして、熱いコレクションハントに出かけませんか?

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ムッシュの歴史散歩 第六十五回 プラチナ 2023年7月10日

 (上の写真は左がフランスのプラチナ100Francs 1987年 ラファイエット将軍、右がマン島のクリスマス・プラチナ50Pence)

 ここのところ貴金属の価格が高騰していました。今日あたりは少し落ち着いている様ですが…

 貴金属の内、個人も含めて取引量が多いのは金銀プラチナです。この内、金は言うまでもなく古代から盛んに取引され、コインにも多く利用されてきたので、誰もがその価値を知っているものです。また、金は埋蔵量も豊富ですから、それこそヘッジには最適です。世の中がきな臭くなると、通貨は急激に信用を失います。そこで、皆さん、金を買い出すのです。金はいつでもお金に変えることができますが、通貨は発行する国がコケるとその価値は暴落してしまうからです。

  銀も昔から取引される金属ですが、残念ながら、金ほど高くはないので、それほど注目はされませんが、1964年の東京オリンピックの時には、1,000円銀貨、100円銀貨ともに暴騰し、これらを溜め込んで家を建てた人もいたそうです。

 さて、プラチナは、というと、産出量、埋蔵量ともに金より遥かに少ないので、一見、金よりずっと高いかと思いきや、金よりは安い金額で取引されています。それは第一にプラチナの主な使い道が工業製品であること、そして第二がやはりその量が少ないことが挙げられるでしょう。例えばプラチナは自動車等にもつかわれますが、今回の様にコロナが蔓延して経済がとまりがちになると、自動車の生産が落ち込み、これに連動する形でプラチナを買い求める人が減って価格も落ちてしまいます。逆に金は値が上がります。 今はどうでしょう?コロナ騒動も落ち着き、金の値段も下がってきました。これから世の中が落ち着きを取り戻し、経済が復活してくると、今度はプラチナの需要が高まってくるかもしれません。

 コインにもプラチナコインが存在します。しかし、種類や発行枚数が少ないため中々出会えませんが、地金価値が低いうちに手に入れておくのも良いかもしれません。

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ムッシュの歴史散歩 第六十四回 座人 2023年7月3日

 (上の写真は左が正徳一分判金、右が安政別座一分銀定逆打)

 金座・銀座には極印を打つ「常是」の他に、地金の買入れ、品位の確認等を行う役人がいました。年寄役、勘定役、平役と呼ばれる三役の総称を「座人、坐人、座衆」等と言います。そしてこの三役をまとめていたのが「勘定奉行」と呼ばれる役職です。江戸時代、寺社奉行、勘定奉行、町奉行は三奉行と言われ、評定所の構成員でした(評定所とは江戸幕府の最高裁判機関)。

 奉行とは元々、上役からの命令を下に伝えることを意味していた言葉でしたが、それが人を指すようになり、上からの命令を実行する人を指すようになっていきました。

  町奉行といえば、大岡越前のように町方の行政、司法を司り、寺社奉行はその名の通り寺社を取り締まります。

 勘定奉行は、いうまでもなくパソコンのソフトではなく、財政や天領(幕府直轄領)の行政、司法を司ります。金座、銀座の座人は勘定奉行の下にあって天下の回りものである金銀貨を取り扱うのですから、重要な役職です。

 最近はあまりありませんが、時代劇などでは一分銀や何かをこっそり持ち出す、などというはなしがありますが、実際は職人は出入りの際は下帯まで取り替え、素っ裸で検査を受けるのだそうなので、殆ど不可能なことです。

 江戸時代の貨幣経済を支える金座、銀座、銭座。それぞれ扱う金属によって分かれていますが、徳川300年を支え続けました。

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